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異世界×サバイバー  作者: 佐藤清十郎
第3章 氷壁の封印と生贄の姫巫女
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第256話 吹雪

シアンside

 冷たい風が頬を撫でる。太陽が沈み夕闇差し迫る頃、少女は黒猫の先導で静かな夕凪を眺めながら海岸沿いの道を歩んでいた。


 後を追う二人の男。


「夏だって言うのに、この寒さは何なんでしょうかね?」

 

 二人の片割れ、明るい髪を刈り上げた短髪の男は、予測以上の寒さに身を震わせ思わず着崩した外套を被り直した。


「さっき聞いた話じゃ、島民も驚いている様子だったな。異常気象って奴かもしれん。もう日が落ちるし、この分じゃ更に寒くなりそうだ」


 彼よりも少し年齢のいった無精髭の男が答えた。


 レヴィア諸島。海人族という水に馴染んだ種族が住む、遙か北の海に浮かぶ島。


 ベイルではお目にかかれない珍しい種族で、青い肌に白目のない水晶玉みたいな瞳を持つのが特徴だ。種族特性による敏感な肌は、周囲の魔力波動の微細な変化を感じ取ることで、状況の変化を察するのだという。


 彼らは気温や湿度など気象の変化にも敏感だ。その彼らでも前例がないと驚いているくらいなので、よほどの異常事態なのだろう。とはいえ、男たちに北風を止める術などあるはず無い。できることと言えば一刻も早く帰り暖炉に薪を焼べ、帝国産の酒精の強い火酒で体を温めることくらいである。


「さて、酒の肴をどうするかだな」


「ここ最近は、皆ミラさんの手料理に夢中でしたからね。彼女不在の今日は、残った男手で支度しなくてはならないのは当然なんですけど……しばらく怠けていたこともあって、何をどうすれば良いか少し悩みますね」


「最悪、ミューズの市場で手に入れた安物の干し肉でも囓るか。文句は出そうだが仕方あるまい」


「自分たちで料理していたのが遠い昔に思えますよ」


 優秀な探知スキルの保持者という話で合流した後続隊。その中の一人、妙齢の美女であるミラが調理を手伝うようになって、隊の食事情は大きく改善された。


 男所帯である調査隊の食事は味は二の次、とにかく安く空腹を満たすことを目的にしていた。後は十分な酒があれば誰からも文句でないのだ。


『二日酔いですか? それなら代わりに何か軽い物を用意しますね』


『肉ばかりじゃ体を壊しますよ。ちゃんとお野菜も食べてください』


『明日も仕事なのでしょう? 休むときはちゃんと休まないとダメですよ。休むのも仕事のうちです』


 彼女は隊員の体調管理のために来たわけでは無い。それでも各所に気を配るのは、彼女の持つ慈悲の精神からなのだろう。これには故郷を離れて久しい男たちには堪らないものがあった。彼女の献身の姿に思わず遠く離れた恋人を、妻を、母親を懐かしんでしまうのは仕方の無いことかもしれない。


 元冒険者であるが故に理解があり、治療院で働いていた経験から他者を扱うことに慣れている。それほど時間を掛けずに、多くの隊員が彼女に夢中となったのは言うまでも無かった。


「男所帯に咲いた一輪の花ってな」


「調査隊にも女性が――」


 男は言いかけた言葉を思わず飲み込んだ。調査隊にいるのは女性か男性か見た目で判別できない毛むくじゃらの巨体と、女性にカテゴライズしていいか悩む、ちんちくりんと老婆である。


 無論当人たちに聞かれれば性差別、或いは種族差別の問題に発展するのは面博であり、口が裂けても言えないわけだが若い人族の男が求めているものとは差異があるのも事実だった。


「リザさんは?」


「彼女はカシマ殿の連れだろ? 俺は人の物に手を出すような趣味は無い。それに彼女は隙がなさ過ぎる」


「あー、なんかわかります。ジン君を見るときの表情とか」


「他人が付けいる隙がない、というか眼中に無いんだろうな……」


「そうなると微妙に隙のあるミラさんは罪ですね」


「時々見える、ちょっと気怠げな表情が堪らんよな」


 いつかの彼女の笑顔を思い出し、男の口角が緩んだ。


「そもそも、島に娼館が無いってのが余計に災いしてるんだよ」


 少し前に帝国の冒険者連中が、本国から娼婦を大量に船に乗せ島まで連れてきたことがあったらしい。島民との間で揉めごとを起こし、結果として娼婦たちは強制送還されたようだが。


 小さな島に娼館を乱立させるのは治安の問題もあって難しかったようだ。今となっては遅いが、もう少し帝国側が話を穏便に進めてくれれば、調査隊にも恩恵があったのではと思うと悔やまれる。


「あまりその辺の話は……」


 前を進む少女にわざわざ聞かせるような話では無かったと男は口を閉ざした。それと同時に少女の足が止まる。下世話な話を聞かれてしまったかと思うと少し気まずい。


 目の前の少女は少々人見知りのようで、こうして他人と行動するのに慣れていない。それでも自分たちとはそれなりに日数が経過しているので、見知らぬ他人から見知った他人くらいには格上げされているはずだと自負していた。でなければこうして行動を共にすることも無いだろう。


 客というほどに丁寧に接してやる理由も無いが、冷たくあしらう理由も無い。彼女の精神自体は穏やかで誠実なものなので好感が持てるし、何より短い期間でも一緒に生活すれば少なからず情も湧くというものだ。


