第40話 帰還
「お帰りなさいジンさん。お湯の準備ができていますから、汗を流してくださいね」
ミラさんに出迎えられ、進められるままに汗を流すことにした。
「ありがとうございます。いただきます」
「汚れ物は私に出してください。洗っておきますので」
リザなら水魔術【洗浄】が使えたりするのだが、今は仕事中で忙しいようだ。
「魔術で洗って乾かすのもいいのですが、手で洗ってお日様で乾かすのもいいものですよ」
確かにそうかもしれない。
魔術は便利でそれはそれでいいのだろうが、ミラさんの手洗いでお日様で干すというのを聞くとそれも気持ちが良さそうだ。
便利なことはいいことだが。
「すいません、お願いします」
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食事の準備が整うと、それに合わせてシアンが戻りリザも部屋から出てきた。
随分と疲れた様子だ。
「あ、お帰りなさいジン様」
「あぁ、ただいま。リザ大丈夫か?なんか疲れてる様子だけど……」
どうやら無茶をするかもしれない俺のために、ポーションの作製を急いでくれているらしい。
ええっと、何か俺のせいみたいですまんな……
「いいえ、大丈夫ですよ。明日にはいくつか出来るかと思いますので、それまで魔物狩りのほうは待ってて下さいね」
「え?あー、それがな」
すいません、もう行って来ました。
「もう。ジン様ぁ」
リザが信じられないとばかりに泣きついてくる。
「いや大丈夫だ、そんな危険なところには行ってないし、弱いヤツだったからな」
それにアルドラも居るのだし。
まぁ居なくなったんだけど。
そういえばアルドラってどうなったんだ?
「あっ」
リザが驚きの声を上げる。
見るといつ現れたのか、虹色に輝く魔力の粒子が窓から入りこみ俺の側で渦を巻いていた。
やがて収まると1つの形に収束し、幻魔石の姿へと変わる。
俺が手を伸ばすと、幻魔石はスッと俺の手の中へと収まった。
「魔力が切れて戻ってきたか」
手の中にある幻魔石は光を失っている。
俺は懐にあった魔石を幻魔石へ押し付けた。
ズズズズッ
魔石が幻魔石へと飲み込まれていく。
ゆっくりととだが、引っ掛かりも無くズブズブと入り込んでいく。
僅かだが魔力が戻ったようだ。
「それじゃ揃ったところで「「「「「いただきます」」」」」
俺はアルドラを顕現させ、皆とともに席についた。
アルドラは魔力で動く魔法生物(?)であるため、食事は必要ないはずだが呼ばないと煩そうなので呼び出した次第である。
あの後アルドラは体の調子を確かめるべく森を走り回り、適当に魔物を狩っていたらしい。
肉の体であった頃とは感覚に差異があるようで、本来の動きを取り戻すにはまだ時間が必要らしい。
「そういえばアルドラの得物は剣なんですよね?」
「もが」
アルドラは口に肉を頬張ったまま答えた。
「俺に剣の扱い方教えてくれませんか?」
「ほう?」
剣術スキルがあれば、ある程度は扱える。
だがある程度までだ。
間合いを知り、重さに慣れ、構えや足運び、それらの理屈を知ればその先まで行けるはず。
普通なら長い年月を掛けて到達する領域だろう。
俺に剣術の才があるとは思えないが、そこはスキル頼みだ。
スキルの後押しを得て、進めるとこまで進んでみたいと思う。
まずは握り方や振り方など、基本的な所を身につけたい。
「わしは人に物を教えるのは苦手じゃが、技を見せることはできる。盗めるものなら盗んでみい」
アルドラはにやりと答えた。
自分で見て覚えろと。
「ベイルでは魚ってあまり食べないんですか?」
市場では魚も僅かだが見かけた。
干物ばかりだったような気もするが。
今日の夕食も肉料理が中心である。
まぁ俺が大量に買い込んだせいでもあるのだろうが。
「そうですね近くに大きな川が流れているのでそこから川魚の類は入ってきますが、魔物も出ますので量は限られるようです」
ミラは肉より魚のほうが好きのようだが、新鮮な魚をベイルで手に入れるのは難しいそうだ。
また海へはかなりの距離があるため、やはり新鮮なものを入手するのは不可能に近く、せいぜいが塩漬け程度だという。
それから暫くの間、互いに酒を酌み交わし歓談な時を過ごした。
俺は部屋に戻ると、キッチンから拝借してきた調理用の油とボロ布で剣の手入れを行うことにした。
鞘やら剣を抜き、ボロ布で汚れを取る。
後は油で磨き上げるだけだ。
今後を考えると、砥ぎ石も買っておいたほうが良いかもしれない。
だがより良く保つなら、定期的に研ぎ屋へ持っていったほうがいいようだ。
素人が研いでも、そう上手くは行かないだろう。
コンコンッ
俺が作業に勤しんでいると、不意に扉をノックする音が聞こえる。
リザかな?
