第61話 エルフの秘薬5
ベイルから一日3往復、ザッハカーク砦へ向けて定期便が出ている。
雄々しく力強い馬の魔獣が2頭で引いている木造の箱型馬車は、10人乗りと大きく立派だが魔獣たちはそれを物ともせず、安定した速度で乗客を運んでいた。
ガタガタと揺れる木の椅子が、俺の尻に容赦なくダメージを蓄積していく。
道は石畳という立派なものではなく、何度も馬車が通って踏み固められた様な土の道である。
時折椅子が撥ねたかと思うほど、大きな揺れに遭遇するも、今のところ箱馬車は転倒することも故障することも無く順調に目的地へ向かって進んでいた。
「砦まで4、5時間といった所か」
「はい。何の問題も起こらなければそれくらいかと」
問題というと、馬車の車軸が折れただの、車輪が取れただの、道が崩れて進めないだの、魔物が出た、盗賊が出た、えーっとざっと思いつくのはそのぐらいか?
まぁ魔除けの護符や盗賊除けの護符は、この馬車にも備えているようだし、冒険者の馬車を襲う気合の入った盗賊もそう滅多に居ないらしいが。
俺は朝の日課をいつものように熟し、リザとシアンと3人で朝食を取って家を出た。
「兄様、早く帰ってきて下さいね。どうかお怪我をしないように」
シアンはそう言って俺の胸に抱きついてくる。
可愛い妹である。
「姉さまもお気をつけて」
なぜか俺を見つめるリザのジト目が気になったが、今は放っておくことにしよう。
途中、冒険者ギルドへ寄り適当な依頼を受け、受付で情報を確認しておく。
砦経由で森へ入ることを告げ、俺とリザは駅馬車の待合所へ向かった。
馬車の値段は1人100シリル。
俺達は朝の便に乗り込み、砦を目指した。
ザッハカーク砦は自由都市ベイルから西へ4、50キロほどの場所にある大森林の前線基地である。
とはいっても、その場所は既に森の中にあり、いうなれば森で活動する冒険者の拠点となっている場所だ。
ベイルほどでは無いにしろ街としての機能も有しており、本拠地はベイルとしても、その実一年中砦を中心に活動している冒険者も多い。
無論魔物が闊歩する森の中にある街であり、危険という意味ではベイルの比ではない。
もちろんここを拠点に活動する冒険者には、当然それなりの実力を求められるだろう。
馬車の客は俺たちを除けば3人だけで、混雑していなくて助かった。
武装したおっさんで一杯の馬車5時間休みなしの旅だとすれば、正直きついところだった。
まぁそれでなくとも、けっこうな揺れで体力は十分に削られたのだが。
砦までの道は森を切り開き作れたものだが、馬車がすれ違うのに十分な幅を確保してあって、かなり広く作られている。
木々の密度もこの辺りは、それほど高くないため、広い道と相まって襲撃を受ける危険性は多少なりとも下がるような気がする。
特にこれといった問題も起きること無く、俺達を乗せた馬車は砦へ到着した。
唐突に森が終わり、視界が広がる。
要塞だ。
森の中の開けた空間に、石造りの巨大な建築物が存在している。
森が途切れたところからまだ距離があるが、どうやら小高い丘の上に立っているようだ。
俺は箱馬車の窓から身を乗り出して、その景色を望む。
「ジン様危ないですよっ」
リザに小声で注意された。
高さ10メートルほどの石壁に囲まれた砦。
更に高い監視塔もいくつか見える。
砦は楕円形になっているようで、長さ500メートル、幅300メートルほどはあるらしい。
元々この場所にあった遺跡を流用して作った砦のだという話だ。
石壁に備わる門の1つが重々しく開かれる。
箱馬車はその中へ吸い込まれるようにして入っていった。
「リザはここへ来たことあるのか?」
「はい。前に1度だけですが」
砦内に入った俺達は馬車を下り、簡単な審査を受ける。
ギルドカードを提示するだけなので、簡単なものだ。
リザの場合はギルドに加入していないため、納税者に対して納税証明として発行される市民カードが身分証となるようだ。
「あれ?俺って納税ってしてないような気がするんだけど、大丈夫なのか……?」
ルタリア王国の国民であることの証明、庇護下に入ることを承諾する人頭税は身分によって金額も変わってくる。
「ジン様の場合はギルドに加入したときに払っているはずです」
ギルドに支払った年会費に、人頭税も含まれているらしい。
そんな説明あったかな?
