第2話 留まる者
幾度と無く雷魔術の発動にトライしてみるものの、発動する気配はなかった。
魔眼は見て使おうと思うだけで発動出来るため、雷魔術もそう難しいものではないような気もする。
もしかしたら、特性とスキルというのは別物なのかもしれないが。
「……うん、まぁ魔術の練習はまた後でゆっくりやるか」
俺は歩きながら、周囲に目をやり練習のため魔眼の使用を試みる。
木
草
落ち葉
土
うん。
知ってる。
俺は、すごいチート能力を手に入れたと思ったが、そんなこともなかったようだ。
生物はというとウズラ以来、見ていない。
それにしても、腹減ったな……
俺の視線は、ある巨木に止まった。
いままで見てきた木とは、種類が違うようだ。
枝を見れば、たわわに果実が実っている。
ヒワンの実 食材 E級
食材?
また初めて見る情報だった。E級というのは等級だろうか?
それはともかく、食材ということは食えるということだろう。
枝に付けたオレンジ色の実は、甘い香りを放っていた。
俺は木に登り、枝に手を伸ばす。近くになっていた実の1つを、もぎ取りかぶりついた。
瑞々しい果肉に、強い甘み、程よい酸味。
なにこれ、めっちゃ旨い。
小腹も空いていたので、丁度いい。
俺は更に果実を手に入れるために、枝に手を伸ばした。
枝は太く俺の体重を支えるだけの十分な強度があると推測したのだが……
甘かった。枝は緩やかにしなり傾くと、その重さに耐え切れず軋んだ音を奏で始める。
え?
体勢を維持しつつ振り返ると、俺が乗りかかった太い枝は、根本から折れる寸前であった。
もしかしたら枝が傷んでたのか?そう思いを巡らせた矢先。
あ、折れた。
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「うおぉぉぉ」
俺は果実の付いた枝を抱えながら、落下した。
落ちた場所は深い藪になっており、それが緩衝材になったようだ。
それ故、大きな怪我を負うこともなかった。
しかし藪の先は斜面になっており、俺はズルズルと滑り落ちていった。
濡れた地面、草、落ち葉。それらが斜度に加え余計に滑りやすくさせる。
「うおぉぉ、やばいっ、コレ止まらないぞッ」
途中、斜面に生える木々に掴まろうとするも上手く掴めず、結局ズルズルと滑り落ちた。
ずいぶんと下まで、滑り落ちた。
体中に落ち葉や、泥やらを浴びてしまったが、大きな傷みはない。
自分の体を探るも問題は無さそうだ。
俺は立ち上がり、体についた土を払う。
「いてて、大きな怪我をしなかったのはよかったけど、あちこち打ったし、けっこう擦りむいたな」
あまりの悲しさに、一人呟く。
大きな怪我はないが、体中が地味に痛い。
手に入れたと思った果実も、どこかに行ってしまったようだった。
「はぁ、どうしたもんかな。さすがにコレ登るのは無理だろ」
まだ1個しか食べていないのだ。
空腹が刺激されて、余計に腹が減った気がする。
ん~、と悩んでいると、気のせいかサラサラという水の流れる音が聞こえる気がした。
俺は試しにと、音の出処へと向かった。
藪を掻き分け木々を抜けると、明かりの差し込む開けた場所に辿り着いた。
ザーザーと三段の滝が大きな滝壺を作り、豊かな水が川の流れを作っている。
「おぉ」
俺は川に駆け寄り、中を覗き込む。
水は非常に澄んでいて、魚の泳ぐ姿も見えた。
手を差し込むと、身を切るほどに冷たい。
俺は手を洗い、そのまますくって水を口に含む。
旨い。
俺はお茶の入っていたペットボトルと水筒に水を入れ、川沿いを下ることにした。
「水のある場所に人は住むもんだろうから、このまま川を下れば人里に出会えるかもしれんな」
一縷の望みを胸に俺は、歩みを進めた。
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しばらく川沿いを進むと、木で出来た城壁が見えてきた。
丸太を切り出して垂直に立て並べた様な壁だ。
川の水は城壁の向こう側へと流れ込んでいる。
城壁ということは、外からの侵入者に対しての防衛策だろう。
これは魔獣への対策なのか、人間同士の戦争中なのかはまだわからない。
俺は城壁の外周を歩いてみるが、人影は全くなく気配を感じなかった。
砦であれば歩哨くらいはいそうなもんだが、聞こえるのは鳥の音ばかりで非常に静かだ。
ん?あれは、城門か?
