第62話 エルフの秘薬6
今回森へ入った目的、それはリザが依頼を受けた魔法薬の作製に必要な素材の入手である。
1つはレッドトレントの根。
ザッハカーク大森林の固有種にレッドツリーなる樹木があり、それが魔物化したものがレッドトレントである。
レッドツリーの根でも薬効成分はあるようだが、なぜか魔物化したトレントのほうが薬効が強いということで、トレント捜索ということになった。
市場ではレッドツリーの根は出回っているものの、トレントの根は殆ど無いという。
それはトレントの擬態能力の為らしい。
トレントは木が魔物化したもので、見た目は木そのものである。
顔がついていたり、泣き叫んだりしない、まんま木であるようだ。
ただ勝手に歩き回る。
根を地面から引き抜き、タコか何かのように、あるいは下半身が触手という化け物か何かのように、根を自在に操り地面を這い目的地へ移動する。
目的地というのは、例えば日当たりが良かったり、水はけが良かったり、土壌が良かったりする、と言ったような場所を求めて移動するらしい。
まぁこれらのことはトレントに聞いたわけではなく、人族の研究者の見解であるため真実のほどは不明らしいが。
レッドツリーは比較的良く見かける大森林では差して珍しくない樹木である。
主に杖の素材等に使われたりする、普通の木材だ。
森の奥へと分け入れば大量に見つけることができるが、浅層域でも探せば見つけられるくらい冒険者にとっては身近な植物である。
ただトレントとなると難しい。
トレントは自ら動き出すようになった木の魔物であるが、獣のように常に動きまわっているような活発さはない。
いよいよ必要となった場合だけ動き出す、特殊な魔物なのだ。
普段はあたかも普通の木のように、じっと動かず過ごしている。
冒険者が多少小突いたところで、身じろぐこともない。
そのためトレントか普通の木かを見極めるには、鑑定スキルで判断するか、1本1本斧で幹を叩き折るしかないのだ。
トレントも幹に斧を叩きつけれられては、否応なしに動かざるを得ないため、なし崩し的に戦闘となるわけだ。
この方法は労力を必要とするために、あまり好まれない判別法であるのだが。
「ジン様の魔眼に掛かれば、トレントの擬態を見抜くことなど造作も無いことでしょう」
リザは我がことのように、誇らしげに語る。
もう1つはフォレストエルクの角。
大森林の西と北を中心に生息している鹿の魔物だ。
皮は柔軟性に優れた素材として人気で、蛋白で癖の少ない肉は高級食材として貴族の間でも注目されているのだという。
そして雄の額から取れる巨大な角は、古くから薬効高い素材として薬師の間で有名な品のようだ。
近年フォレストエルクの数は増加の一途を辿っており、ギルドでも討伐を推奨する魔物の1つでもある。
このベイル側、つまり大森林の東側にもエルクは姿を見せ始め、その勢力が拡大し続けていることを示している。
エルクは食欲旺盛な魔物で、森の薬草から毒草まで種類構わず手当たり次第に食べ尽くしていく。
そのため森での採取で生計を立てている冒険者からは、懸念の声が上がっているというわけだ。
「エルクは強い魔物ではありませんが警戒心が強く、下手に近づくと逃げられてしまいます」
魔物なら向かってこいよ。と思わないでもないが、どうも魔物というのは動物の延長線上、進化したものといったような気がするので、そういった動物的な習性も致し方ないと考えるほかないだろう。
まぁそんな習性も、俺の【隠蔽】+【麻痺】の最強コンボに掛かれば問題なく捕獲できるだろう。
後はエルクが、そう簡単に見つかってくれるかどうかだが。
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森に入ってどれくらい立っただろうか。
途中何度かの休憩を取り、目的地へと進む。
目指している場所はエルフたちが利用する狩小屋らしい。
「エルフの狩人達は狩りに出かけると数日、長いと1週間帰らないこともありますが、そんな時に寝泊まりに利用する場所が狩小屋です」