仮に誤って重複して支払ってしまった場合は、申請すれば返却して貰えるそうだ。
石壁の内部は木造の建築物が密集している。
いわゆる中世の石の城といった様相ではない。壁の中に街があるのだ。
建築様式はベイルともまた違った様に見えるが、どこがどう違うのかと問われれば答えるのは難しい。
建築資材は周辺から幾らでも入手できるからだろう、端に目をやれば原木の状態で積み重なった山も見える。
内部を往く人々も、ベイルのそれとは異なっているようだ。
武装した冒険者であろう、金属や魔獣の革から作られたであろう鎧を身につけ、腰に剣を差していたり槍を手にした者も少なくない。
ベイルの街なかでは、この様に今にも戦場に飛び出して行きそうな重武装した者は少ないため、それらの光景を見ていると別の街に来たのだと実感させられる。
ここはベイルよりも、魔物との戦闘がより身近にある場所なのだ。
「ジン様時間にも余裕がありそうですし、ここで軽く食事を取ってから、森へ入ろうと思うのですがよろしいですか?」
今回は目的地はこの砦ではない。
リザの薬草採取の護衛兼補助である。
「わかった。その辺りの勝手はリザに任せるよ」
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俺とリザは砦の屋台で、食事を取り準備を整え森へ侵入した。
多くの人が討伐や採取で分け入る森には自然に獣道というか、冒険者道と言ったものが出来上がっている。
それだけ多くの人がこの場所を行き交っているのだろう。
誰かがその領域で狩りや採取をしていた場合、後から来たものは遠慮するのが暗黙の了解というやつらしい。
そのためか、それほど他の人とすれ違うことも無く、今のところ問題もなく移動中である。
「狩場をかち合って争いになるのは、冒険者の方ではよくある話らしいですから」
そういうこともあってか、砦から少し離れた場所へ移動中というわけだ。
リザを先頭に俺はそれに追従する。
【脚力強化】を付与しているために足取りは軽いが、下手に急ぐのも良くないと歩みは慎重さを第一としている。
【隠蔽】も付与しているために、今のところ魔物との戦闘になるような事態にはなっていない。
木々の密集度はそれほど高くなく密林というほど緑は濃くないが、それでも彼方此方に存在している巨木は枝葉を伸ばして影を作っているため、平地のそれよりは暗がりが多い。
そのような場所には魔物が潜み、油断して近づく人間を待ち構えていたりするものなのだが、俺達の場合は逆に闇が【隠蔽】の性能を1段階上げてくれるし、探知が前もって潜伏者の存在を知らせてくれるために、十分安全な移動が可能だった。
それでも探知を掻い潜る魔物がいることはわかっているので、警戒スキルを設定し魔眼で周囲の様子を伺いながらの移動としている。
「ジン様の魔術は凄いですね。今まで1度も魔物に見つかっていません」
何度か魔物が接近した場面はあったが、見つかる様子は無かった。
接近とは言っても一番近かった場面で10メートルほどだったが、それくらいならまず問題無いと思って良いかもしれない。
もちろん検証が不十分であるため油断は禁物である。
「ありがとう。でもリザだって凄いのは同じだろう?これだけ足場の悪い獣道を長時間歩いても足の負担が僅かしか無いというのは、すごい魔術だと思うぞ」
軍隊の行軍とかで使えたら、すごそうだよな。
魔術師本人だけじゃなく、仲間や馬なんかにも使えるってのもポイントが高い。
戦闘を行うにしても逃げるにしても、足回りを強化補助できる魔術ってのはいろんな場面で使えそうだ。
「ありがとうございます。お役に立てて嬉しいです」
深く被ったローブの中から、リザの嬉しそうな声が聞こえた。