「どうぞ」
俺が声を掛けると、静かにゆっくりと扉が開かれる。
立っていたのはシアンだった。
寝間着なのだろう、薄手の白いワンピース姿だ。
水色の髪と白い肌のシアンによく似合っていて可愛らしい。
その手には数冊の本が握られている。
「どうした?」
入り口で立ち止まり、無言でこちらを見据えている。
しかし彼女は意を決したように口を開いた。
「……これ」
手に持つ本を、ぶっきらぼうに差し出してくる。
「あぁ、魔物図鑑か」
俺が興味を持っていると思って、持ってきてくれたのか。
「うん。貸してあげる」
「ありがとう。大事なものなんだろ?」
「うん。父様の形見だから」
そうか、たしか父親は冒険者だって言ってたよな。
魔物図鑑はしっかりとした厚手の背表紙に獣皮紙で作られた、豪華な作りの本だ。
話によると1巻から40巻以上のシリーズになっているらしい。
シアンが持っているのは3冊のようだ。
シアンは俺に本を渡すと、ぺこりとお辞儀をして足早に自分の部屋へと帰っていった。
コンコンコンッ
暫くすると再び扉のノックする音が聞こえた。
またシアンかな?
「どうぞ」
ガチャリと扉が開かれると、そこに立っていたのは枕を抱えたリザだった。
「ジン様……少しよろしいですか?」
彼女が着ているのは先日買った下着だ。
真珠色と言ったような風合いのビスチェとドロワーズに身を包み、腕に自分の枕を抱えている。
「それ、よく似あってるね」
冷静に考えると下着姿なのだが、いやらしい感じはしない。
ちょっと衣装っぽいし、可愛らしい感じだ。
肩紐はなく胸元辺りの露出は大きいため、セクシーといえばそれもそうなのだが。
似合っていると言われ気を良くしたのか、頬を赤く染めながらもリザは嬉しそうだ。
枕を後ろ手に回し、俺の前に立つ。
「いま私の部屋が寝る場所もないくらいの状況でして……」
リザの部屋は研究室兼、仮眠室といった様子だったからな。
ずいぶん部屋にこもって頑張っていたようだし、そういうことなんだろう。
それにしても、その格好で男の部屋に来るのはさすがにマズイと思うんだけど?
「いいよ。寝る場所ないならおいで」
俺は掛け毛布をめくり、リザを呼び寄せる。
ベッドはなく床に寝袋と毛布を重ねて敷いてあるだけだから、ちょっと固いかもしれないと言うと、リザは「問題無いです」と嬉しそうに微笑んだ。
それから寝るまでの間、リザとの会話を楽しんだ。
彼女の父親の話だったり、いま作業している薬の話など。
しばらくして、また明日も早いからと適当なところで切り上げて床についた。
ちなみにエロいことはしていない。
手を繋いで寝たくらいだ。
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朝になり、リザを起こさないように着替え外に出た。
井戸で顔を洗い、身支度を整える。
街なかを軽く走り、汗を流す。
家にもどる頃には、リザも起きてきて朝食を出してくれている。
俺は朝食を食べ終わると、自室で装備を整え冒険者ギルドへ向かう準備をする。
「じゃあ、いってくるよ」
「ジン様、無理はなさらないで下さいね」
リザが心配そうに見つめてくる。
俺はそっと近づき、彼女を抱き寄せた。
「え、あっ……ジン様?」
「大丈夫だ」
俺は落ち着いた声で、優しく言い聞かせる。
「あっ……はい」
「無茶はしないと約束するから」
「……わかりました」
俺は彼女を引き剥がし、冒険者ギルドへ向かって家を出た。




