第53話 獣使いギルド
朝方に家へ戻った俺達は、昼頃まで部屋で寝ていた。
起きるとリザは既に目が覚めていたようだが、そのまま毛布に包まり俺に体を密着させ甘えるように腕を絡めてくる。
「おはようございます。ジン様」
胸元からちらちらと見える豊かな白い谷間。
リザの甘い匂いも相まって、俺の欲望が反応してしまうのは致し方のないことだろう……
「おはようリザ」
それでもカッコつけたばかりなので、もう少しカッコつけておくか。
泣いている女の子を押し倒す訳にも行かないだろうし、昼このタイミングで盛ってる場合でもないかなとも思う。
タイミングは重要である。けっしてヘタレという訳ではない。
着替えて1階へ下りると、ミラさんが食事の用意を整えてくれていた。
「おはようございますジンさん。お腹が空いたでしょう?さぁ温かいうちにどうぞ」
食卓の上には具沢山の温かいスープにパンと生野菜が並んでいる。
「ありがとうございます。いただきます」
胡椒か何か鋭い芳香を持つスパイスが食欲を誘う。
ゴロゴロと大きなベーコンや根菜が入ったスープは、ポトフみたいな感じで美味そうだ。
遅れてやってきたリザが隣に座る。
「シアンが外にいるようなので、ちょっと呼んできますね」
ミラがエプロンを外して、出ていこうとするのを俺は呼び止める。
ミラはまだ台所で片付け途中のようだし、呼ぶくらい俺が行ってこよう。
俺は1人外にでると、周囲を見渡してシアンを探す。
シアンはあまり外出はしない。
1人で家を出ても、その周辺にいることがほとんどだ。
どの辺りにいるかは探知によってすぐに特定できた。
「何してる?」
家のすぐ隣りの路地裏で、しゃがみ込むシアンを見つける。
俺は驚かせないように気をつけて、背後からそっと声をかけた。
しかし彼女は答えない。
だが今しがたその視線の先にあったものを、素早く懐に隠したのは見えた。
それが何なのか探知を持つ俺は、ある程度は把握できている。
「にゃー」
シアンのお腹が鳴った。
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魔物であった。
ブラックキャット 魔獣Lv1
見た目は俺もよく知る姿の、いわゆる黒猫である。
大きさからして子猫か。
レベルを見ても間違いないだろう。
この世界のあらゆる生物は、生まれた直後は皆レベル1だと言うしな。
艶やかな毛並みを持ち、淡青色と黄色の瞳を備えたオッドアイであった。
その黒猫は今食卓テーブルの下で皿からミルクを飲んでいる。
中々かわいい。
仕草をみても普通の猫にしか見えない。
これも魔物なのか。
「ごめんなさい」
なぜかシアンが謝った。
理由はわからないが、酷く落ち込んだ様子だ。
話を聞いてみると、実はこの猫少し前からシアンがこっそり餌付けしている子猫らしい。
市内で魔物を飼うには許可が必要で、無断で飼育すると罪に問われるようだ。
無断で飼育するだけでも問題になるのだが、それが誤って人を傷つけたりなどすると大変な問題に発展しかねない。
「規模にもよりますが、当事者は死罪か莫大な罰金刑になるかと」
リザが厳しい顔で答えた。
「ごめんなさい」
シアンもマズイことはわかっていた上で、ついついといった所だろう。
顔を伏せて、肩を震わせる。
涙を堪えたその声を聞けば、反省はしているのだろうと思う。
リザも怒っているのではない、ただ彼女の行動を心配しての厳しい言葉なのだ。
「黙って飼うのが問題なら、許可を取ればいいのでは?」
俺の言葉に3人は難しい顔をした。
「飼育許可を取るにも無料ではないのです」
魔物の飼育許可を取るには、ベイルの外れに拠点を置く獣使いギルドへ赴き許可証を得る必要があるという。
獣使いギルドに席を置く会員ならともかく、それ以外の者では許可証の値段も法外となるようだ。
つまり魔物の取り扱いに慣れたものならいざ知らず、一般の者が魔物の飼育を市内で行う事には敢えて敷居を高くしているのだろう。
