第46話 侵入
転移魔法陣を潜った先へと辿り着き、俺は周囲の状況を確認した。
俺が立っているのは円形の部屋の丁度中心地。
半径50メートルはあるかという、かなり広い部屋だ。
天井はドーム状になっていて、その最上部には照明のようなものが設置されているのか、部屋全体を明るくてらしている。
床も壁も天井も、照明の部分以外は青緑色の石材で作られているようだった。
緑晶石
似ている……というか、ほぼ同じ作りだこの部屋は。
初心者の迷宮というのは、元々この地にあった古代人の遺跡らしい。
いつの時代のものかというのは研究者によって見解が違うためはっきりしないが、数千年前の物というのが定説とされている。
その遺跡のある一部分を、遺跡を管理する人間たちが長い年月を掛けて改造し、秘密の訓練施設であったり、避難場所であったりを作ったのが始まりとされている。
初心者の迷宮として魔物を放って新人冒険者の訓練施設として開放したのは、今の冒険者ギルドのマスターが始めたことのようだ。
ベイルを流れる水路も、遺跡の一部を利用したものだというのもギルドで聞いた話である。
転移直後に光っていた足元の魔法陣も、時間とともに光が弱まり何時しかその輝きは失われてしまった。
しかし、あるだろうなと予測していた転移魔術だが、案外早くにその存在を知ることが出来た。
だが普段の生活では転移魔術で移動すると言ったような話題は聞かないし、そのような施設があるとも聞いたことがない。
実際どうなのかは後で聞いてみるとしても、もしあったとしても一般人には利用できない様な場所なのかも。
だが冒険者ギルドが管理している迷宮で使われているくらいだし、俺が知らないだけでギルドでは普通に運用されているのかもしれないな。
ともあれ、ここで突っ立って考えても仕方ないので、俺は先へ進むことにする。
確か制限時間は6時間。
それまでにボスの部屋まで辿り着き、ボスを倒した場所に出現する魔法陣で脱出するのがクリアの条件だ。
ジン・カシマ 冒険者Lv4
人族 17歳 男性
スキルポイント 0/17
特性 魔眼
雷魔術 C級(雷撃 雷付与 麻痺)
火魔術 (灯火 筋力強化)
土魔術 F級(耐久強化)
闇魔術 (魔力吸収 隠蔽)
体術
剣術
鞭術
闘気
探知 D級(嗅覚 魔力)
魔力操作 (粘糸)
解体
スキルポイントの設定をして、自身に耐久強化を付与しておく。
ちなみにレベルの低い者に、高ランクの術を付与してもその効果はレベル相応の物に低下してしまうらしい。
F級で1以上、E級で10以上、D級で20以上、C級で30以上、B級で40以上、A級で50以上、S級で60以上が適正レベルなのだとか。
S級の耐久強化はレベル60以上の者に掛けて本来の効果を発揮するということで、レベル1の者に掛けてもS級であるはずの術もF級なみの効果しか発揮できないということだ。
部屋に1つだけある入口を潜って、その先に続く通路を進む。
扉のようなものは無く、壁にぽっかり穴が空いていて通路へと繋がっている。
通路はトンネルのような作りだが、かなり狭い。
俺は普通に通れるが、身長の高いものなら身を屈めて進まなければ行けないくらいの窮屈さだ。
しばらく通路を進むと、次の部屋へと辿り着く。
侵入口からそっと中を覗きこむと、そこから見える景色は最初の部屋と変わらないように見えた。
魔物の姿は見えない。
探知にも反応はない。
ギルドの話によれば、迷宮とは言っても迷路のようにはなっておらず、ほぼ1本道らしい。
部屋を幾つか通過して、魔物を倒しつつボス部屋を目指すとの事だったが、どうやら魔物が出ない部屋もあるらしい。
あまり慎重にならなくても平気かもしれない。
俺がそう思って、部屋に侵入すると――
ズリッ
という何かの擦れるような異音と共に、探知スキルに複数の魔力の反応を感じた。
天井の一部がスライドして、そこから魔物が侵入してきたのだ。
何だそれ、そういう仕様かよ。
心のなかで、溜め息を吐きつつ迎撃体制をとった。
ラウンドシールドを構え、右手には杖を槍のように構える。
俺が持つ最高の攻撃力は雷魔術の【雷撃】である。
それを使って迎え撃つ。
ウォールリザード 魔獣Lv1
でかいヤモリだ。
三角の頭に灰色の体色、潰れたような平たい体を持つ魔物だ。
尾も入れれば1メートルは超えそうなほどの巨体。
1匹の魔物は天井をスルスルと移動する。
重力というものを感じさせない滑らかな動きだ。
【雷撃】の射程距離は約5メートル。
もっと距離を伸ばそうと思えば出来ないことはないが、これを超えると威力や命中率が目に見えて低下してしまう。
実用性を考えての限界距離である。
天井は高いので、降りてこないと【雷撃】は届かない。しばらく様子を見るか。
そう思った矢先、天井に出現した窓(?)から、再び魔物が侵入してくる。それもゾロゾロと。
天井が魔物で埋め尽くされそうな勢いである。
というかコレ、襲ってこないなら無視して先行ってもいいのでは?
