第42話 その先には
「ただいまー」
「お帰りなさい、ジンさん。今日は早いのですね?」
「ええ、それがですね……」
装備を注文し盾を買い、とりあえず今日の目的を果たしたので家に戻ってきた。
まぁ焦ってレベルを上げることもない、森へ狩りに行くのは装備が整ってからでもいいだろう。
それまでには魔獣の討伐も、誰かが終わらせてくれてると有難いのだが。
行くだけなら隠蔽で進むことも出来そうだが、魔物との戦闘中に割り込まれても困るしな、今の俺に倒せるかどうかはわからないし、危ない橋をあえて渡ることもないだろう。
「なるほど、そうでしたか」
「そうだ、お土産があるのですが」
市場で珍しい果実を手に入れた。
みんな喜んでくれるといいのだが。
「またすごい量ですね……」
ミラさんが若干呆れ気味に呟いた。
「買ったのは1つだけですよ?後はサービスで頂いたんです」
「今日の夕飯に幾つか出して、後は地下室に入れておきましょうか」
俺は地下室への扉を開けて、中へと入り備えられた棚に食材を収納していく。
中は明かりが無く、入口から入る光のみなのでかなり暗い。
俺には魔眼が、ミラさんたちには夜目があるためそれでも作業するには困ることは無いのだが。
「お帰りなさい、ジン様」
入り口の方から、明るいリザの声が響く。
「ただいまリザ」
手伝いますね。と明るい声で地下室に降りてくるリザ。
ちなみにアルドラは既に上でワインを開けている。
まだ少し早くないか?
手伝うほどの量もないが、手伝ってくれるというなら断る理由はない。
今日手に入れた食材を収納し、元々収納していた食材を今日使う物だけ取り出していく。
「……?」
そんな折にリザが壁の一点を見つめ固まっている。
「……どうした?」
「んー、この壁なにかおかしくありませんか?」
リザが見ているのは地下室へと下りた先の正面壁である。
部屋の中はかなり暗いため、見た目での細かな異変は見て取れない。
魔眼があったとしても昼間の太陽の下ほど見渡せる訳ではないのだ。
壁を見るも、特に変わった箇所は見つけられない。
状態:隠蔽
と思ったらあった。
かなり高度な【隠蔽】が掛かっているようだ。
魔眼でも注意して調べなければ見抜けなかった。
リザに言われなければ気づかなかっただろう。
「たしかに何かある。【隠蔽】が掛かってるようだ」
しかし、何かあるのはわかるが、それが何なのかはわからない。
魔力探知
スキルを使って探ってみる。
こういった使い方は初めてだが、何かわかれば御の字だ。
魔力の存在を感じるがそれまでだった。よくわからん。
うーん、何だろ。
何かあるのは間違いないんだろうけど。
「リザは何かわかる?」
「いえ、地下室へは数えるくらいにしか入ったことありませんので」
探知で探るも、よくわからないし、アルドラなら何か知ってるかな?
壁に触れ何か仕掛けが無いかと調べてみる。
触れてみても特に怪しいところは見られないが……
「お?」
一瞬、壁に光が走る。
中心から外側に光は波紋のように表面を走り、瞬く間に消えた。
浮かび上がったソレは何かの幾何学模様のようにも見えた。
「いま見えた?」
「え?」
リザには今の現象は見えなかったのか?
「リザ、この辺の壁触って見てくれないか?こう魔力を注ぎ込む感じで……」
多分だけど邪悪な感じはしないし大丈夫だろう。
リザは恐る恐る俺の触れていた箇所へと指を伸ばしペタペタと触る。
しばらくして――
ヴォンッ
微かな重低音が聞こえた。
今度は強くはっきりした光が壁に浮かび上がる。
幾何学模様……車輪のような図形にも見えるしが……
「魔法陣?」
そう言われれば、そう見える。
「リザ大丈夫か?」
「あ、はい大丈夫です」
魔法陣を浮かび上がらせる強い光が消失しその直後、正面の壁が左右に分かれて開かれていく。
音もなく静かにゆっくりと。
そして気づいた時には目の前には、高さ2メートル幅1メールほどの入り口が出現した。
ポッカリと口を開いた入り口は、まるで奈落の底へ繋がるかのように先は闇となっている。
魔眼も夜目も、完全な闇となると視界を確保することはできない。
月明かりとは言わずとも、星の光ほどは必要なのだ。
俺はそっと中を覗き込む。
どうも石造りの螺旋階段のようだ。
下へ下へと続いている。
使用されている石材は青緑色で地下室のそれと同じもののようだ。
緑晶石 素材 D級
石材の等級が高い。
特別な材料を使用しているのか。
「ジン様危険です。先に何が在るかわかりません」
リザが不安な顔で、ぎゅっと俺の服の裾を掴む。
「ほう、おもしろそうじゃな。わしが行ってみよう」
ワイン瓶を片手に、いつの間にか大人の姿になっているアルドラが地下室へ降りてきた。
買ったばかりの服に袖を通し、今はもう裸ではない。
アルドラは新しいおもちゃを見つけた子供のような、嬉々とした顔を覗かせる。
「危険はない?」
「わからん。たぶん大丈夫だとは思うが」
アルドラは大森林の遺跡の幾つかへ立ち入ったことがある。
罠のありそうな箇所と、そうでない箇所はある程度わかるという。
ただ絶対ではないということらしいが。
「あるとしても先の方じゃろう。まぁこの体なら何があっても問題無い」
まだ試してはいないのだが、アルドラがその体で死んだとしても石に戻るだけのようだ。
昨日は魔力を使いきって戻ったそうだが、死んだ場合も同じような形で戻るのだろうと予想している。
「アルドラでもこの闇では先が見えないだろう?俺も行こう」
俺はポイントを変更して【灯火】を使用した。
熱量を持たない火球が空中に出現する。
