第43話 探索
俺は自分の使用できる術がステータス上にて確認できる。
アルドラも同様に確認できたが、それ以外の人達に関してはスキルまでは見えるも、使える術までは見えないのだ。
アルドラに関して言えば、眷属の特性が関係しているのだろう。
相違点と言えば、それぐらいしか見当たらない……
「私の使える術は……」
リザは自分の使える術の全てを教えてくれた。
アルドラによれば、冒険者は元よりそうでなくても自分のスキルや使用可能な術を、他人に易々と教えるものではないという。
それもそうだろう。
ここは暴力が身近にある世界だ。
自分の切り札となるであろう、スキルや術を晒すことは普通しないというのは俺も理解できる話だ。
しかしリザは「他人とは思っていませんから」と笑って答えた。
風魔術:脚力強化 風球 浮遊 微風 風壁
水魔術:洗浄 浄水 濃霧
アルドラに言わせると、この若さでこれだけの術を使えるというのは、かなり優秀とのことだ。
魔術を覚えるには、魔術師に師事するか希少な魔導書で習得するしかないとされている。
リザは前者であった。
「それにしても、どういう場所なんだここは?」
リザが魔術で粗方破壊したお陰で、部屋の全容が見えてきた。
円形の部屋は直径100メートルほどもあり、そのほぼ全体に植物が繁茂していたようだ。
カダの根は今だに石畳の床を埋め尽くしている。
その上に打ち砕かれた木々が山と散乱していた。
「ベイル地下遺跡か。わしもこのような場所が在るとは知らなんだわ」
かなり地下に潜っていると思ったが、ここの空気は地上とそう変わらないように感じる。
少なくとも密室というわけでもないようだ。一見したところでは分からないが、何処かに換気口が在るのかもしれない。
「そういや勝手に入ってきて問題なかったのかな?後で問題になったりしないか?」
アルドラは顎に手をやり、少し考える素振りをする。
「まぁ問題ないじゃろう。都市の地下に隠された遺跡に無断で侵入することを禁ずる、といった法は聞いたことが無いからのう」
そう言ってアルドラは、カカカと笑う。
リザも同じ意見のようなので、2人が良いと言うのなら俺から何かいうこともない。
とりあえず俺達はそれぞれに、部屋の調査をしてみることにした。
魔力探知では、俺達以外に動く存在が近くに居ないことはわかっている。
「罠とかは無いのか?」
「そうじゃな、少なくともこの部屋には無いじゃろうな」
この雰囲気では、ここが行き止まりということも無さそうだ。
少なくともただの地下室には見えないし、核シェルターと言った物でもないだろう。
天井の照明が生きていることを考えても、この遺跡(?)の機能は死んでいないらしい。
よく見ると部屋の片隅に水溜りが出来ている。
見ただけでは分からないが、部屋の床が傾いているのかもしれない。
水溜りに近づくと、その水面が微かに揺れているのが見えた。
少なくともこの部屋には、風が入り込んでいる感じはしない。
換気はされているのだろうが、少々妙だ。
水溜りに近づき壁を調べていく。
水自体は特に異変は感じない。
水面の打ち撥ねる壁面を眺めていると、その一部に違和感を感じる。
よく注意してみると――
状態:幻影
隠された入り口を発見した。
「2人ともちょっと来てくれ」
隠された入り口は、壁に見えるが触れてみると手が透けて通り抜ける。
実際には壁が存在しないが、まるで存在しているように見えるのだ。
いわゆるSFなどで見かける、立体ホログラムのようだ。
「ふむ、ちょっと見てくるか。2人はここで待っておれ」
ここから先は明かりの心配も無さそうなので、アルドラ1人で様子を見てくるという。
危険があるならリザも居ることだし、無理に進むこともないだろう。
街の地下に密かに存在する遺跡というものに、心惹かれる物が無いといえば嘘になるが……
