第50話 死人沼2
夕方になるまでの時間はゆったり過ごした。
まだ気温は暑くもなく寒くもないといった丁度いい季節。
体温調節の魔装具はあるものの、普段着であるなら余計なものは身につけずに薄着でいたほうが気持ちがいい。
ミラさんとシアンとゆっくりお茶を頂いたり、昼寝をしたりと静かな時間を過ごす。
昼ころにはリザの来客もあった。
子供から老人まで、その幅は広い。
何組か来ていたようで俺が対応したわけではないが、皆リザのことを先生と呼び頼りにされている様子が見えた。
客の中にはタマとミケの姿もあった。
彼女達とは朝たまにあうと、挨拶を交わす程度の知り合いである。
リザの耳元に口を寄せて、何かを話しかけける様子も見うけられる。
なんだかわいわいと賑やかな感じだ。
リザはこういった仕事をしているせいか、けっこう人付き合いが広いようだ。
俺は夜のためにも魔力を温存して、体を休めることに専念しよう。
>>>>>
ザッハカーク大森林の北側には大きな川が流れている。
一部は森を突き抜けて来ており、一部は北の山々から流れ込んでいる。
それがベイルから向かって北側の領域で合流して大きな流れとなり、ルタリア王国の大地を潤す重要な河川となっているのだ。
だが北の山から流れ込んでくる大量の春の雪解け水は、時に大洪水を引き起こす。
その為もあってか、川の周辺には湿地帯や、川の本流から分離した水溜りが沼地となり無数に存在していた。
死人沼もそんな場所の1つだ。
ここは随分と昔には、人族の村があった場所らしい。
森に飲み込まれ、今や村があった形跡は何処にもない。
だが無念の内に死んでいった村人たちが、夜になると土の下の冥界より舞い戻り生者を羨んで森を彷徨うのだという。
「死霊ってのは初めて戦うんだけど大丈夫なのか?」
まえに亡霊であった頃のアルドラには【雷撃】が効いたという記憶ならある。
「これを使って下さい」
リザが手渡してきたのは小さな壺だ。
聖油 薬品 D級
銀豆という収穫量の少ない希少な食材が在る。
これは昔から闇を退ける退魔の力が宿っていると言われている食材だ。
北方に住む人族には古くから魔除けとして、布袋に入れて玄関先や部屋の窓などに括りつけている習わしが在るのだという。
「これはそれを留出させて作った品です。武器に塗れば闇を払う力が与えられると言われています」
俺とアルドラは受け取った聖油を剣に塗り、夜を待った。
沼のほとりの空いた空間に、焚き火を起こしてそれを3人囲む。
沼とは言っても水は非常に澄んでいて、魚の姿も見える。
死人沼というような名からは想像できない、綺麗な場所だ。
手付かずの自然に、湖といえるような広さの清涼な水辺。
キャンプ場であれば人気のスポットになりそうな雰囲気である。
「その素材ってどういうもの?」
マナポーションの素材、採取スキルがないと品質の低下を招くらしいが。
「月光草と言われる薬草です。夜になると花を開いて美しい姿を見せるのですが、夜間以外の時間帯で採取しても薬効成分が抜けてしまい役に立たなくなるそうです」
主に水源の近くで発見される薬草で、こういった沼地や湿地帯で見つかるのだという。
短い時間しか花を開かないそうなので、採取難度の高い素材に分類されるのだとか。
「月光草は夜になってみないと、どの草が花を咲かせるかわかりません。ですので夜になってから花を咲かせたものだけを採取する必要があります」
リザに教えてもらうと、沼のほとりには数え切れないくらいの大量の月光草が生い茂っている。
月光草 素材 D級
だがこれ全てが花を咲かせるわけではないらしい。どういう条件なのかは不明だが、夜になって花を咲かせるものだけを採取しなければ意味がないようだ。
話している間にも、だんだんと夜の帳が下りてくる。
気づけば森の奥には闇が広がっていた。
沼の水面には月明かりが照らしだされる。
そのお陰もあってか、この開けた空間であればそれほど闇は深くはなかった。
これなら夜目の持たない人族だとしても、戦えそうな明るさである。
「そろそろじゃな」
静かに時を待っていたアルドラが、剣を担いで立ち上がった。
