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異世界×サバイバー  作者: 佐藤清十郎
第3章 氷壁の封印と生贄の姫巫女
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第258話 神刀解放

クオンside

 レヴィア諸島に住む海人族の多くは、漁獲を生業として生計を立てている。食料の大部分は漁で得た魚。


 漁で使う船は島の木材を使い親から子へと作り方を受け継いできた。銛や網も同様である。彼らの朝は早く、夜明け前には全ての準備が完了し日の出と共に仕事が始まる。日が沈み長い一日が終わると早々に眠りにつく。それが今も昔も変わることの無いレヴィア諸島の日常であった。


 彼ら海人族は、森人族や獣人族に備わるような暗闇を見通す視界を持たない。それ故に危険を伴う夜の漁を好まない。灯火に必要な油も彼らにとっては貴重品。夜は日が落ちればすぐに寝床に入るというのも仕方の無いことだ。それは帝国の文化が色濃く反映されたミスラ島でもあまり変わりはなかった。

 

「静かでござるなぁ……」


 クオンは周囲の様子を窺いながら呟いた。日が落ちてから随分と時間が経った。この時間に島の者が起きているのは稀である。どこの家も静まりかえり、物音一つ聞こえない。


『一人で夜の散歩つーことは、何か当たりがついたのか? まさか例の嬢ちゃんと逢い引きって訳じゃねーよなー?』


 クオンの精神に直接語りかける声。同時に腰帯に差した刀が訴えるようにガタガタと震える。


「何を馬鹿なことを……まぁ、当たりという訳ではござらんが、今夜は何か拙者が求める出会いがあるような気がしたのは確かでござる」


 クオンは手慣れた様子で、隣人と会話するかのように言葉を繋げた。


『ついこないだも同じようなこと言ってたじゃねぇか。この島で捜し物が見つかる気がするってな』


「精霊の癖に細かいことを……こういったときの拙者の感が間違いないのは貴様も知っておるであろう」


『こういったときって、どういったときだよ。まぁ、坊やの適当な感が当てにならねーのは知ってるけどな』


 ミューズと呼ばれる地区は帝国から来た人族が大勢暮らし、時間を問わず店を開ける酒場もあるので夜も昼のように賑やかだ。変わってこのあたりは昔から島で暮らしてきた古い世代の海人族が暮らす地区。日が落ちて間もなくすれば通りからは人の気配は消え去り、生命がまるで存在していないかのように辺りは静寂に包まれる。


 通りを進むクオンの足が止まる。視線の先には、壁に寄りかかり腰を下ろす海人族の老人の姿。ここがミューズであるならば街路で眠りこける酔っ払いも珍しくはないので、誰も気には止めないところなのだが――


「ふーむ、死体でござるか」


『くくく。早速坊やの言う出会いとやらがあったようだな』


「…………」


 虫の知らせとでも言うのだろうか。状況に違和感を覚えたクオンは、竜眼を使い丹念に調べることにした。竜人族に備わる特性の一つ竜眼。生命力を見破る性質を持ち、使えば対象となる生物の状態を探るのを容易とする。


 確認してみたが、老人は間違いなく死んでいる。生命力は全く存在せず、肉体の活動は完全に停止。だが目立った外傷は無く、争った形跡も無い。どうやら揉めごとの類いでは無いようだ。となると病死なのだろうか。


『喧嘩なわけねーよなぁ。物取りでもなさそうだ。ははーん、こいつはぁ――』


 ミスラ島は比較的に治安の良い場所だ。帝国の冒険者が酒に酔って暴れる程度のことはあるが、死人がでるような揉めごとはそうそう無い。


 帝国の人間にも何かしらの思惑はあるのだろう。現時点では島で大事を起こそうという気は無いようだ。どちらにせよ帝国の首都に比べれば非常に治安が良いと言わざるを得ない。


 クオンが島を訪れて以来、通りに死体が転がっている光景など目にしたことは無かった。あれば否が応でも目につくし、間違いなく騒ぎになるだろう。だとすれば人目の引いた時間、この死体が作られたのは日が落ちてからかもしれない。  