 昨晩、調査隊の元に海人族の島民が数人やってきた。話を聞くと倉庫に巣くったネズミを退治して欲しいというのだ。元々、島にネズミは生息しておらず、どうやら帝国の船に侵入していたものが島で繁殖してしまったらしい。ネズミは疫病を蔓延させる原因にもなるので、島民も困っている様子だった。

 

 罠を仕掛けても効果が薄く、原因を作った帝国冒険者に話をしても無視されるだけだというので、こちらを頼ってきたということらしい。島民の中には見知った顔もいた。無下に断ることもできない。


 予想外に手伝いを進言したのは彼女からだった。使役する魔獣はネズミ捕りの達人。いや、猫だから達猫か? 猫の魔獣は使役できたとしても、完全に言うことを聞かせるのは難しいと聞く。彼らは生来、気まぐれな性質なのだ。


 彼女が優秀なのか、使い魔が従順なのかはわからない。だが、彼女の指示に十全に答える使い魔は、完璧な仕事をしたということだけは間違いない。何せ、3日の予定が1日で終わってしまったのだから。 


「どうかしたのか?」


 いつまでも歩き出さない少女に、短髪の男がそっと声を掛けた。


「雪です。この島は夏でも雪が降るのですか?」


 少女は青い瞳を不思議そうに輝かせながら答えた。


「雪? いや、そんな馬鹿な」


 確かに今晩は雪が降ってもおかしくはないと思えるほど寒い。寒さは更に北の方から流れてくる冷たい海流が原因だと聞いた覚えがあるが、それにしても雪が降るほどでは無いはずだ。 


「でもほら」


 少女が手をかざすと、天からひらりと雪の結晶が舞い降りた。


 男がそれに驚くと次の瞬間、冷気を伴った風が三人の間を暴風という勢いで駆け抜けた。


 猛烈な吹雪。あたりの景色が一瞬で切り替わった。どこからともなく吹き付ける風は、目の前の景色を見る間に白く塗り潰していく。


 大人がまともに立っていられない程の強風。小柄な少女では尚更で、見ると風に吹き飛ばされまいと身を低く伏せていた。吸い込んだ空気が冷たい。肺まで凍りそうな冷気。何の前触れも感じなかったが疑う余地は無い。これは何者かによる魔術効果。この地方の気象から考えても、それ以外に考えられない。だが、わからないのは誰が何の目的で――


 悠長に考えを巡らせている時間は無い。自分たちはともかく、この状態では少女の体力が持たない。先ずは本部まで急ごう。





 シアンは生来備わった直感で自らに降りかかる危険を感じ取っていた。


 一人で出歩くのは危険だからと、行動を共にしてくれた大人たちに危険を知らせる暇さえなかった、それほど唐突な来訪だった。


 吹き荒む氷雪に混じり、鋭い槍のような氷片が自分たちに襲いかかる。身動きさえまともにできないのだ、避ける自由などあるはずがない。


 2人の男は自分の身に起こったことさえ気がついていない様子で絶命していた。


「兄様にもらったお守り壊れちゃった……」


 シアンは自らの懐を弄ると、取り出した砕けた金属片を握りしめた。


 近くで弱々しく鳴くネロの声が聞こえる。鳴いているということは、槍の攻撃を受けなかったのだろう。シアンは自分に降りかかる災いより、使い魔の無事を確認し安堵した。


 強風に吹き付けられ身動きができず、寒さに凍え、理解できぬ状況にどうしようもない恐怖を感じる。


 不意に吹雪の中に混じって、こちらへと近づく足音が聞こえる。傍へと寄る姿に、アルドラを思わせる大柄な体格を見た。アルドラでは無いことはわかりきっているが、思わず期待せずにはいられない。


 体を構成する全ての部位が太く強く逞しい。上等な毛皮の外套と、高度な技術で精錬された甲冑。魔獣を模した異形の金属面。島に到着してからのシアンの記憶にはない者たち。骨格から推測するに男性には間違いない。敵か味方かはわからないが、シアンは直感で良くないものを感じ取っていた。


『मनुष्य बच्चों』


 向けられた視線。聞き慣れない発音。理解できない言葉。


『कोई खेल समय』


 吹雪の中から現れた二人は、互いに見合わせ短い言葉を交わす。


『मुक्त करने के लिए』


 姿を見せてから間を置かずに二人はその場を後にした。彼らが立ち去ってからしばらくすると、吹雪は次第に緩やかなものとなった。


 ゆっくりと体を起こす。懐に収めてあった小さな魔獣の卵。今は優しい暖かさを放っている。ジンが与えた魔獣の卵がシアンを吹雪から守ったようだ。


 先ほどまで一緒にいた二人の亡骸に黙祷して、シアンは本部へと歩き出した。急いで報告しなければならない。状況はわからないけど、大変なことになりそうな予感がする。


 吹雪の中を歩いてきたあの2人、自分には言葉がわからなかった。言葉は種族を超えて理解できる。この世界では今では当然の認識だ。言葉が通じないということはありえない。知性のある人型の種族は、精霊の加護により言葉が通じる。ただ通じない場合もある。


「あの二人、妖魔だった。魔物の一種のはずの妖魔が、あんな人みたいに装備を整えてるなんて、そんなこと聞いたこと無い――」

お読みいただき、ありがとうございます!

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