第45話 初心者の迷宮
俺達が家に戻ったのは、そろそろ日も暮れようかという時刻であった。
買い物の主な目的であったはずの薬草素材の買い付けはあっという間に終わったのに、ついでに立ち寄った古着屋と下着屋では長々と時間がかかったものだ。
いや、もちろん文句はない。
待つだけというのも疲れるな、とは思ったが彼女達の嬉しそうな顔を見られれば文句など、あるはずが無いのである。
特にシアンは、滅多に家から離れることが無いというので、いい気分転換になったのでは無いかと思っている。
あまり表情の見えない彼女だが、今日の買い物では何度かいい笑顔を見られた。
やはり女の子には、笑顔で居て欲しいものだなと思う。
「アルドラはまだ戻っていませんか?」
「ええ、ずっと地下へ行ったきりのようですね」
別に心配はしていない。
彼は生身の体では無いのだ。
俺はアルドラの位置を探るように、意識を集中させる。
アルドラに追加された特性、眷属は俺との繋がりを強化する特殊な特性らしい。
主となる者を含めた眷属同士で互いの位置や状況を把握することが出来るという能力があるようだ。
更に繋がりが強くなれば、意識を繋げた会話も可能になるらしい。
これらは今日の講習で知った情報だ。
「居ますね、だいぶ深いところに」
どうも彼は本格的な遺跡探索に乗り出したらしい。
いつ戻るかわからないアルドラは置いておいて、残った皆でミラさん手製の食事を頂くことにした。
「ジンさん、ありがとうございます」
「え?何ですか、俺何かしましたっけ?」
俺が首を傾げると、ミラさんはくすくすと笑って、
「2人の様子を見ればわかります。ジンさんに良くして頂いていることを。リザはすっかりジンさんに心酔しているようですし、今日はシアンも機嫌がいいようです」
シアンが自ら一緒に出かけたいと言い出すのも珍しいと、ミラは嬉しそうな様子だ。
2人は急に話を振られ、顔を赤くして狼狽える。
「ジンさん、2人のことよろしくお願いします」
ミラさんは先ほどの朗らかな笑顔とは打って変わって、真剣な眼差しを俺に向ける。
彼女の言う「よろしくお願いします」の真意は、イマイチわからないが……
仲良くしてあげて、という意味なんだろうな。
「もちろんです。俺の方からも、よろしくお願いします」
ミラさんはホッとしたように胸を撫で下ろす。
リザとシアンは、それぞれにその顔を更に赤くした。
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朝になり、いつもの様に日課を熟す。
井戸で偶然会ったタマとミケに挨拶して、リザと共に朝食を取りギルドへと向かう。
アルドラはというと夜半過ぎ頃に戻ってきた。
コトリ、という物音に気がつくと、枕元に幻魔石が転がっているのが見えたような気がした。
俺は直ぐ様、睡魔に体を預けて眠りについた為に、よくは覚えていない。
朝方になって幻魔石に魔力を注いでアルドラを顕現させた。
また地下へ行くようだ。
「更に地下へ続く階段を発見したんじゃ。行けるとこまでいってみるかの」
キッチンから適当に食材を持ち出すと、彼は地下へと姿を消した。
そうやって毎日ギルドへ通い、真面目に講習を受けて10日が過ぎた。
昨日で全過程の終了を認められ、後は卒業試験を経てE級へ昇級という流れである。
その間に修理に出していた影隠の外套と金の腕輪も受け取った。
影隠の外套+1 魔装具 D級
夜間限定隠蔽効果上昇
防御力上昇
金の腕輪 魔装具 D級
製作成功率上昇
魔術抵抗上昇
外套に新たな魔術効果が追加されているのは、黒狼の素材を修復素材に利用した結果だろう。
見た目には新品同然の仕上がりだ。
腕輪に追加された効果は付与術にて、添加したものだ。
付与された術の効果は、装備の質にも左右されるらしいので、D級ではどれほどの物かはわからないが、まぁないよりはマシであろう。
C級の装備ともなると、売っているのは見たこともないしな。
どうやって手に入れるのか、検討もつかない。
黒狼の額当て
黒狼の革鎧
黒狼の小手
黒狼の具足
注文していた装備も期日通りに仕上がったようだ。
魔装具ではないが森の王者である黒狼の素材を、惜しげも無く使った装備一式である。
動きを阻害せず、防御力は一定以上の質を確保しているそうだ。
また闇の魔術に対する抵抗力が高いとも言われており、森での夜戦で大いに役立ってくれそうである。
俺はギルドへ通う毎日の他に、地下で魔術の特訓もしていた。
森の境界は魔獣が彷徨いていることもあり、装備が整うまで自重していたというのもある。
街なかで魔術の訓練をするわけにも行かず、地下での訓練となったのだ。
俺が地下へ降りてくるのを悟ったのか、途中アルドラも訓練の様子を伺いに訪れたりもした。
そんなこんなで俺が訓練で編み出した新たな魔術が『麻痺』である。
雷魔術は加護(推定)のお陰なのか、魔石からでなくとも術を習得する、いや生み出すことが出来るらしい。
