第56話 再会2
「リザちゃん!あれぼど1人で行くなって言ったよね!?約束したよね!?」
「ご、ごめんなさい」
俺達はなんやかんやあってリュカさん行きつけの酒場、兎の尻尾亭に場所を移した。
一番奥にあるVIPルームっぽい一角、革張りの長椅子を設置された席へ案内される。
ここはリュカさんがいつも利用する場所らしい。
「リュカさん落ち着いて」
リュカさんの隣に座るミラさんが興奮した彼女をなだめる。
ここで皆で食事を。という話になったので俺が呼びに行ったのだ。
「私に何の相談もなく!」
信じられない!と嘆くリュカ。
彼女は既に酔っている。
ミラさんを連れて来る前に、既に強めの酒を3杯ほど煽ったようだ。
「これ、大丈夫か?」
俺はロムルスにそっと耳打ちする。
彼は軽く首を振った。
「止めるのは無理だ」
そう達観した顔で答えた。
「それに、どういうこと!?」
ビシィと指さした先にいるのは豚串を両手に頬張るアルドラだ。
ずいぶん大人しいと思ったら、食事に夢中だった。
「んが?」
俺が漂流者ということは伏せて、既にことの経緯はこの場で説明した。
リュカはアルドラの変わり果てた姿に困惑の声を上げる。
子供バージョンのアルドラが口いっぱいに肉を頬張りながら、もがもがと答える。
飲み込んでから話せよ……
「生きていたなら連絡くらいくれたっていいじゃない!?」
そう言ってグラスに注がれた火酒を一気に煽る。
このドワーフ謹製の火酒は、文字通り火が付くほどの高いアルコール度数の酒だ。
いくら少量とは言え、そうガバガバ飲むような酒では無い。
「リュカさん街に居なかったじゃないですか。森へ調査に行ってたんですよね」
むむむと唸るリュカ。
「それでも!ギルドに言伝残すとか、手紙出すとか何かあるでしょうがぁ」
頭に手をやり1人煩悶する。
「説明した通りわしはとうに死んだ身。今の姿は次世代を見守る仮初めの灯火に過ぎぬ。いつ掻き消えてもおかしくない身だ。故にかつての知己にわざわざ連絡を取るような真似はせん。アルドラ・ハントフィールドは死んだのだ」
子供姿で口上を述べるアルドラ。
それを聞くリュカの額に青筋が走る。
「ほんと男っていつもそう!自分勝手で!周りの相手のことを考えもしない!知ろうともしないで!」
更に火酒を煽るリュカ。
もう目がヤバイ……
「おい、飲み過ぎじゃぞ」
さすがにアルドラもこれを放置しては不味いと思ったのか、彼女に声を掛けるも――
「あぁ?」
どうやら一度燃え上がった火は、容易く収まるようなことは無いようだ。
そしてリュカの愚痴大会が始まった。
主にアルドラへの文句である。
「なぁ、この2人の関係って何なの?」
俺はロムルスに耳打ちした。
「知らないよ」
ロムルスはアルドラの事自体知らないようだ。
彼がS級冒険者だったのは30年以上前の話らしいから無理もないか。
「それはそうと、この娘なに?」
そう言って視線を送ると、ロムルスのふさふさとした尻尾を撫でるシアンの姿があった。
「あー、リザの妹だよ。動物好きなんだ」
モフりたいの我慢できなかったのか。
確かにいい毛並みだもんな。
家に閉じこもっていることの多いシアンは獣人族との交流もほとんど無いのだろう。
このもふもふと戯れたことも、たぶん無いはずだ。
「あのね、ジンさん……」
ロムルスが困ったような視線を送ってくる。
「言いたいことはわかる。すまん。でも悪い子じゃないんだ、許してやってくれ」
俺はロムルスに頭を下げ頼んだ。
「シアン人の尻尾に許可無く触ったらだめだぞ」
言われてやっと我に返ったのか、シアンは顔を赤く染めて「……ごめんなさい」と小さな声で呟いた。
「あの、触ってもいいですか?」
シアンがおずおずと、小さな声で尋ねる。
「ん。……まぁいいよ」
ロムルスは少し困った様な複雑な表情を見せたが、理解してくれたのかシアンの申し出を了承した。
俺も一緒にモフりたいところだが、ちょっとロムルスが嫌そうなので俺は自重しておくか……
それにしてもこんな近くにビールを扱っている店があったとは。
ベイルの酒の主流はワインであるらしく、ビールはあまり見かけない。
エールもたまに見かけるが、俺はビール党なのだ。
それがこんな近場で発見出来たとは、灯台下暗しというやつである。
硝子のジョッキによく冷えたビールが注がれている。
硝子製品は高価であるらしいのだが、この店では普通に使われているようだ。
酒の味を変異させないとあって、どうも硝子は好評らしい。
炙ったベーコンを口に放り込み、冷たいビールを流し込む。
冷蔵庫が無いために地下室で貯蔵して、更に地下水で冷却して出しているようだ。
これだけ冷えていれば十分だろう。
見るとリュカの獲物はリザに移ったようだ。
開放されたアルドラは、疲れを感じる体では無いはずなのに少し疲れたような表情をしている。
「リュカさんと、どういう関係だったんだ?」
俺はストレートにアルドラに聞いた。
「関係も何も、友人の娘ってだけじゃ。あぁ彼女が子供の頃に剣を教えたことはあったな」
ほう、俺の姉弟子って訳か。
「まぁ人に物を教えるなんぞ経験なかったのでな、大した事はしておらん。短い間じゃったしな」
友人と言うのはかつて一緒にPTを組んでいたこともあった獣狼族の男だという。
アルドラは体を鍛える一環として、彼から獣人の体術を学び、その過程でリュカと出会っているようだ。
「そう!アルドラは私の剣の師匠よ」
ズイッとリュカが俺とアルドラの間に割って入る。
「師匠も何もないじゃろう。わしが教えたことなど、大したものは無い」
「そんな事ないわ、今私が剣士をやっているのも貴方の影響だもの」
そう話すリュカの顔は嬉しそうだ。
「貴方と一緒に旅をする日を夢見て、一生懸命がんばったわ……」
リュカは遠き日の思い出を懐かしむように目を瞑った。
「冒険者になったら一緒にPT組んでくれるって約束したのに……」
「それなのに勝手に村に帰るって言って冒険者さっさと引退しちゃうし……」
「私には何の話もしてくれないで……」
「あ、なんかまた腹立ってきたな……」
リュカが1人ぶつぶつと呟いている。
他者を寄せ付けない、怒気を含んだオーラで身を包んでいるかのようだ。
「さて、そろそろ帰るかのう」
残りの串を平らげ、帰り支度をしようとするアルドラの手を俺は掴んだ。
「アルドラ、せっかく久しぶりの再会でしょう。彼女に付き合ってあげたらどう?」
アルドラはあからさまに嫌な顔をした。
「俺は先帰って寝るわ」
ミラ、リザ、シアンに目配せをする。
「わしを置いていくのか!?」
「魔力が尽きたら帰ってきて下さい……」
俺はアルドラの肩を叩いて、健闘を祈った。