幅3メートルくらいの、木製に金属で補強された、重厚そうな扉が見えた。
「……これは、なんだろ」
扉はかつては、この城壁内を堅牢に守っていたのだろうが、いまは無残な姿を晒している。
まるで扉に大型トラックが突っ込んできたかのような、物凄い衝撃が扉を破壊したようだ。
……これは、凄い嫌な感じだな。
「すいませーん、だれかいませんかー?」
しばらく返答を待つも、その声に答えるものは居なかった。
やや崩れてはいるものの、完全に破壊されたわけではない。
崩れた扉を無理やり押し広げ、俺は意を決して破壊された扉の隙間から城壁内に侵入した。
中に入ると広場になっていて、奥には木材で出来た簡素な家が立ち並んでいた。
「やはり誰も居ないか……」
俺は城壁内を探索することにした。
城壁内には畑があったり丸太が山積みされていたりと、人が生活していた痕跡があった。
ここは砦というよりは、森の中にある樵の村といったほうがしっくりくる。
中の様子を伺っても、戦争の準備中といったものは見られず日常的な生活の様子が垣間見れた。
住宅を見ても畑を見ても、しばらくの間放置されていたようだ。
簡素な木造の家屋は、家主を失ってしまったからか風化が始まっているのが見えた。
屋根が抜けていたり壁が無かったりしていて、まともな家は無かった。
どうやら人は住んでいないようだ。
城壁外から流れ込んでいる水は、段々作りの水路へ流れ込んでいる。
水路は石造りのしっかりしたものだ。
たぶんここで洗濯したり野菜を洗ったりしていたのかもしれない。
すぐ脇には壁から石の筒が突き出しており、絶え間なく水を噴き出している。
水路と分けてあることから、飲水用の上水のように思える。
村の中心は高台になっていて、その上にも建物がありそうなので俺は様子を見に向かった。
高台はまるで一枚の大岩のようである。
壁面に沿うように彫り作られた階段で登るようだ。
階段を登り切るとそこは木々が繁茂しており、その中に建物が立っている。
まるでヨーロッパの田舎町にある教会のようだと感じた。
屋根の一部が塔の様に突き出していて、最上部には教会のシンボルと思えるオブジェが見えた。
シンボルは初めて見るものであったが、まるで星の輝きのように見えた。
教会は石造りのしっかりしたもので、他の家と比べて原型を留めているようだ。
入り口には正面の大きな扉と、裏口の小さい扉がある。裏口には鍵が掛かっているようだ。
「ん……正面の扉は、やけに重いな。どっか歪んでるのか?」
重厚な観音開きの扉は、いくら押しても開かなかった。
俺は教会の中を調べるのを後回しにして、他を見て回ることにした。
教会のすぐ脇には、地面に丸太が突き刺してある場所がある。
1つや2つではなく何十本と突き刺してあり、丸太には何か文字が彫り込まれている。
その文字は俺が知るものではなく、読むことは出来なかった。
高台から眼下を見ると、ある一角から湯気が上がっているのが見える。
俺は高台をおおまかに見てまわった後、湯気の出ている場所へ向かった。
「おぉ、すげぇ」
思わず感嘆の声が漏れる。
木の壁で仕切られたその一角は、村の温泉施設のようだ。
おそらく脱衣所か何かだった小屋は、すでに完全に倒壊しているが、温泉は健在である。
露天風呂になっている温泉は、その一角から大量に湯が湧き出ている。
これなら掃除すればすぐに使えそうだ。
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「あぁ~、生き返るぅ~」
俺は露天風呂の掃除をそこそこに、試しに湯に浸かってみた。
体をあちこち打ったため少々痛むが、なんとなく怪我に効きそうな湯である。
ここの村人は何が原因でこの村を捨てたのかわからないが、少なくとも人が居るのは間違いない。
しばらくはここを拠点にして、今後どうするか検討しよう。
温泉の近くにテントを張り、水を汲んで湯を沸かした。
バーナーのガスも残り少ないので、明日は薪も集めないといけないな。
まぁ木は幾らでもあるので、困ることはないだろう。
俺はカップ麺を啜り、その日は早めに就寝した。