ただ出来るらしいとは言っても、何をどうすればいいのか、さっぱりわからない。
思いついて欲しいと思ったのは、相手を無力化する魔術である。
非殺傷魔術ということだ。
雷付与や雷撃で、相手が麻痺することはわかっている。
自分で食らったことはないが、俺の予想では筋肉が収縮して麻痺しているのだろうと思う。
では雷の威力を抑えつつ、麻痺させるような魔術は出来ないのだろうかと考え編み出したのだ。
もともと威力の強弱を制御することは可能であった為に、そこまで辿り着くのはそれほど難しくはなかった。
この魔術は相手の殺害が目的では無く、制圧が目的の場合きっと役に立ってくれるはずだ。
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装備を整え、鞄にはリザが用意してくれた魔法薬が大量にストックされている。
準備は整った。
アルドラは例のごとく地下へ行っている。
迷宮はF級の卒業試験ということもあって、俺1人で望む所存だからだ。
まぁ奴なら関係なく地下へ行っていただろうが。
昨日古代文字が書かれた壁面を発見したとか言ってたから、またそこへ向かったのだろうたぶん。
まぁそれはいい。
初心者の迷宮。
冒険者ギルドへ登録したF級冒険者たちは、40時間の実技と座学を受ける。
その課程を終了した者は、初心者の迷宮という市内に存在する迷宮への、挑戦権を得ることが出来るという。
そして迷宮へは1人で、挑戦するのが決まりとなっている。
これを突破したものが、E級へ昇級となるらしい。
冒険者たるもの、最低限の戦闘力を備えていなければ討伐はもちろん、採取も雑務も熟せないという判断から作られた施設のようだ。
元々あった遺跡を、魔術師たちが長い年月かけて改造した特殊な迷宮らしい。
通常の迷宮とは違った、人の手で管理された施設といった物のようだ。
自由都市ベイルの中心部より遠く離れた場所に、高い塀に囲まれ隔離された場所がある。
重厚な門に門番が1人。
門番にギルドカードを見せると「話は通っている、入れ」と門の脇にある勝手口の様な、小さな扉を案内される。
大人1人が潜って通るだけで、精一杯の小さな扉だ。
小さな扉を抜けると、石材で作られた1本道のトンネルの様な通路に入った。
石畳の床を歩き、突き当りにある扉を潜ると、とある部屋に到達する。
中には数名の職員の姿が確認できた。
受付カウンターの様なものがあり、職員が事務仕事をしている姿が見える。
雰囲気で言えば冒険者ギルドにも似ていた。
「お願いします」
俺は受付にギルドカードを提示する。
受付の職員はカードを受け取り、淡々と事務処理を済ませていく。
「説明は受けているか?」
「はい」
「ではこれを」
職員から手渡されたのは、細い金の腕輪だ。
俺の腕には少し大きいサイズだが、腕に通すとスッと自動でサイズ調整され、丁度良い大きさになった。
脱出の腕輪 魔装具 D級
迷宮突入後、一定時間を過ぎると装着者を強制退出させる魔装具。
魔術効果が発動すると、腕輪は破壊される。
自ら破壊することで、魔術効果を発動させることも可能。
迷宮参加者には無償で提供される。
「武器は必要か?」
「いいえ、自前がありますので」
武器の類を用意できない冒険者には、この場限りだが無償で貸出も行っているそうだ。
「そこの扉から入って、突き当りまで行けば入り口がある。後は中にいる担当者の指示に従ってくれ」
「わかりました」
カードを受け取ると、俺は指示された扉を潜り先へ進んだ。
扉の先の通路も、石造りの頑丈なトンネルと言ったような様相である。
少し歩くと、頑丈そうな扉が見えてくる。
その手前には2人組の男たちが茶を飲みながら談笑している姿が見えた。
彼らが担当者だろうか?
脇にテーブルが設置され、ランプの明かりと茶菓子が置かれているのも見えた。
利用者が来るまで、ここで茶を飲みながら待ってるのが仕事なんだろうか。
俺が近づくと男の1人が気づいて立ち上がった。
「参加者か?カードの提示を」
俺からギルドカードを受け取ると、小さな箱の様な魔導具に差し込む。
鑑定箱 魔導具 D級
この魔導具で、カードの情報を確認できるらしい。
男は情報を確認すると扉の鍵を開けて重い引き戸を、ズルズルと押し広げた。
「付いて来てくれ」
俺は男に追従して、奥へと進む。
途中、鉄格子の扉を開けて更に奥へ進んでいく。
「この先だ」
辿り着いた通路の突き当りの重厚な扉を、男は鍵を開けて中に入る。
それに俺も追従して入った。
何もない石造りの部屋だ。
窓も何もなく、ただ四角い石の部屋。
狭く冷たく無機質で、牢屋のような部屋である。
まぁ実際の牢屋は見たこと無いので、勝手なイメージではあるが。
担当の男が床に触れて、何かブツブツと呟くと、パアッと石畳の床から光が生まれる。
「これが転移魔法陣だ」
迷宮への入り口が姿を表した。




