第25話 新たな拠点
「さぁ、遠慮しないで食べて下さいね」
夕食はミラさんとシアンが作った、シチューにパンと温野菜にソースが掛かったようなもの、後はチーズにワインといった感じだ。
「すごいご馳走ですね。頂きます」
ミラさんに呼ばれ、1階に降りてくると、テーブルには既に食事の用意ができていた。
どれもいい匂いがして、食欲を湧かせる。
異世界の食事が、まともなものでよかったと心底思う瞬間であった。
何かで読んだのだが、中世など料理技術の発達していない調味料にも乏しい時代の食事は、まともに食べられればいいほうで、味など気にする余地は無かったという話だ。
そう言った話に特別詳しいわけではないが、料理の作法も手掴みで食うのは当たり前で、汚れた手は服で拭いたりテーブルクロスで拭いたりするというのを、どこかで読んだような気がする。
どうやらこの家では、スプーンもフォークもあるようだ。
まぁこのあたりの知識は地球の過去の歴史というものであって、それがそのままこの世界の常識に繋がるとも思えない。
リザが素手でシチュー食べてたら、流石に驚く。
スプーンがあってよかった。
街中で見かける獣人族の男なんかだと、手掴みで肉を食らうのも似合ってそうだし、やっててもおかしくないだろうけど。
俺は手を合わせ「いただきます」と静かに言うと、みんなの視線が俺に集まった。
何かマズイことでもやってしまったのだろうか?
「今のは何ですか?」
ミラさんが小首を傾げ、不思議そうな表情を向けてくる。
「いただきます、って言うのは俺の故郷の食事の際にする挨拶です」
食材である生き物の植物や動物の命を貰って調理し、それを食べる人間が自分の命を維持し生きることが出来るという感謝を示す言葉と説明した。
俺もどこかで聞いたうろ覚えの知識なので、それがあっているのかどうかはわからないのだが。
「なるほど、それはいい風習ですね。私達も一緒にやらせてもらってもいいですか?」
「もちろん、いいですよ」
そういうと、皆俺を真似して手を合わせ――
「「「「いただきます」」」」
テーブルの中央には大皿に盛られた料理が並び、必要な分だけ自分の皿に取り分けるというスタイルらしい。
シチューは鍋のままテーブルに置かれ、そこからシチュー皿へ取り分けられる。
「ジン様どうぞ」
「ありがとう」
リザがよそってくれたシチューを口に運ぶ。
ビーフシチューに似てるが、ビーフではない様だ。何の肉だろう。
「これはレアの肉です。お口に合いませんか?」
ふと疑問に思った考えが顔に出てしまったらしい。
ミラさんが少し曇った顔を見せる。
「いえ、すごく美味しいです。幾らでも食べれそうですよ」
俺がそう笑顔で答えると「それはよかった」とミラさんもにこやかな表情を見せる。
レアと言うのは、ベイルの南方に多数生息する鳥の魔獣らしい。
討伐されたレアの肉や卵がベイルの市場に大量に出回るため、安価で手に入る食材のようだ。
肉はとろけるほど、とまでは行かないが十分に柔らかく、一緒に入っていたであろう野菜類は既に原型はなく溶けてスープと一体となっている。
ミラやシアンを見ると、パンをちぎってシチューに浸けて食べているので俺も真似してやってみる。
最高です。
スープに融けだしたエキスがパンに染みこんで、最高に合う。
家ではコンビニ弁当が食事の中心だったからな……
こんな豪勢な食事なんて、相当久しぶりだ。
俺がもりもり食べていると、不意にミラと目が合う。
「気に入ってもらえたようで何よりです」
ミラさんの嬉しそうな表情に、一瞬ドキリとさせられる。
リザもしっかりしていて大人だなと思うのだが、ミラさんには大人の女性の余裕というか色香の様なものを感じる。
ちょっと気だるい疲れた感じというか、ゆったりとした雰囲気がそう感じるのかもしれない。
ふとした表情に色気があるのだ。
なんといっても3人共、文句の付けようのない美女揃いなのだ。
「お母様、今日はずいぶん張り切りましたね」
「え?そうかしら?」
「えぇ、いつもより品数多いですし、量も多いですし、ワインもすごく上等なもの出しましたね」
ちょっとリザの目が怖い。
機嫌が悪いのだろうか?
