第37話 講習
「まだ少し早いけど、出かける準備をしてギルドに向かうよ」
今日からギルドで講習やら実習を受けることになっている。
時刻を知らせる教会の鐘の音を聞けば、まだ時間的には早いとわかるが少しでも街に慣れるため散策しながら行こうと思う。
「そうですか、わかりました。私は今日は部屋で調合の下処理に掛かろうかと……」
リザは本当は俺と一緒にいきたいけど、薬を作る準備をするそうだ。
俺がポーションを作って欲しいと言ったのもあるし、貧民街の人達へ売る傷薬なども作らなくてはいけないようだ。
リザの薬を頼りにしている人は、少なからずいるようだ。
なお調合というのは、ゲームのように魔法のような不思議な力で材料さえ有れば一瞬で製品が完成するといったことではない。
素材を乾燥させたり、粉末にしたり、切り刻んだりと用途に応じた下処理を行い、1つ1つ手作業で作っていくものなのだ。
故に時間も手間もかかる。
これらの精密作業を後押ししてくれるのが、調合スキルだと言われている。
スキルが無くてもレシピを知っていれば薬は作れるが、やはり出来上がりに差が出来てしまう。
それが繊細な作業を要する魔法薬の類であれば、尚の事であろう。
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革のジャケットに綿のシャツ、革のズボン。
魔導具に疾風の革靴、力の指輪、冒険者の革鞄。
鞄の中には傷薬とリザの手元にあったライフポーションFを2つ貰った。
幻魔石の魔力はまだ貯まって無さそうなので、鞄に入れてある。
腰にショートソードを差し、手にカシラの杖を持って、後他に忘れ物はなかったかな。
「ジン様、無茶はしないでくださいね」
リザが心配そうに呟く。
「大丈夫だ。危険なことはしないし、アルドラもいるからな」
まだ鞄の中で寝てるけどな。
俺はリザの見送りを受け、冒険者ギルドへ向けて家を出た。
街なかの様子を伺いつつ、歩みを進める。
途中街の広場にて青空市場が開かれている場所に出くわしたので、見物しながら行くことにした。
「ここは近隣の村落から商品を持ち寄って、自由に露店を開ける場所なんだ」
愛想のいい露天商の男が教えてくれた。
近隣の村落に住むものは、入市税を支払わなくともベイルへの出入りが自由なのだとか。
小麦などを作っている農家などは税として支払う小麦、自分たちが消費する小麦、それらを差し引いた余剰分をパンに加工して持ち寄り販売していたりする。
もちろん大半は小麦としてそのまま組合に買い上げられるのだが、一部手元に残した小麦はそうしてベイルの市場へ流れていくらしい。
見れば見たことのない果物や、どことなく見覚えのある野菜、魚の干物などの加工品、他にも用途不明の様々なものが売られている。
僅かな場所代さえ支払えば商人ギルドに加入せずとも商売ができるとあって、ここへ品を持ち込む村人も少なくはない。
「昼ころには大半が引き上げちまうから、何か入用なら安くするぜ。どうだい旦那」
俺は情報の礼も兼ねて昼飯用にパンといくつかの果実を購入した。
このような青空市場はここだけではなく、他にもベイルの市内にいくつか在るらしい。
中には冒険者が多く集まる市場もあり、一般の行商では取り扱わないような特殊な品もあったりするらしいので、いづれ覗いてみたいと思う。
冒険者ギルドへやってくると、相変わらずの盛況ぶりであった。
帯剣した戦士風の男たちや、杖を持った魔術師風の女達が慌ただしく行き交っている。
「おはようございます。今日もすごい人ですね」
「おはようございますジンさん。この時期は毎日このような感じですよ」
朝から仕事に追われる受付のリンは、少し疲れた様子で答えた。
「F級の講習を受けに来たんですが、まだ時間大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。講習は1階奥の廊下を突き当たりにある会議室で行われますので、まだ時間に余裕はありますが中で待っていて貰っても構いません」
俺はリンに礼を言って会議室へ向かった。
会議室の中に入ると簡素なテーブルに椅子が並べられている。
既に何人かの受講者と思われる人達が椅子に腰掛け、始まる時間を待っている。
見れば15~17歳あたりの人族の男性のようだ。
やはり危険を伴う職業のため、女性の成り手は少ないのであろうか。
俺は空いている椅子に腰掛け、テーブルに突っ伏してその時を待った。
しばらく待っているとバンッと勢い良く扉が開き、おそらく講師であろう年配の男が会議室に入ってきた。
「受講者は揃っているかね?これより魔物生態の講習を始める。今回講師を担当することになったベニートだ、よろしく!」
男は入ってくるやいなや、捲し立てるように話し始める。
俺も、その他の者達も慌てて姿勢を正した。
そういや講習を受けるにしても、ノートもペンも持ってないな。
この世界にあるかどうかは、わからんが。確か羊皮紙を売る店があったから、それを買って置けばいいか。メモ取るにも必要になるだろうし。
この冒険者ギルドが実地している講習、実習の制度は今のギルドマスターから行われるようになった制度のようだ。