知識や経験の浅い未熟な飼育者が、問題を起こすようでは街の者も迷惑だろうしな。
「具体的に幾らかわかる?」
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食事を終えた俺達は獣使いギルドへ向かった。
黒猫は移動用に革の鞄へ入れてある。
俺とリザ、シアン、子供バージョンのアルドラも一緒である。
リザ達はいつもの様に、姿を偽装する魔装具で身を隠している。
エルフやハーフエルフはよく絡まれるということで、自衛手段ということだ。
アルドラには、もしも絡まれた際にと護衛用に顕現させた。
「……あの、ありがとうございます」
シアンが申し訳無さそうに、小さな声は放つ。
街の雑踏であまりよく聞こえない。
「気にしないでいい。魔獣の飼育ってのに俺も興味があるし、それに可愛いしな」
俺はどちらかと言うと犬派だが、猫が嫌いなわけじゃない。
実際に魔獣の飼育なんて面白そうだし、金を払えば許可が貰えるなら払えばいいのだ。
まぁ魔獣とは言っても見た目は普通の猫ではあるが。
「にゃー」
鞄の中で黒猫が会話に参加してくる。
それにお礼なら、飼うことを許してくれたミラさんとリザだけでいいだろう。
俺のは単なる興味本位だし。
許可証の値段は金貨1枚ほどだろうと言うことだった。
金貨1枚は平民にとっては大金だ。
4人家族が2ヶ月は暮らしていける金額だという。
それをペットの飼育許可の代金にと考えると確かに法外な値段かもしれない。
この世界の人にペットを飼うという概念があるかどうかは知らないが。
「シアンは何か動物を飼ったことはあるのか?」
シアンはふるふると首を振る。
「飼い方は大丈夫か?」
「……本で勉強しました」
冒険者の父親が残した本を読むのが趣味らしい。
家に籠もることが多いようだし、それくらいしかすることが無いのかもしれない。
「私の職業が獣使いだと知って、獣使いの技を記した本を残してくれました」
生後間もなくは職業が設定されていないという状態の者も多い、しばらく時間がたつとそれぞれにあった職業がいつの間にか身につくのだという話だ。
親から受け継ぐ事も多いようだが、育った環境に影響されると唱える研究者も多い。
もちろんそれ以外の本人の資質というのもあるんだろうが。
「ついたぞ、ここが獣使いギルドじゃな」
言われなくても、一目瞭然というか。
ひどく獣臭い。
ギルドの屋舎は冒険者ギルドとそう大差ない石造りのものだが、違いが在るとすればその周辺だろう。
牧場でも経営しているのかと言うほどに、広い敷地が柵に囲まれ存在している。
遠くを見れば立派な体格の馬が、悠然と草を食む姿が見られた。
一瞬ここが城壁に囲まれた都市であることを忘れさせる光景であった。
ギルドに掲げられた看板を見ると、犬をモチーフにした様なデザインだ。
確か獣使いが最初に使役するようになったのは、犬だったと言う伝説があるとかないとか言ってたな。
他の建物といえば巨大な倉庫が幾つもあった。
同じ作りで並んで立っておりギルドの看板と同じ紋章があるので、おそらくギルド所有の物なのだろう。
獣使いギルドは冒険者ギルドほど騒然とした場所ではないようだ。
人影も疎らで閑散としている。
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「魔物の飼育許可か。ではこちらに必要事項を書いてくれ。字が掛けないなら代筆も有料で行っている」
屋舎の中に入り、受付と思われる初老の男に声を掛ける。
ギルド内も人影は少ない。
だが見かける人の多くは職業が獣使いの者のようであった。
こういった所も冒険者ギルドとは違うようだ。
シアンが書類を作成している間に、受付の男に獣使いについて話を聞いてみた。
獣使いの仕事と言うのは――