大森林には幾つもの狩小屋が設置されていて自由に使えるようだ。
あまり「誰彼無しに広めないように」という話のようだが、リザはアルドラの村に身を寄せていた時代に許可を貰っているそうなので問題無いという。
いつの間にか周囲は、20~30メートルほどの木々が等間隔で生えているような場所に出た。
背の高い木々が枝を伸ばして空を覆っている。
背の低い下草が地面を覆い、朽ち果てた倒木が森の栄養となるために静かに横たわる。
この辺りの木々は低い場所には枝が茂っていないので、歩くには随分と楽だ。
風には適度な湿度を感じ、僅かな冷気を感じる。
探知C級で探れる範囲はざっと半径120メートルくらい。
魔力が乏しかったり、疲労していたり、集中力が乱れていたりするとその限りではないが、だいたいそんな感じだ。
遮蔽物があっても探れるために、この様に隠れる場所が多く見通しの効かない森などで特に威力を発揮するスキルだと言える。
今のレベルでもA級までランクを上げることが可能だが、他のスキルとの兼ね合いもあるため、C級に止めてある。それでも十分な成果があると思う。
「魔物の数が増えたな」
隠蔽を付与しているため、襲われる気配は今のところない。
しかし、探知を掻い潜る魔物がいる以上、隠蔽を見破る魔物がいてもおかしくはない。
と言うより、必ず居ると思う。ゲームでもそういった敵は、少なからずいるもんだ。
木の上、土の中、茂みの中、倒木の影、空。
俺が探知できる範囲内だけでも、けっこうな数だ。おそらく全部別種だろう。こんな狭い範囲で数種類の魔物が存在している空間というのも初めてだ。
この辺りは魔物が多い領域なのかもしれない。
すると目の前を行くリザが突如立ち止まり、手をかざして静止の合図を送る。
「いました」
リザが小声で話す。
正面の大木の影に、目的のエルクの姿があった。
時折周囲を警戒する素振りを見せ、安全を確認するともさもさと草を食む。
その動作を一定の間隔で繰り返している。
大きな雄だ。額には立派な角が見える。
エルクとの距離は50メートルはあるだろうか。
警戒心が強いとはいえ、この距離ならまだ気づくことはないと思いたい。
しかし隠蔽は姿を消し、認識を阻害するとは言っても音は消せないらしい。
認識を阻害しているために人間相手なら多少の音なら誤魔化せるが、人間と比べれば遥かに感覚の鋭敏な魔獣がどこまで騙されてくれるかは未知数である。
ゆっくりと移動して、エルクを視界の正面に捉える。
フォレストエルク 魔獣Lv17
エルクは雄1匹の様だ。
この鹿系の魔物は、秋から冬に掛けてハーレムを形成する。
強い雄が群れのリーダーとなり、若い雌を囲って子を成すのだ。
ハーレムの時期外では雄は雄の群れを、雌は雌の群れを作って生活するのだという。
「はぐれの様ですね」
群れの中の闘争に敗れ追い出されたか、何かから逃走する際に群れからはぐれ、迷子にでもなったのか。
理由は定かではないが、こいつは1匹の様だ。
丁度いい。
「俺が行く。リザはここで」
「はい。お気をつけて」
リザは茂みの中に身を伏せる。
この茂みの周囲には、とりあえず魔物は居ないようなので、ここで待機していて貰おう。
俺は息を殺し、油断なく近づく。
当然風向きも考え風下から向かう。
雷魔術 C級
闇魔術 D級
探知 C級
【隠蔽】で近づき、背後から【麻痺】を撃ち込む。
単純で確実な作戦だ。
距離20メートル。
気づかれる様子はない。
距離10メートル。
【麻痺】の有効射程距離に入った。
周囲にはエルク以外の魔物は居ないようだ。
俺はエルクの背後から杖を構え、魔力を集中させる。
隠蔽は攻撃の瞬間解除されるようになっている。
もしも麻痺が効かずに反撃に転じられても、この距離なら十分抵抗は出来るだろう。
盾もある。いきなりあの角で串刺しENDということにはならない。と思う。
杖の先端が輝き、【麻痺】の魔力を持った細雷が放たれた。