冒険者になろうという若者は年々増えていったが、知識も技術もないものが大半だった。
魔物がほとんどでないような地域から来た若者などは、ベイルへ来て初めて魔物を見たという者も少なくはない。
なんの予備知識も無く、ただ地元では職がないため、冒険者でうまくすれば稼げるらしいという噂を信じてベイルへやって来たものの、迂闊な行動から魔物の餌食になるという若者が後を立たなかった。
勝手に死ぬのは構わないが、才ある者もそのようなことで失ってしまうのは、やはり損失であろうとギルドマスターが今の制度を作ったらしい。
どうやらちゃんと仕事はしているようだ。
レベル高かったしな。
ギルド職員のレベルはギルドの職務を全うすると上がっていくらしいので、レベルの高いものはそれだけ貢献しているということなのだろう。
ベニート 技能指導官Lv32
講師の男を魔眼で見てみるが、職員ではないようだ。
技能指導官?これも初めて見る職業だな。たぶん特殊職なんだろうが。
講習は2時間ぶっ通しで行われた。
さすがに疲れたが、ベイル周辺および大森林で多く見られる魔物の生態についての講習であったため内容は非常に面白かった。
実に有意義な時間を過ごせたと思う。
「はぁ、やっと終わったか。寝ないように気をつけるのに精一杯で話ぜんぜん覚えてないぜ」
「冗談言うなよ?お前、最初から寝てただろ」
「2時間とか言ってたけど、ほんと長かったな。あの砂時計止まってるのかと思ったよ」
講習が終わり各人に受講完了の札が手渡されると、指導官は足早に会議室を後にした。
受講者たちも、それぞれに会議室を後にする。
考えてみれば、たしかに2時間休憩を挟まずに行うのは、厳しいかも知れない。
俺は楽しめたから良いが、普通に考えればそんなに長く集中力は持たないかと思う。
あとで職員にでも、休憩を挟んだほうが効率的ではないかと進言してみようか。
俺は受付で受講完了の札を渡した。
昼の休憩を挟んで、午後からすぐ近くの訓練場で剣術の実習らしい。
時間まですることもないので、食事を取りつつ依頼の掲示板でも覗こうか。
1階ギルドホールの壁面には幾つもの大きな掲示板が設置され、そこへ様々な依頼書が貼りだされている。
「字読めないから、見てもわからんかったな……」
この国の文字が読めないのは、やはり何かと不便である。
しかし字が読めないという人も多いため、それに配慮されていることも多々あるのだが、やはり読めないより読めたほうがいいのは当然だろう。
1から勉強しなければならないと思うと、少々億劫ではあるがやるしか無いか……
字が読めるようになるスキルとか有ればいいのだが、そう都合のいいスキルなんて無いだろう。
「ジンくん、依頼書が読めないの?手伝いましょうかっ?」
見覚えのある声に振り向くと、ギルドマスターがそこに居た。
ちっこい姿で。
「ゼストさん何してるんですか?」
俺は困惑の声を上げた。
「今はノーマだよっ」
ギルドマスターは力強く言い放った。
「ギルドマスター?」
「ノーマだよ」
ギルドマスターの声のトーンが一段下がる。
「……こんにちは、ノーマさん」
「こんにちはっ」
冒険者ギルドが提供する依頼には討伐、採取、護衛、雑務の4種類がある。
受付カウンターに近い場所に設置された掲示板は、雑務専用の掲示板だ。
F、E、Dと依頼書にランクはあるものの、ギルドに加入したばかりのFでもDまでの依頼を受けられるため、実質ギルド会員なら誰でも受けられる依頼ということになる。
内容は倉庫の荷物整理や水路のゴミ掃除、老朽化した家屋の解体作業の手伝い等、ほとんどが力仕事で街の日雇い労働者とそう変わらない仕事内容になっている。
ただ冒険者ギルドに信用が在るためか、仕事の依頼はそれなりの量がくる。
戦闘が苦手だったり危険な作業をしたくない者達は、朝早くにギルドを訪れ雑務を中心に自分の力量にあった依頼書を探すそうだ。
ちなみに雑務の依頼ランクにC以上はないそうだ。
雑務専用の掲示板の対面に、D、C、B、Aの4つの掲示板が設置されている。
学校の黒板のように大きな物で、1つの掲示板を2分割し左半分を討伐依頼書、右半分を採取依頼書が貼りだされているようだ。
FとEの掲示板がない理由は、Fの扱いがいわゆる研修期間のようなものだかららしい。
受けられる依頼はDまでだが、推奨しているのは同ランクの依頼までだ。
よほど自分に自信があれば別であるが、普通はあまり上の依頼を受けるということは少ないようだ。
もちろんそれは失敗のリスクがあるからだ。
Fに推奨される依頼は雑務のみで、これは知識と技術を深めてから昇格し、他の依頼も受けるようにして欲しいというギルドの意向のようである。
Eになると採取の依頼が追加されるようになる。
Eから受けられる採取依頼は、常時依頼の出されているものとなっている。
つまりいちいち依頼書を確認するのではなく、いつでもギルドでは一定の額で買い取るから、幾らでも持ってこいという話である。
「なるほど、だいたいわかった。ありがとうノーマさん」
「どういたしましてっ」
一度に受けられる依頼書は2つまでのようだ。
試しに任務達成までの制限期間の長いものを2つ選んで受けてみようと思う。