沼の周辺から光が溢れる。
「おお、すげえ」
光は月光草から生み出されるものだった。
月の明かりを受けて先端の蕾からは淡い黄色の光が、粒子となってこぼれていた。
そして蕾はゆっくりと開いていく。
幻想的な光景だった。
細長く捻じれ先端の尖った形状の蕾が、ゆっくりと解け、花弁が開いていく。
中に封じられていた光の粒子が、開放された時を待っていたかのように放出された。
地球では蛍を人工的に繁殖させていた場所で、数百匹の蛍の飛翔というのを見たことがあるが、これはそれを遥かに超える美しさだと思う。
放出された光の粒子が、闇の空間を舞い踊る。
思わずここが危険な夜の森だということさえ忘れて、見入ってしまうほどに幻想的な光景であった。
「綺麗だな」
「ええ、とても」
俺はリザと並んで、その光景を眺めていた。
「おい二人共、のんびりするのは終いのようじゃ」
俺の魔力探知にも反応があった。
というか探知より先に感づくとは、アルドラの直感というのも凄まじいな。
ジン・カシマ 冒険者Lv11
人族 17歳 男性
スキルポイント 0/24
特性:魔眼
雷魔術 (雷撃 雷付与 麻痺)
火魔術 (灯火 筋力強化)
土魔術 (耐久強化)
闇魔術 (魔力吸収 隠蔽)
体術
剣術 C級
鞭術
闘気 E級
探知 D級(嗅覚 魔力)
魔力操作 F級(粘糸)
解体
繁栄
警戒 E級
疾走
今回も修行の一環として、前衛型のスキル構成で行く。
もし何かあれば、途中で切り替える時間を作る。
アルドラ 幻魔Lv11
スキルポイント 2/73
特性:夜目 直感 促進 眷属
時空魔術 S級(還元 換装 収納 帰還)
剣術 S級
体術 D級
闘気 E級
回避 D級
エリザベス・ハントフィールド 薬師Lv22
ハーフエルフ 16歳 女性
スキルポイント 1/22
特性: 夜目 直感 促進
調合 D級
採取 E級
風魔術 C級
水魔法 F級
アルドラはいいとして、リザもレベル上がってる。
薬師のような生産職は戦闘職と違って、生産活動でレベルが上がるらしい。
ここ最近特に俺のためにと、魔法薬を作り続けてくれた為かもしれない。
だが戦闘職と比べるとレベルの上がりは遅いようだ。
効率よくレベルを上げるためには、何かコツが在るのかもしれない。
ともかく今は目の前の敵に集中しよう。
沼の水面を背に、俺は剣を構えた。
グール 死霊Lv8
グール 死霊Lv8
グール 死霊Lv9
見た目は灰色の皮膚をした痩せ細った人である。
体毛は無く眼窩は深く沈み込み、頬は痩け、骨と皮だけになっているかのようだ。
その瞳は光を失い焦点も定まっていないかのように、虚ろな表情である。
足取りもおぼつかなく、口をだらしなく開け、その姿からは生命力を感じない。
彼らは動く死体。
森で命を亡くした者が、闇の力によって冥界より舞い戻った亡者である。
生前のものなのかボロ布を身にまとい、その身が朽ち果てるまで夜の森を彷徨い続けるのだという。
森の奥から姿を見せた魔物は、ゆっくりとした足取りでこちらへ向かって近づいてきた。
正直それほどの脅威は感じない。
3体と数も少ないし、動きも鈍そうだ。
だが初見の相手、どんな動きをするか油断は禁物である。
俺は剣を強く握りしめた。
「リザ頼んだ」
「はいっ」
アルドラの号令からリザが動いた。
2人に【脚力強化】を付与し、続けて【風球】を放つ。
杖の先から高速で打ち出される、圧縮された空気の塊がグールを襲う。
沼と森の間には開けた空間が在るのだが、グールは森の方からやってくる。
風球はグールが森を抜けたところで正確に着弾し、その体を吹き飛ばす。
くの字に折れ曲がったグールの体は、直ぐ後ろの巨木の幹へと叩きつけられた。
「すごいな」
威力も命中力もかなりの物だ。
これで戦闘職でないと言うのだから、大した物である。
「いえ、軽い相手だから弾き飛ばせますが、風球でどれだけダメージを与えられているか……」
木に叩きつけられたグールは、ゆっくりと立ち上がる。
そして、走りだした。
陸上選手のように手を大きく振り、大きく足を開いて。
「えええ?」
速い!