 病気か事故か。もしくは――


『古い系統の魔術だなぁ』


「ほう、わかるか?」


『ああ、まぁな。何にせよ相当な手練れだ。死体から漂う魔力の残滓。独特な魔術を行使した形跡がある』

 

「さて、問題は目的は何かと言うところだが」


『それは本人に聞くのが早いんじゃないか?』


 神刀に導かれ歩みを進める。クオンの足でおよそ半刻。集落の中心から離れると視界に入る家屋も稀となり、周囲には手つかずの自然がそのまま残る島の姿があった。


 歩みを進めるにつれ肌に刺さる冷気が強くなる。北の海に浮かぶレヴィア諸島は、夏の今時期でも夜は涼しく過ごしやすい。とはいえ、今夜の気温は涼しいという次元をとうに超えていると感じた。


 砂利道を進むクオンの足が止まる。腰帯から鞘付きのままに刀を引き抜き、勢いのままに背に回した。死角から襲いかかる凶刃を振り返ること無く受け止める。迷いの無い殺意を乗せた一撃。受け流すこと無く衝撃をまともに受け止めたので、その威力は受け止めた刀を超えてクオンの身体に重く伝わった。


「不意打ちとは卑怯でござろう」


 素早く距離を取りつつ、相手を視認する。大柄な体躯を包む甲冑、それぞれの手に円盾と長柄武器ハルバートで武装した戦士。


 長柄武器とという武装は、文字通りの長い柄に、斧、槍、鎚を組み合わせたような変則武器で、様々な状況に対応できる万能性がある一方、扱いが非常に難しく、熟練の域に達するには他の武器よりも多くの鍛錬を必要とする習得難易度の高い武器だ。


『足音もさせずに接近とはやるねぇ。隠密くらいはあるだろうが、隠蔽とは違うかな。油断するなよ坊や』


「わかっている」


 長柄武器に詳しくないクオンが視界の端で見ても、業物と呼べるに近い良い品だと予測できた。それを片手で難なく操る様は、相手がただ者では無いことを示している。


 人族や獣人族など他の部族と比べれば、竜人族という種族は体躯に恵まれた者が多い。全身を包む柔軟かつ強靱な筋肉。竜鱗と呼ばれる攻防に優れた種族特性。自分は小柄な方だが、知り合いには上背のある者も少なくない。


 それらの身体的特徴は単純な強さに直結する。無論、強さというのは言葉で表せるほど簡単では無いのだが、多くの種族は竜人族の戦闘力に一目置いているのは間違いない。そんな竜人族のクオンからしても油断ならない相手、目の前の正体不明の戦士はそういった類いの者だった。


『※※※※、※※※』(嗅ぎつけられたか。しかし、まぁ丁度良い。子供お使い程度では体が鈍って仕方の無い所だったからな)


 距離を取りながら相手の出方を窺っていると、戦士はクオンの理解できない短い言葉で応え、得物を構え直した。


「……なに?」


 クオンの耳に届いたそれは、彼が今まで聞いたことの無い音であった。連なる音は言葉には違いないのだろうがクオンには理解できない言葉だったのだ。それが意味することは一つしか無い。


 風精霊の加護によって世界中の人々が意思疎通を容易とするようになって数百年、今の世界の人々というのは言葉は通じて当たり前の世の中なのだ。


 それが通じない相手というのは、世界の常識として魔物に分類される。文明を築けるほどの知性はないが、道具を操る程度の知性を有する群れを作る人型の魔物。妖魔と呼ばれる存在である。

 

『我を解放しろクオン。既に囲まれてるぞ』


 頭に響く相棒の声はいつもの冷静さを失われてはいなかったが、長年の付き合いから思った以上に猶予の無い状態なのだと理解できた。


「やれやれ、拙者は争いごとは好まぬ性分なのだがなぁ」


 相棒との会話を遮るように相対する戦士が長柄武器を振りかぶり襲いかかる。重量を先端に有した武器ともあって遠心力を乗せた一撃は侮れない。長柄武器という、威力と間合いを生かした攻撃。