俺のそんな疑問を感じ取ったのかは定かではないが、続々と魔物が天井から落下してきた。
ビタンッ
ビタンッ
見ると天井から手を離した魔物は、猫の様に体を捻り回転させ、床に上手いこと四肢で着地しているのだ。
巨体が床に着地する音が部屋に幾つも響いた。
俺は侵入してきた通路まで引き返した。
通路は狭く、俺1人が通るのでやっとのものだ。
ここで魔物を迎え撃つ。
俺は盾を構え、杖に魔力を集中させた。
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俺の目の前には、もう動くことはない魔物の骸が山積みとなっている。
魔物の数は多いもののレベル1~2と個体で見れば大した脅威ではなかった。
通路で戦うことで1対1を維持できたのも大きいだろう。
まぁつまり【雷撃】の敵では無かったという話だ。
この迷宮では魔石を持つ魔物は出現しないらしい。
迷宮の魔素の濃さと、魔物の成熟具合による所らしいが詳しくはわからないそうだ。
となるとスキルの入手も期待できない。
ならば長居は無用である。
サクサク進むとするか。
その後も魔物は出てくるものの、最初のような大量発生とまでは行かなかった。
少ない時は2~3匹、多くて5~6匹ほど。
レベルも1~6くらいに留まっているようだ。
魔物は部屋にて出現し、部屋と部屋とは通路で結ばれる。
俺は既に10以上の部屋を突破していた。
そしてまた1つ部屋を通過して、通路を進んでいくと行き止まりとなった。
いやよく見ると植物の蔓か何かが、侵入口に縄暖簾のように垂れ下がっている。
それは向こうの様子が見えないほどに、密集していた。
今までとは違った雰囲気から、ここが最後の部屋かもしれないと思い、鞄の中からマナポーションF級を取り出し飲み干した。
多少の疲労はあるものの、体力か魔力のどちらかを回復させるとなれば、魔力を選択せざるを得ない。
魔法薬は1度に服用できるのは1つまでで、1度飲んだら2時間以上は間を置かなければいけないと言われている。
これは魔法薬の効果が強力であるために、体にかかる負担を考えてのことだ。そもそも無理に連続使用しても十分な効果を発揮できないそうだが。
俺は一息ついて呼吸を整えると、杖を縄暖簾に構えて【雷撃】を放った。
派手な音を立てて爆散する植物。
突入する入り口が完成した。
中へ侵入すると、部屋には誰も居ない。
探知にも反応は無かった。
しかし部屋の様相は、今までとはだいぶ様変わりしている。
床も壁も天井も、植物の蔓か根の様なもので覆い尽くされ、石材の部分が見えないほど積み重なっている。
一種異様な雰囲気である。
非常に歩きにくいその足元を確認しながら、部屋の中へと入っていく。
いつ何が出てきてもいいように、探知スキルは稼働し続けている。
ザワッ
【探知】には反応が無いものの、何かしらの違和感を感じる。
何か居るのは間違いないようだ。
周囲を見るが、次の部屋へと至る通路への入り口は見当たらない。
植物が壁を覆っていて、ほとんど見えないというのもあるが。
部屋の中央近くまでくると、突然探知スキルが反応する。
今までで一番強い反応だ。
ガラガラガラ……
侵入してきた通路への入り口に、石壁がシャッターの様に下りたのが見えた。
退路は絶たれたらしい。
ウッドマン 魔導人形Lv8
部屋の中心部、地面からしゅるしゅると何本かの蔓が伸びたかと思うと、それらは1つにより集まり、見る間に1体の異形の人形へと姿を変える。
「おー、懐かしいな」
俺の呟きとほぼ同時に、太い縄のような腕が風を切る音と共に横薙ぎに振るわれる。
慌てて身をかがめて、盾を屋根の様に構えてそれを回避する。
ジャリッという盾に硬いものが掠める音が聞こえた。
「アブねっ」
前に森で見かけた奴と比べると、一回りほど大きいように感じる。
ただ大きいだけでなく、力強そうな雰囲気だ。
何となく今までの魔物の強さを考えると、こいつがボスっぽい。
これがF級の卒業試験となると、なるほど確かに簡単ではなさそうだ。
床に張り巡らされた根が素早い移動を阻害し、魔物の攻撃は中、近距離をカバーできる。
逃げても閉ざされた部屋では、追い詰められるだけだ。
魔術師なら遠距離からの攻撃。
戦士なら攻撃を掻い潜って、接近戦というところか。
1人で戦わなければならないことを考えると、これで最低限魔物と戦える人材を森へ送り出すということなのだろう。
ただ薬品も魔導具の類も制限無しであるし、装備も自由であるため準備を怠らず、対魔物戦に慣れてくればそこまで難しくも無いのかもしれない。
まぁF級の冒険者が、どこまで装備を整えられるのかと言う話でもあるのだが。
俺は魔物の攻撃を掻い潜り、その懐に肉薄する。
攻撃の間隔はかなり長い。
足に自信のある奴なら1発躱せば、懐まで一気に飛び込めるだろう。
魔物が次の攻撃動作に移る前に【雷撃】が杖から迸る。
ウッドマンの左腕が、根本から吹き飛んだ。
グギギッ……
魔導人形という魔物に感情が在るかどうかは知らないが、一瞬その顔が歪んだように見えた。
「悪いけど、そんなに鈍かったらあたんねーわ」
空気を引き裂くような甲高い音が部屋に響き、杖の先端から幾つもの紫電が迸った。
後に残ったのは、もはや原型が何だったかさえわからない打ち砕かれた木材の塊だった。