映画やゲームのような敏捷性を感じられない、鈍い動きの魔物と勝手に想像していたのだが違ったようだ。
本気出したグールは、生前は健脚だったのだろうか。
かなりの走力を持って、俺達の目前へと迫った。
予想外の動きに動揺して、俺の動きが一瞬止まる。
「あっ」
気づいた時には、俺の目の前にグールがいた。
咄嗟に盾を構えようとするが、動きが遅い。
グールの攻撃が先にくる。
俺は体を強ばらせた。
ブォンッ
突然の風切音。
グールの体は上半身と下半身に別れて、地面に転がった。
地面でピクピクと足掻くグールの頭を踵で踏み抜く。
グシャリ
嫌な音が響いた。
「ジン油断するな。思考を止めるな。足を動かせ。危険を感じても最後まで諦めるな」
アルドラの叱咤が響いた。
「来るぞ。夜は始まったばかりじゃ」
グールは3~4体を1つの群れとして行動しているようだ。
まぁ群れなのか、たまたま一緒に行動しているのかはわからないが。
1つの群れを倒すと、次の奴がくるまで時間が空く。
その空いた時間に薬草の採取を行った。
戦闘中に採取を行うのは危険すぎるからだ。
1度だけ、沼の中からグールが現れたこともあって、今は沼からも距離を置いている。
俺達が陣取るのは、空いた空間の丁度中央に当たる部分だ。
焚き火の炎を大きくし、襲撃に備える。
通常死霊の類は、火を恐れ近づいてこないらしい。
あるエルフの氏族では、焚き火は神聖なものとして扱っているという。
闇を照らす炎には、魔を退ける聖なる力があると信じているのだ。
しかし、どうもここらの死霊は火を恐れないようだ。
焚き火をいくら大きくしても、構うものかと突っ込んでくる。
「理由は定かではないが、何らかの力を得ているのかもしれん」
何らかってなんだろうか。火を克服するもの……水とか?
まぁ目の前に沼はあるが。
「わしも積極的に死霊と戦ったことはないから、よくは知らん」
死霊という魔物は、その多くがタフで厄介な能力を持ち、しつこいのだという。
あまり積極的に狙うような魔物ではないようだ。
「冒険者としても旨味がないからのう。食える肉はないし、皮を剥ぐこともできんじゃろう」
「確かに」
まさかグールの肉に使い道は無いだろう。
もしあったとしても、さすがに採取には躊躇してしまう。
ちなみにグールからは魔石がまだ取れていない。
その後も散発的なグールの襲撃は続いた。
アルドラは余裕の動きで排除していくし、リザも風球で援護してくれる。
俺も盾で牽制しつつ、剣を振るって危なげなく処理していった。
【闘気】で肉体を強化し、聖油を塗ったショートソードがグールの体を切り裂いていく。
奴らの動きは素早いが、攻撃のキレはそれほどではない。剣術を収めた剣士の鋭さといったようなものはないのだ。
数も多くはないため囲まれることも無く、落ち着いて対処すれば問題ない。
リザの援護は最低限に止めた。
採取のこともあるし、戦闘で疲労を貯めるのは良くないだろう。
「あった魔石だ」
ようやく魔石を持つ個体を発見した。
スキル付きだ。
俺は剣を使って魔石をほじくりだした。
魔石(闇耐性)
死霊と戦うには丁度良いかもしれない。
俺は粘糸に割いていたポイントを闇耐性に設定した。
耐性 F級(闇)
【粘糸】は何度か使ってみたが、グールの動きが早くて思うように捉えられなかった。
何度か練習すれば行けるかもしれないが、素早く動く的に当てるには先読みする力が必要だろう。
今後使うこともあるかも知れないので、折を見て練習しておいたほうがいいだろうか。
それにしてもステータスを見ると耐性にはいろんな種類がありそうだ。
闇があるなら当然光や火や風もあるだろう。
ちなみにギルドの講習で習ったことだが、魔術の属性には火、水、風、土の4大元素という基本属性に加え雷、氷、木、光、闇という上位属性があるという。
さらに失われた魔術と言われている時空という属性もあるらしいが、使えるものが極端に少なくよくわかっていないらしい。
古代人が生み出した秘術とも言われ、魔法の鞄などで技術の一部が垣間見れる程度だという。
まぁその使い手なら、直ぐ傍に居るわけだが。