「ふむ。まぁ大丈夫か」
アルドラは少し考えた素振りを見せるが、問題無いと判断したのか振り返りもせずに螺旋階段の入り口へと侵入した。
「あっ、私も行きますっ」
リザが慌てて声を上げた。
「大丈夫か?」
俺は確認の為にアルドラに声を掛ける。
危険があるような場所には、連れて行きたくはないのだが。
「……まぁ、いいじゃろう」
冒険者としての経験も豊富で、直感もあるアルドラが大丈夫と判断するなら、俺が反対することもないだろう。
アルドラ、俺、リザの順に階段へ侵入することになった。
「待ってください!」
いざ行こうとする3人に階段の上から声が掛かる。
「夕食までには帰ってきて下さいねー」
ミラさんが笑顔で3人に呼びかけた。
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暗闇の螺旋階段を延々と降りていく。
俺に追従する灯火の光量が周囲を照らしているが、それも僅かなものだ。
畝るように続く道の先を、照らすことは出来ないのだから。
道幅は狭く、1人が通るので限界だろう。
石造りの階段の閉鎖感が、心身を圧迫する。
階段は急な作りで、足を踏み外せば底まで転がり落ちてしまいそうな恐怖もあった。
「リザ足元気をつけて」
「はい」
アルドラも気を使ってくれているのか、進みは非常にゆっくりしたものである。
それほど時間は立っていないはずだが、もう随分長いこと降ってきたような錯覚さえ覚える。
どれくらい時間が立ったかわからないが、俺達はいつしか螺旋階段の底へと辿り着いた。
「ふむ……」
それは畳3枚分ほどの狭い空間だった。
周囲は石壁に囲まれ行き止まりになっている。
光量となるものは俺の【灯火】だけだ。
しかし、さすがにここが終着点とは思えない。
「あったぞ」
魔力探知で閉ざされた扉をすぐに発見できた。
とはいっても階段から降りてきて正面にあっただけだが。
アルドラが壁に触れると魔法陣が浮かび上がり、同じように石壁は左右に分かれて入り口が姿を現した。
俺が触れても扉は開けられないようだが、アルドラとリザなら何故か開けられるようだ。
「あれ、中は明るいな?」
開かれた入り口から差し込む光が、暗闇だった螺旋階段を照らしだす。
中はかなり明るい。
【灯火】が必要ないほどだ。
「これはちょっと掃除がいるのう」
入り口から中に入ると、広い部屋に出た。
見上げるとドーム状の天井の最上部には光を放つ装置(?)が設置されていて、部屋全体を照らしてる。
部屋の中は植物で埋め尽くされていた。
直径5センチほどの幹の木のようだ。
床の石畳にはびっしりと根が張り巡らされ、そこから隙間なく木々が密集している。
木の高さは天井にも届きそうな勢いだ。
しかし枝は殆ど無く、葉も先端に僅かに在るだけで、垂直に立っている棒と言ったような不思議な形状の木だ。
カダ 素材 D級
「これはカダの木じゃな。森のような魔素の濃い場所で成長する植物じゃ、僅かな水と濃い魔素があれば育つと言われておる」
カダは油を多く含む植物で、森の入り口にも大量に生えている珍しくない植物のようだ。
樵などはコレを冬季の暖房燃料や調理用の燃料にするため、切り倒し持ち帰るらしい。
街なかでは見ることのない植物のようだ。
「ここは森の中なみの魔素があるということか?」
「そうかもしれん。形状も森の遺跡に似ておる」
この部屋の床も、壁も、天井も緑晶石で出来ているようだ。
大森林の遺跡群も石材で作られており、色合いもこの緑晶石に似ているらしい。
「しかし掃除とは言っても、簡単には行かなそうだな」
木が邪魔になって部屋の全容は見渡せないが、かなりの広さがありそうだ。
バキッ
アルドラが木の下部を蹴り抜くと、いとも簡単に砕け折れた。
「この木はかなり脆いんじゃ。折るのに大した力はいらん」
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部屋の空気を押し進む風球。それにより生まれる轟音が部屋に響いた。
リザの風球が手のひらより放たれる。
空気を圧縮した塊は木々を薙ぎ倒し、粉砕し、まき散らしながら部屋の中を突き進んでいった。
バキバキバキッ
木の乾いたような破砕音が部屋の中に響く。
放たれた無数の風球は、見る間に部屋を埋め尽くしていた異様な植物を破壊し尽くした。
「リザの攻撃用の術ってこれだけか?」
「はい。私は攻撃術の類は苦手でして……どちらかと言うと補助系のほうが得意です」
そうなのか。そう言う割には初めてあったときには、軽快に戦っていたような気もするのだが。
風球だけで戦っていたのだろうか?
「風球には大した攻撃力はありません。射程距離と発射速度が幾分優れている程度です。弱い魔物なら十分対処できますが、強い魔物や重い魔物には厳しいですね」
「あの時はデカイ魔物もいただろう?その時はどう対処したんだ?」
「私の攻撃力で対処出来ない相手には、魔導石を使いました」
魔導石は消費型の魔導具の1種だ。
魔石と幾つかの素材を原料に作られる、攻撃用の魔導具である。
様々な魔術と相応の魔力が封じられており、起動用の魔力を注ぐと一定の時間を置いて魔術が発動する機構になっている。
「便利そうだな。いくら位するものなんだ?」
「魔導具屋に行けば売っているかも知れませんが、入荷は不定期で値段も安定していませんので、私には相場もわかりません」
リザの持っていた魔導石は、知人に譲ってもらった物らしい。
話によると、どうも魔法の手榴弾といった感じだろうか。