そっとアルドラの顔を見てみると、その顔には好奇心という文字が書いてあるようであった。
「水はけっこう冷たいな」
俺達は結局3人で隠された通路を進んでいる。
罠も無さそうだし、面白そうだからもうちょい調べてみるか。という結論に至ったのだ。
水溜りに入り隠された入り口を潜ると、その先は通路になっていた。
トンネルのように天井は丸い形をしていて、一定間隔で部屋にあったような照明のようなものが設置されている。
照明は光る石版と言ったようなものだ。
光明石 素材 D級
詳しい情報は得られないが、それ自体が光る特殊な石と言ったものなのだろうか。
2人も知らないもののようだ。それ以外の石材は、これまでと同じ緑晶石のようである。
通路は幅4、5メートルほど。
水が膝に届くほど溜まっていて、俺達は足元を濡らしながら掻き分けて進んだ。
探知で周囲を警戒しつつ、慎重に進む。
アルドラの経験から罠は無さそうということだが、絶対でも無いだろうし不測の事態に陥ることも考えて行動する。
通路はかなり長い。
しばらく気付かなかったが、通路は緩やかに下降しているようだ。
徐々にだが、水嵩が増えてきた。
更にしばらく進むが、一向に終わりは見えない。
水は冷たく、長時間浸かっていれば体力を消耗するだろう。
既に水嵩は腰に届きそうな位置にまで来ていた。
「此処から先はわしが見てこよう。お主らは先に家まで戻るが良い」
アルドラの提案に俺は同意した。
この先がどうなっているか気になるところだが、これ以上水に浸かっているのは体力的にもきつい。
俺はともかくリザは厳しいだろう。
これが依頼というならまだしも、単なる好奇心からの冒険である。
引き際も肝心だろう。無理をすれば怪我に繋がる。
リザは何でも無いように気丈に振舞っているが、唇の色が悪い。
たぶん体がかなり冷えていることだろう。俺はリザを連れて足早にきた道を引き返した。
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家へと戻った俺は、状況をミラさんに報告し、湯を沸かしてもらった。
俺はリザに先に湯を浴びて体を温めるようにと進め、自分は濡れた服を脱いで体を拭き、やっと一息着くことが出来た。
アルドラはいつ戻るかわからないので、先に皆で食事を取ることにした。
地下室への扉は開いたままに、皆で食事を済ませた。
しばらく皆でリビングに残っていたものの、それぞれに部屋で休むことになり、残ったのは俺1人となった。
「ずいぶん遅いな」
別れてから随分と時間が経った。
だいぶ先まで行ったのだろうか?
地下室の入り口を見ながらぼんやりと呟くと、虹色の魔力の粒子が地下室から溢れでた。
俺の手元まで来たそれは、いつもの通りに幻魔石へと姿を変えた。
見ればその内在魔力は、完全に失われているようだった。
「詳しい話は明日だな」
俺は地下室への入り口を元の状態に戻し、2階の与えられた自室へと上がっていった。
部屋に戻ると暗闇の中で、寝床の膨らみを見つける。
そっと近づくと、すうすうと寝息を立てるリザであった。
俺は彼女を起こさないように、寝床へ入る。
その動きに反応するように、もぞもぞと身を捩る。
「んっ……ごめんなさい」
「いや、いいよ。まだ片付いてなかった?」
「はい……すいません」
彼女は申し訳無さそうに答えた。
「正直に言うと?」
「……一緒に寝たかったです」
そう言って、リザは体を預けてくる。
その体がぶるりと震える。
「まだ寒い?」
今夜は少し冷えるようだ。
体を温めたとはいえ、桶に貯めた湯である。
全身を浸かるほどもないし、時間が立てば直ぐに冷めてしまう。
「少しだけ」
震えるリザの肩を抱き寄せる。
背に手を回し、冷えた体を温める。
「温かいです……」
疲れきったリザを腕の中で抱きしめながら、その日はいつの間にか眠りに着いていた。




