第59話 エルフの秘薬3
「リザ大丈夫か?」
少し離れた位置から、様子を伺っていたリザが青い顔で答えた。
「あ、大丈夫です」
嫌なことを思い出させてしまっただろうか?
大丈夫とは言うものの、あまり大丈夫そうには見えない。
俺はリザに向かって両手を広げる。
ウエルカムである。
リザはほんのりと頬を染めて、俺に走り寄る。
水気を含んだ地面がバシャバシャと音を立てて、水飛沫が撥ねる。
そしてそのまま、勢い良く俺の腕の中に収まった。
俺は力を込めて、リザを抱きしめた。
「な、何かありましたか?」
冷静を装いつつも、声の上ずるリザが可愛い。
「いや、抱きしめたかっただけ。ダメか?」
リザは俺の腰に手を回して、ギュッと力を込めた。
「ダメなわけ無いじゃないですか。私はいつだってジン様に抱かれたいと思っているんですから」
リザの大胆な告白に、俺がどう返したらいいものかと返事に困った表情をしていると、その顔を見たリザがハッと気づいて――
「あっ!違います!そういう意味じゃないですよ?いや、違わないけど……あれ、そうじゃなくて……あの、とにかく違うんです!」
急に慌てだした。
あわわわと口が震え、表情がコロコロ変わる。
まぁ言いたいことはわかるけど、慌てすぎててちょっと面白い。
羞恥に染まるリザの顔も可愛い。
恥ずかしがっている女の子って、どうしようもなく可愛いな。
つい苛めたくなってしまう。
「リザ可愛いな」
耳元でそっと囁くと、リザの顔は更に赤くなった。
やっぱりリザは可愛い。
リーチの何体かは、魔石を持っていたので回収しておいた。
死んだ後の彼らの体は弾力性を失っており、硬さはあるものの力を込めれば刃が通ったので魔石の回収も可能だった。
もしかしたら【解体】の効果があったのかもしれない。
魔石(打耐性)
魔物のレベルが低かったためにレベルアップはしなかったが、スキルが手に入ったのは大きな収穫だ。
それに名称から推測するに、有用そうなスキルである。
魔石は俺の鞄に保管して置くことにする。
そのまま使っても魔力を回復させることはできないが、幻魔石の魔力を補充したりと何かと利用価値はある。
今のところまだ資金には余裕があるし、取っておいて問題ないだろう。
俺達はこの地での作業を終え、ベイルへと帰還した。
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翌朝、街で買い物があるというリザに同行することにした。
ちなみにアルドラは帰ってきていない。
眷属の特性を使って、居場所を探ってみると森の中にいるようだ。
まぁそっとしておこう。
「シアン、調教の方は順調か?」
「はい。ネロは頭のいい子で、教えたことをすぐに覚えてしまいます」
シアンの調教、使役のスキルはF級に上がっていた。
元々スキルポイントは足りていたので、後はそれを消費して成長させるだけだった。
まぁ順当と言ったところだろう。
買い物にはシアンも同行している。
初めて会った頃と比べると、随分声を聞けるようになった。
今では俺とも普通に会話してくれる。
主に猫、いやネロの話なのは致し方あるまい。
ネロの話をしている時のシアンは、とても幸せそうに笑顔を見せてくれる。
よく声を出して笑っている姿も見られるようになったし、家もより明るくなったような気さえする。
この辺りはネロの手柄なのだろう。
「この間、こんな大きなネズミを捕まえてきまして」
身振り手振りで一生懸命説明してくれるシアン。
身長140センチくらいと小さい体で、ちょこちょこと動く姿は、眺めているだけでも癒される。
妹がいたらこんな感じなのだろうか?
リザとシアンはいつもの様にローブを深くかぶり、ストールで口元を隠して移動している。
今日は何か人通りも多い。
また何か催しでも、やっているのだろうか。
大きな通りには人が溢れている。
ざわざわと喧騒とした雰囲気だ。
「ジン様、シアンとちょっと待っていて貰えますか?買い物を済ませてきます」
喧騒の中、リザが俺の耳元へ顔を近づけて話す。
「一緒に行かなくて大丈夫か?」
ベイルは治安の良い方だと聞くが、あまり信用はしていない。
大きな都市ともなれば、どんなに厳重にしていたとしても犯罪者、または犯罪者予備軍が少なからず居ることだろう。
ともすれば、いつ何処でどんな者が居るかもわからない。こんな街なかで暴れれば、直ぐに衛兵が駆けつけるだろうが、警戒は怠らないほうがいいだろう。
「ええ、すぐそこの店ですので大丈夫です。それに店内は狭いので、大勢で行くと迷惑になってしまうかも知れません」
リザの直感は鋭いし、魔術も使える。
彼女が大丈夫と言うなら、大丈夫なのだろう。
俺はリザを送り出して、シアンと2人で彼女の帰りを待つことにした。
「なんでも聖女様がベイルに来ているらしいぜ」
人垣の男たちから、そんな声が聞こえる。
この世界、この国にも宗教というのは幾つかあるそうだが、その1つに女神教というものがあるらしい。
ベイルにも大きな女神教の教会が立っており、時刻や街の様々な事柄を伝える鐘の音を生み出している鐘塔を管理しているのも女神教のようだ。
聖女というのが、どういった存在なのかは知らないが、名称だけ聞けば重要人物っぽい。
この人だかりも「芸能人がきてるらしい」みたいな感じのノリで騒いでいる野次馬なのかもしれない。
テレビもラジオもない世界だ。
娯楽に飢えていてもおかしくない。
何かあればこのように話題になるもの頷ける。
ドカドカと石畳を踏み鳴らし、雪崩れ込んでくる男たち。
大柄な彼らの勢いに押されて、シアンが思わずたたらを踏む。
「危ない」
俺は転びそうになるシアンの腕を掴んで、体を安定させた。
「あ、ごめんなさい」
北方系の人達だろうか。
彼らは背も高く大柄で、小柄なシアンがそばにいれば、吹き飛ばされてしまいそうだ。
「人通りが多いからな。傍に居た方がいい」
俺はシアンの手を握って、近くに引き寄せた。
「はい。ありがとうございます」
顔を伏せながら、小さな声で答えるシアン。
嫌がってないよな?