1、羊や牛、山羊、豚などの魔獣の繁殖、成育、出荷。
2、馬や犬など、魔獣の用途に合わせた調教調整。
3、珍しい魔獣の捕縛。
などが主になるらしい。
中には冒険者ギルドにも在籍していて、魔獣を使った護衛や討伐を熟す猛者もいるようだ。
「複数のギルドに所属するのは違反じゃないのか?」
「そのギルドにもよるが、獣使いギルドと冒険者ギルドでは問題ない。会員料を支払えばな」
獣使いギルドに登録できるのは、職業が獣使いであることが条件のようだ。
冒険者ギルドとは違って徒弟制度があり、一定期間ギルドが斡旋する師匠について技を学び、一人前と認められると晴れて正規のギルド会員になれるのだという。
会員は魔獣の登録料が割引されたり、獣使いとしての仕事を斡旋してもらえたり、捕縛した魔獣の売買をギルドの流通網を使って行えるという利点があるという。
「捕縛は生け捕りだからな。冒険者の討伐とはワケが違うぞ」
確かに難易度を考えると、言うまでもないだろう。
まぁ獣使いには、獣使いの技があるのだろうが。
「あの……名前決めてください」
シアンがおずおずと俺に申し出る。
「ん?シアンが自分で決めればいいのでは?」
そう言うとシアンは俺の目を見たり、伏せたりしながら、
「あの……お金出してもらったし……この子を飼えるのは……のお陰だから……」
小さな声だが、たぶん登録料を出すのは俺だから俺に名前を付けて欲しいということかな?
「そうか」
俺はしばし考え、皆が見守る中でシアンが獣使いとして初めて育てる魔獣に名を与えた。
ネロ 魔獣Lv1
「いい名前ですね。さすがジン様」
リザが褒め称える。
「ありがとう」
シアンも気に入ってくれたのか嬉しそうだ。
「ほう、中々勇ましい名じゃな」
勇ましいかどうかはわからんが、アルドラにも好評のようだ。
「にゃー」
猫も問題ないらしい。
意味があるのかどうかと聞かれたので、俺の故郷の古い王の名だと言っておいた。
うろ覚えだが、たしか黒という意味もあったはず。
ちなみに猫はオスのようだ。
ネロには銀に輝く首輪が装着された。
隷属の首輪 魔装具 D級
行動制限
見た目は細い金属の輪である。
魔導具らしく、繋ぎ目などは見当たらない。
職員がネロの首元に首輪を触れさせると、まるでそれは手品のようにすり抜け収まった。
大きさも自動で調節されるようである。
ネロの主人はシアンに設定されている。
首輪を鑑定すれば装着した魔物の名前と、所有者の名前が見えるようになるという。
また魔装具として、主人を直接害するような行動が制限されるという付与術が施されているようだ。
そして隷属の首輪には対になる主人の指輪が存在する。
主人の指輪 魔装具 D級
追跡
この指輪を装着した所有者は、設定された首輪の位置をある程度特定できるようになるのだという。
「人の財産、所有物ですからね。これを勝手に盗めば罪になりますし、理由もなく傷つけたり害を与えた場合でも同じです」
これでネロが家から勝手に出て行ったとしても、街に侵入した魔物として駆除される可能性はかなり少なくなったと言える。
ネロを盗んだり、傷つけようとする輩からも最低限の抑止力にはなるようだ。
それらの行動をとれば罪となる可能性が高いし、意味もなくそんなリスクを犯すものは少ないだろう。
街でも野良の魔物は時折いるらしい。
密かに地下の水路に住み着いていたり、裏路地に潜んでいたりとそれほど珍しくないそうだ。
「ほとんどがレベル1の脅威とは言えない存在ですが。それでも発見されれば駆除の対象になります」
ネロもあのままでは、何れ駆除されていたのかもしれない。
魔物が街にいる理由は、荷車に紛れ込んで入ってきたり、金持ちの物好きが未登録の魔獣を密かに飼育して誤って逃したりと様々なケースがあるようだ。
「このベイルは森にも近く、人の街にしては魔素の濃いほうじゃからな。魔物が住むにも案外居心地がいいのやもしれん」




