第30話 買い物
「ちょっとリザ見てくれ」
買ったばかりのショートソードを、冒険者の鞄に差し入れる。
「なっ?すごくない?」
全長2メートル近い、バスタードソードも入れることが出来る。
ゲームなんかでよくある、マジックバックというやつだ。
「……はい、凄いと思います」
リザはにこやかに答えた。
あれ?俺の感動があんまり伝わってない。
2メートルの剣が入るバックなんてすごくね?
見た目は大きめのウエストポーチといった感じ。
もちろん長さが2メートルあるわけでもない。
「まぁ、この手の魔導具はそれほど珍しくはないからのう」
薬師が使う鞄にも、似たような物があるらしい。
ギルド会員じゃないと買えないらしいので、リザは持ってないそうだが。
通りを歩いていると、いろんな店があるとわかる。
中小規模の都市だと、行商や青空市場のような店舗を構えない商売が中心らしい。
しかしこのベイルの様な大都市ともなれば経済の規模も違ってくる。
客が多くいるこの街でなら、店舗を構えた店で売買するほうが効率がいいのだろう。
「あの店はなんだろう?」
「獣皮紙の専門店ですね」
「獣皮紙?羊皮紙じゃなくて?」
店の中を覗きこむと、様々な大きさに切りそろえられた紙束が整理され並べられている。
獣皮紙 雑貨 E級
「昔は羊の皮から作られていたそうですが、森の魔獣の皮からも作られるようになってからは獣皮紙と呼ばれるようになったそうです」
なるほど、羊の皮じゃなくても作れるのか。
確かに魔獣が多く住む森がすぐ近くにあり、それを狩る冒険者がいるこの街なら、素材は豊富に揃いそうだ。
「これは?」
隣の店を見ると、木の枝が束になって売られている。
「歯磨き枝ですね。この先を奥歯で齧ると、繊維がささくれだち歯を磨くのに便利なんです」
見た目はただの小枝のようだ。
それが1つ100本ほどの束で売られている。
歯磨き枝 雑貨 E級
「へー。これみんな使ってるの?」
「そうですね、使っている人は多いと思います。私も使っていますよ」
ささくれさせた枝に塩をまぶして磨くらしい。
「1つ買っていこうかな」
「20シリルですね」
「安いな」
更に続いて、近くの古着屋に入った。
街で服を買うとなると、貴族や大商人など裕福な者であれば、服飾店で採寸してからの受注生産が一般的である。
当然ながら時間も金も掛るため、都市の一般的な市民は古着を買うのが常であるらしい。
貴族や大商人であれば、男も女も見栄のためによく着飾り、一日に何度も着替え服も頻繁に作ることだろう。
そのために少し流行遅れの服や、気に入らなかったものなど、使用人に下げ渡すことも、しばしばあることだという。
「そうして古着屋に服が回ってくるということか」
見れば、揃えられた服の類はあまり一貫性がない。
地域や身分によっても違いは在るだろうし、流行などもあるだろうから、それも当然か。
ざっくり見てみると、
商人の服 衣類 E級
貴族の服 衣類 E級
奴隷の服 衣類 F級
うわー。なんかコスプレっぽいな。
正直あまり着ようとは思わないデザインだ。
奴隷の服はシンプルでまだマシだが、少し傷んでいるようだ。
それに名称がちょっと……
チュニック 衣類 E級
ブレー 衣類 E級
お、マシな奴を発見した。
チュニックは腰から膝の上あたりまである丈の上着でリ○クが着てる服に似ている。
ベルトで使って止めるようだ。
ブレーはゆったりしたズボンである。
これにしよう。
他にも着れそうな、まともな服を幾つか見つけたので適当に購入することにした。
「リザも何か買っていかないか?」
「いいのですか?」
「せっかく来たのだし、リザも好きな服があれば買っていくといい」
「ありがとうございます」
やはりどこの世界でも、女性は服を選ぶのが好きなのか、リザは嬉々として服を選びに行った。
俺はそれほどこだわりはないので、適当に見繕う。
中にはどこのサーカス団だよ?ってツッコミたくなるような、ピエロの様な派手な衣装もあったが、もちろんそれらは却下した。
「子供服もあるのか」
服のサイズはかなり幅があるようだが、見たところ子供服が置いてあるようには見えなかったため意外だった。
「それはミゼット族のサイズじゃろう」
話を聞くとミゼット族と言うのは、いわゆる小人族のようだ。
ホビ○トとか、ハーフリ○グだとか、グラスラ○ナーだとか言われるような者達によく似ている気がする。
小さくすばしっこく、1つのところに定住せず旅をする種族。
120センチ前後の身長で、エルフやドワーフに並ぶ妖精族の末席に連なる者達であるという。
「そんな種族もいるんだな。まだ見たこと無いが」
「吟遊詩人や旅芸人などをしながら街を巡る者もいるというし、いづれ見かけることもあるじゃろう」
まぁそれはともかく。
「アルドラも何時までもそんな格好ではマズイだろうし、何か買っていくか」
アルドラは露骨に嫌な顔をした。
「わしの肉体は魔力で構成されておる、いわば仮初めの物じゃ。別に必要ないじゃろう?」
「いや、服ぐらい着よう。せっかく合いそうなサイズもあるのだし」
どうも服着るのが面倒くさいみたいだ。
なんだろう裸を見せたいのかな?