危ないから親切心で密着しているだけで、他意はない。ないったらない。
そこへ一際大柄な男が近づいてきた。
「んん~?兄ちゃん、ハーフエルフの臭がするよォ兄ちゃん!ハーフエルフって奴隷商に連れて行けば、高く買い取ってくれる美味しい獲物だったよね~?」
耳障りな間の抜けた声で、物騒な話をする大男。
なんだコイツ馬鹿か?
こんな大通りで話す内容か?
もちろん人攫いは重罪である。
本人の同意なく奴隷にすることも、国の法によって不可能と聞いた。
つまりコイツの話の内容は、まっとうな人間の話では無いということだ。
兄ちゃんと言われる人物は周囲にはいない様子で、男の物言いに答える者は存在しなかった。
男のデカイ声と物騒な内容に驚いたのか、シアンがビクリと身を震わせる。
俺はその反応だけで、自分が苛ついているがわかった。
「兄ちゃん?兄ちゃん?」
体は2メートル近くありそうだが、脳みそは幼児の物なのだろうか?
だが幼児とはいえ純粋と言った感じはしない。
邪悪な臭いが漂ってきそうだ。
徐ろに大男の手がシアンに伸びる。
俺は彼女を抱きかかえ後ろへ跳んだ。
「あれ?」
あれ?じゃねーよ。
俺はジロリと男を睨みつける。
ヴィクトル 武闘家Lv32
人族 23歳 男性
スキルポイント 1/32
耐性 C級
体術 D級
剛力 D級
探知 D級
鉄壁 E級
武闘家、初めて見る職業だ。
けっこうレベル高いな。
おっさんかと思ったら、意外に若い。こいつに限ったことではないが、北方系の人族はみんな老け顔なんだよな。
「何だお前?俺達に何かようか?」
俺は喧嘩なんかしたこと無いから、こんな時に何て脅し文句を言えばいいのかわからんな。
「んん?俺、男には用事ない!そっちの女よこせ!」
よこせ!と言われて、はいと答える馬鹿がいるのか?
リザがもうすぐ戻ってくるだろうし、今ここを離れるわけにも行くまい。
【麻痺】
俺はノーモーション、ノータイムで雷魔術を放つ。
【雷撃】よりも細く頼りない光の帯は、大男へ獲物を狙う蛇のように向かっていった。
見た目は頼りなくとも、効果は折り紙つきである。
筋肉で動く生物なら、瞬く間にその動きを封じる事ができる凶悪な魔術だ。
パシィッ
しかし【麻痺】は相手の動きを封じる事は叶わず、男の表面を舐めるようにして弾かれ、その光は掻き消えた。
「なに?」
【麻痺】が効かない?
いや雷耐性か。俺の雷魔術のランクはC級だった。レジストされたってことか。
「んん??」
攻撃を受けたのに、なんともなっていないので混乱しているようだ。
自分の体を見回して、不思議そうな表情を浮かべている。
「何かやったのか?どうでもいいけど、今度はこっちのばんだな!」
大男が肩をぐるぐると回しながら近づいてくる。
周りの人達は我関せずといった様子で近づいてこない。
何人かはこちらを見て動向を伺い、にやにやと薄わ笑いを浮かべている者もいる。
だが止めに入ったり、衛兵を呼ぼうとする奴は居ないようだ。
さて困った。【恐怖】でもいいが、威力がどの程度のものか。誤って死なれても面倒だ。
できれば無力化で止めておきたい。
あ、そういえばいいのが有ったな。
俺がそう思った矢先に声が掛かる。
「ヴィクトル!どこにいった!?戻ってこいッ!」
喧騒の中に響き渡る、よく通る声だった。