 まともに受ければ無傷ではいられない。受け流すのも容易ではない。クオンは油断すること無く回避に専念することにした。


 振り下ろされた一撃が大地を抉る。同時に周囲が氷結していく。武器に付与された魔術効果だ。足下を崩され回避が遅れる。咄嗟の判断で行使したクオンの火魔術が氷結を打ち消した。クオン自体魔術は不得意なのだが、この程度のことであれば何とかなる。


 クオンは一瞬の判断で相手の間合いに飛び込んだ。柄を滑らせ鞘に収まった神刀を相手の喉に突き入れる。隙無く防具で固めているので致命傷にはならないが、嫌がらせくらいにはなるだろう。


『※※※※ッ!!』(良いッ、実に良い!!)


 兜の奥から聞こえた叫び声は、攻撃を受けた事による怒りというよりも、まるで子供が興奮からはしゃいでいるような笑い声に聞こえた。


「仕方あるまい」


『おお、大盤振る舞いだな。良いのか?』

 

「竜剣士となった以上、長生きするつもりは毛頭無い」


 クオンが神刀を構えると、刀は歓喜に震え叫んだ。クオンから立ち上る黄金のオーラが、まるで掃除機のように神刀へと吸い込まれていく。


『くははハはッ、いいぞッ!! いい!! 堪らンッ!! やはり、やはりだ、この快楽、何事にも変えられん――』


「……御託は良い。さっさと仕事をしろ。神刀梵天ブラフマー、解放せよ――」



 堅く封じられていた鞘が、まるで霞のように溶けて消えた。 


 現れたのは黄金のように光り輝く刀身。魔力が満ちると黄金の刀身は鮮やかな緋色に変化する。


 危険を感じ取ったのだろう。戦士は一瞬迷った後、間合いを計り上段からの攻撃に転じた。迷ったとは言っても、一秒にも満たない時間。それでも未知の存在に判断が鈍ったのは事実だ。


 上段からの長柄武器を抜き身の神刀で受け止める。しかし、これを受け止めることはできなかった。放たれた長柄武器は刃と接した瞬間、生クリームのように溶けて分断されたのだ。


 即座に放たれたクオンの連撃。円盾を構えるも何事も無いかのように相手を切り裂いた。金属の甲冑も紙と同様の防御力に成り下がってしまったかのようだ。


『ふふん。霊銀合金か。ずいぶんと良い装備だな』


 神刀は切り裂いた感触から相手の装備を判断した。霊銀ミスリルの加工には高度な技術が必要だと言われている。十全に扱えるのは鉱山族ドワーフだけだと唱える者も少なくは無い。長年旅をして世情に詳しいクオンからしても、妖魔が霊銀の装備を身に付けているといった話など、酒場の与太話でも聞いたことはなかった。


『※※※※、※※※』(まさか、神器所有者だとはな。このような場所で強者と出会えるのは嬉しい誤算……ふふふ、これを楽しまないなど無理な話だ)


 戦士が何かを叫び、残骸となった得物を捨て、腰の副武器に持ち替えた。


 相手の防具までも難なく切り裂いた刃。決して傷は浅くは無いはず。とはいえ、その行動を止めるには至らなかった。


 周囲の気温が急速に低下していく。戦士の体に霜が降り、取り囲むようにして生まれる氷の牙。


 それは戦士が死を覚悟して戦うため用意した闘技場。


 しかし、それにクオンが付き合う道理は無い。互いに名乗り、誇りを掛けた剣士の勝負であれば、交わる刃も違っていたことだろう。だが、クオンはこの場に於いてそのような気高き精神は存在していないと判断した。あるのは、人様の土地に無断で侵入し、こそこそと良からぬ企みを抱え、罪も無き住民に危害を加える浅ましい者たち。