子供の体の癖に、シックスパックだしな。
合いそうなサイズを適当に購入することにした。
悩んで選ぶほど種類もないので、適当だ。
俺とアルドラの買い物は速攻で終わった。
長いのはここからだったが。
リザのこれどう思います?
こっちとこっち、どっちがいいですか?
という問答が延々続くのである。
異世界でも女性の買い物は長いのだなと痛感した日であった。
その後、近くにあった下着店に入った。
この世界の下着はどんなものかと興味があったし、予備のパンツもないので、何か普通に使えそうなものがあれば買いたい。
興味があるとは言っても文化としてであって、他意はない。
女性物はドロワーズという、いわゆるかぼちゃパンツのようなものだ。
男性用は膝丈のショートパンツというか、ステテコみたいなものが多いようだ。
ドロワーズ 衣類 E級
調べてみれば女性物、男性物とあるが名称はどちらもドロワーズのようだ。
だがもちろんデザインは違うので、下着の総称といった感じなのだろうか?
まぁ金はたんまりある。
今の俺ならパンツならいくらでも買えるのである。
「余分にいくらか買っていくから、リザも気に入ったものがあったら買っていこう」
俺のはトランクスに似たデザインの物を選んだ。
何枚かまとめて買っていこう。
「いいのですか?」
「うん。ミラさんやシアンのぶんは、今度彼女達と来た時でいいかな」
「ありがとうございます」
リザは少し照れながらも、やはり買い物は嬉しそうだ。
アルドラはいらないと店を出てしまったので放っておくことにする。
商品を真剣な眼差しで吟味するリザを、店の端から俺は眺めながら待つ。
この店は下着を専門に扱う店のようだ。
男性用も女性用も同じ店で扱っている。
地球育ちの俺からすると少々違和感があるものの、ここではこれが普通なのだろう。
男性用の商品スペースは4分の1くらい。
やはり商品の種類、量は女性のほうが多いらしい。
店にいる客の様子を見れば、上品というか、金持ちというか、冒険者ギルドにいた連中とは違った雰囲気だ。
下着というのは高級品なのだろうか。
さすがに下着はどれも新品のようだが。
「気に入ったものはあったか?」
商品の1つを手に取り悩んでいる様子のリザに声をかける。
「あっ、はい。でもここは高級店ですので、ちょっと高いですね……」
安めのもので100シリル。
高めのもので300シリル。
どうだろう高いのだろうか。
古着のシャツやズボンなんかも似たような値段だった気がする。
むしろ安いのではないだろうか。
女性物の下着って高いイメージがあるんだが。
「値段は気にしなくていい。気に入ったものがあるなら買おう」
なんかレースとかいっぱい付いてて、かなり凝った作りだな。
これ1つ1つ手製で作られているんだろう。
工場の大量生産品には出来なさそうな、かなり緻密な何かの花のデザインのようだ。
生地も何か高級そうだな。
500シリル。
いや、安いよな。どう考えても。
これ手縫いなんだよな。
もしかして魔術で作られているのか?