「男の子だし、たくさん食べるかなーと思って。ジンさんがどういうのが好みか聞いてなかったけど、気に入って貰えたようでよかったわ」
ミラさんがにこやかに答える。
「えぇ。すごく美味しいです」
「どんどん食べてね、まだおかわりあるから」
なぜかイライラしているリザをそっとして、俺は料理を平らげていくのであった。
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「ごちそうさまでした」
食事を終えた俺達は、ミラさんの用意したワインを頂いている。
シアンはアルコールは苦手らしく自室へ引き上げてしまった。
シアンと直接の会話はまだない。
打ち解けるにはまだしばらく掛かりそうだ。
この国には飲酒について、年齢制限のようなものは無いらしい。
あまり小さな子どもには飲ませないようにするのが一般的らしいが、飲料水より酒類のほうが値段も安く入手もしやすいためよく飲まれるそうだ。
しかしベイルでは飲用に出来るほどの清浄な水を得られる井戸が、街中に設置されているためその限りではないようだが。
「ジンさん、この国のワインは口に合いますか?」
頬を仄かに赤く染めたミラさんが、少し体を傾けて訪ねてくる。
彼女は露出の少ない衣類で身を包んでいるが、僅かに肩口から見える白い肌が艶っぽい。
見た目で言えば20代後半くらいだろうか。
エルフらしく耳が横に尖って長い。
地球の人種に無理やり当てはめれば北欧系といったところか、色白で色素の薄い髪だ。
ただ地球のそれとはまた違った顔立ちと感じる。
「えぇ、こんなに旨いワイン初めて飲みました」
ワインについて詳しくはないが、俺が飲んだことがあるのはコンビニに売ってるような、テーブルワインくらいなのだ。
正直味についてどうこう言えるほどの知識はない、だがコンビニワインよりは旨いと思う。
おそらく添加物などが入っていないから、じゃないだろうか?
濃厚というか、ずっしりとした重い感じでステーキとかと一緒に頂くと美味そうだ。
既にミラさんには、俺が異世界から漂流してきた者だということは伝えてある。
ここで暮らさせてもらう以上、話しておいたほうが都合がいいかと思ったのだ。
まぁ俺が秘密にしなければ、という事に気を使うのが面倒という理由もある。
いろいろ気を使わずに、話せる相手が欲しいということだ。
ちなみに元の年齢については、リザを含め彼女達に特に語ってはいない。
いまの俺は17歳なのだ。
若返ったつもりで、というか実際若返ってしまったのだが、この世界で人生を楽しむのも悪くない。
「明日は冒険者ギルドへ行かれるのですか?」
「そうですね、とりあえず登録を。それで身分証明にもなるらしいので、はやくしたほうがいいかなと」
それにアルドラさんの所で手に入れた魔石が、大量にあるのでそれらを売り払いたい。
村の事も報告したほうがいいだろう。
あと外套も修理できるならしたい。
穴あいちゃったしな。
「明日は私も付き合います。ジン様もここで生活するために必要なものを揃えたいでしょうし、街を案内しますね」
俺はワインを飲みながら、アルドラさんの話やリザの子供の頃の話など、興味深い話に聞き入っていた。
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ふあぁぁぁぁぁ……
昨日は話が盛り上がって、つい長く飲み過ぎてしまった。
色々な話が聞けて、ワインもチーズも美味かった。
いつ寝たのか定かではないが、いつの間にか俺はベッドに入っていたようだ。
ってここはどこだ?
俺は周囲を見渡し、カーテンの隙間から溢れる光でその光景を確認する。
昨日訪れたリザの部屋だ。
「……んっ」
背後から聞こえる甘い吐息。
体を動かさないように、そっと背後を見ると横向きにリザが俺と体を重ねるようにして眠っている。
「ちょ!?」
スルリとリザの細い腕が伸び、俺の腰回りにその手が差し込まれた。
キュウと抱きつかれる。
リザの柔らかい体が密着する。
その豊かな胸が俺の背中に押し当てられ、潰されている。
「……」
どうすんだコレ?
俺はスヤスヤと眠る彼女を起こすのも忍びないと、体を微動だにせずこの攻めに堪えた。
彼女の花のような甘く爽やかな香りが、俺の邪な心を目覚めさせようとするが、俺は微動だにせずにこれに堪えた。
耐え切った。
「おはようございます、ジン様」
「……あぁ、おはよう」
既に日は上ったようだ。
外は明るい。
この辺り、この時期は5時くらいが日の出になるらしい。
農村に住む住人などは、既に仕事を始めている時間のようだ。
時計はあるらしいが、非常に高価なため一部の金持ちなどにしか持つものは居ないというのを聞いた。
この街でもそれは同じで、やはり時計塔からの鐘の音が市民に時刻を知らせる唯一の手段になっているようだ。
1階に降りてくると、誰もいない。
ミラさんはまだ寝ているようだ。
「お母様は朝弱いので」
昨日のパンが残っていたので、それをいただく。
冒険者ギルドはその性質上24時間営業らしいが、主要な業務は日の出からとなっているようだ。
書類の申請だとか、素材の売買、依頼の受注といったものだ。
朝早いと依頼を受けに来る冒険者たちで混雑するらしいので、少し時間をずらして行くことにした。
俺達は身支度を整え、シアンに出かける旨を伝えてから家を出た。
まずは冒険者ギルドだ。