「いや、獣に人の道理など通じるはずがない。拙者の甘い考えもエゴというものでござろう」


 神刀からバチバチと火花が散る。金属の粒子が弾け、焦げ付くような匂い。ちりちりと剣先に炎が揺らめく。直後にクオンの体からも炎が上がった。火を身にまとう文字通りの火の衣。


 ゆらりと剣先で地面を撫でると、凍り付いた地面に炎の道ができた。意のまま思うがままに、燃やしたいものだけを燃やし尽くす。この世に燃やせぬ物は無い。それが神刀梵天に宿る能力の1つ〝神焔〟だった。


 相対する剣士と戦士の間に涼やかな風が吹いた。


 頭に直接流れ込んでくるような旋律。神刀の声とは明らかに違う、澄んだ鈴の音のような心地よさ。どことなく聞き覚えのある声色にクオンは一瞬思考を奪われた。




 どうか、どうか、ミスラ島に住む人々よ、心穏やかに聞いてください。 


 私はレヴィア諸島の海域を管轄する海神アルメリア。


 今、この島に大きな危険が迫っています。


 深海に封じられた強大な魔物が目覚め、地上を目指して移動しているのです。


 お逃げなさい。


 お逃げなさい。


 ミスラ島の中心、レイシの丘を目指しなさい。


 丘の上の結界が、必ず魔物から島の人々を守ることでしょう。


 お逃げなさい。


 お逃げなさい。


 魔物の元へは海神の加護を受けた使徒が向かっています。


 魔物は必ずや海神の使徒が打ち払うでしょう。


 お逃げなさい。

 

 お逃げなさい。


 盟約を守りし末裔たちよ。


 レヴィア諸島に住まう愛しき子等よ。




『おいぃ? どうした坊や? 戦闘中に気を逸らすだなんて随分と余裕だな?』


 神刀に呼びかけられ気を引き戻される。直後、目の前に迫る戦士の凶刃。即座に反応し神刀で刃を弾くと、迫る攻撃を何とか逸らした。


「助かった。さすがは拙者の相棒でござる」

 

 体勢を整えつつ神刀に精神から呼びかける。


『気持ち悪いこと言うんじゃねぇよ。で、何かあったのか?』


 神刀も自分の所有者が戦闘中に、無意味に気が緩むような馬鹿者ではないとは理解している。そうであれば、何事かあったのだと思うのが普通だ。


「お前の馬鹿にした拙者の感も、あながち間違いでは無いかもしれんぞ」


 神刀の反応を見ると、この声は人にしか届いていない。おそらく目の前の連中にも届いてはいないのだ。島民に向けて作用するように仕向けられた特異な魔術なのだろうか。


 探知能力で情報を得るように指示しようかとしたところ、クオンが指示を出す前に神刀は何かを察知した。


『坊や、これは確かに当たりかもしれんな』


 次の瞬間、地面が激しく縦に揺れた。


「おおおおおおっ!?」


『※※※ッ!?』(何!?)


 地の底から突き上げるような衝撃。同時に起こった衝撃音。地震だ。それも大規模なもの。すぐさま身を伏せ、神刀を地面に突き立て体勢を整える。予期せぬ事態は目の前の者も同様のようで全く動揺を隠せていない。もしかしたら地震に慣れていないのかもしれない


 戦闘の緊張はどこへやら。周囲に潜んでいる仲間の方も動く気配はないので状況を見守っている様子。


 星が瞬く薄暗い夜に赤みが差した。


 動揺している戦士を無視して、クオンはその場を離脱した。長年旅をしていて大きな地震に遭遇した経験も何度かある。その際の対応も心構えも多少はあったことが幸いし、すぐに行動できたようだ。


 連中が追ってくる気配はない。他に用事があるのだろう。無論、彼らの目的を確かめることが自分の目的にも繋がるのだとしたら、彼らのこともよりよく調べる必要があるのだが、今はもう一つ確認するべき事柄が増えてしまったようだ。


    

お読みいただき、ありがとうございます!

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