試しに近くに居た女性店員に聞いてみると、男の俺が女性物の下着の説明を聞いてきたにも関わらず丁寧に教えてくれた。
「これは熟練の裁縫師たちによる全て手縫いの品となっております。王都の貴族階級の女性たちにも大変好評で、この値段で提供できるのは素材の安く入手できるベイルならではの価格です」
なるほど、ここで手に入る素材で、ここで作ってるから安いってことか。
王都に持っていけば、きっと高くなるんだろう。
輸送費とか人件費も掛るだろうしな。
「ちなみに素材って?」
「森に生息する魔獣の繭玉より得られる、玉光糸を使用しております」
魔物から得られる素材か。
まぁ冒険者の街らしくて納得かな。
それにしてもこの肌触り、絹にも似ていて良い感触だ。
「リザはこういうの、どうだ?」
「貴族女性の方などが、身に付けるような品ですよね?私には贅沢すぎる気が……」
値段を気にしているのか、何を気にしているのかわからないが、何かリザは尻込みしている様子だった。
「そうか。まぁ男の俺にはデザインなんてわからないけど、凝った作りで可愛いかなとも思ったんだが、気に入らないならしょうがないな」
俺が少し残念そうな顔を見せるとリザは慌てて――
「あっ、いえ。ジン様が選んでくれた品は私も可愛いと思ってました!」
本当に嫌なら別にいいのだが、遠慮だとしたらそれは無用だ。
俺が預かっている金は、俺が1人で稼いだものではないが、それでもこれくらいの買い物は問題ないだろう。
これからの生活を考えて、先行き不透明なこともあるし、無駄遣いは避けて貯金するべきという考えも頭を過ったが、よく考えれば必要なものしか買ってないし、無駄遣いでもない。
それにリザが喜んでくれるなら、その笑顔はプライスレスである。
俺は女性店員に「彼女の似合うものを見繕ってやってくれ値段は問わない」と頼み、他にも何点か揃えてもらった。
異世界にもそのような多種多様な女性用下着があるのかと一瞬驚いたが、街の雰囲気が中世風と言うだけで、魔術などのことを考えると文化水準は中々に高いのだ。ありえない話ではないだろう。
「そんなに!勿体無いです!」
リザは遠慮からか買うことを拒否しようとしたが、顔は嬉しそうだったので、俺は有無を言わせず購入することにした。
こんなに素材がいいのだ。
美しく着飾ってもらったほうが世のためだろう。
いや、誰かに見せようと言うのではない。
まぁ俺は見たいが。
そばにいる女性にいつまでも美しく居てほしいと願うのは、そんなにおかしいことでは無いだろう。
断じてエロい意味は無い。
下着類全て合わせて8000シリルほどになった。
「ありがとうございましたジン様。こんなに自由に買い物したの、生まれて初めてです」
リザはそう言うと、本当に嬉しそうな表情を見せてくれた。
思わす抱きしめたくなるほど、可愛いと思ってしまったがグッと堪え自重した。
リザの家自体は、かなり年季の入った建物のようだったが、それほど切迫した暮らしには見えなかった。
彼女自身も薬師ということは、いわゆる医者のようなものでは無いのだろうか?
俺が持つ医者のイメージであれば、それなりにゆとりのある生活が出来そうなものである。
もしかしたら家計のため、節制しているから自由に使える金は無いのかもしれない。
「そうですね。私は薬師ギルドに所属していないので、大金を動かすような商売はできないのです」
大きな通りで店を出している薬屋は、薬師ギルドのギルド員であるらしい。
薬師が店舗を持つ場合、薬師ギルドと商人ギルドの許可がいる。
商人ギルドの許可は金を払えば得られるが、薬師ギルドの許可はギルドに在籍し、ある程度経験と実績を積まなければならない。
「ギルドに入ってないと薬を売ってはいけないということ?」
「いえ売るのは自由です。ですがギルドに在籍していれば、それだけで信用になるということです」
ギルドに在籍しているまっとうな薬師なら、安心安全と客も信用して薬を買うわけか。
もし悪質な商売をすればギルドを除名になるだろうし、店を持つ薬師なら店の営業許可も取り下げられるのかもしれない。
ギルドに在籍していないモグリの薬師はその信用を得るのが大変なので、商売すること事態は違法ではないが、楽でもないと。
「それにあまり大々的に商売をするとギルドの方から嫌がらせなども来てしまいますので、細々と商売するしかないのです」
店舗を持つ薬師の大半は冒険者向けの商売をしているようだ。
主要な商品はポーションと呼ばれる魔法薬である。
ポーションに必要な材料の多くはギルドが買い占めているので、その販売価格や供給に関してほぼギルドが実権を握ってると言っても過言ではない。
「価格操作か、エグいな」
怪我を癒す魔術というのは、現在のところ光魔術の治療しか知られていない。
光魔術をもっとも有効に扱える職業である治療師は、希少と言うほど珍しい職業ではないが、その必要性ゆえに人気の職業で冒険者ならずとも各方面から求められている。
そのせいもあってか、わざわざ危険の伴う冒険者を志す治療師は数が少なく、尚の事ポーションの需要は高まるのである。
「薬師ギルドのポーションは中級以上の冒険者を意識して売られていますから、初級冒険者の若者たちが購入するのは厳しいでしょうね」
それでも安全な狩りを、保険のために、と考えればポーションは買わざる得ないアイテムとなるだろう。
実際使ってみた使い心地を考えれば、誰もがそう考えると思う。




