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異世界×サバイバー  作者: 佐藤清十郎
第3章 氷壁の封印と生贄の姫巫女
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第249話 帰還の呪符

神視点|д゜)


リザside



「離しなさいッ」

 

 声を荒げリザは掴まれた腕を振り払った。


「おい、落ち着けって。バラバラに動いたら危ないってことぐらいアンタにもわかるだろ? 様子を見に行ったリディルさんも、すぐに戻ってくるはずだから、今は自分勝手に動き回るんじゃねえ」


 リザの挙動に不安を覚えたレドは、彼女の腕を掴んで制止を求めた。リーダーであるリディルが情報収集のため不在。頼りになるフィールもアルドラも飛び出して行ってしまった。冒険者として鍛え上げられた長年の感が警鐘を鳴らしている。


 突如現れた魔人に、見たことも無い強力な魔術。


 わけもわからない状況に、ジンの安否もわからない。リザの不安は最高潮に達していた。


「このまま大人しくしてだなんて居られない! 既に戦闘が始まっているようだし、今すぐにでもジン様の加勢に向かわないと――」


「悔しいけど、先に行った3人は現時点で最高戦力だろ。弱い奴が下手に突っ込んで足手まといになったら、それこそマズイ。こういう突発的な戦闘になった場合は、生き残ることを最優先にだな」


「邪魔しないでッ!!」


 風魔術 風球


 威力を最弱に調整した風球を手のひらから放出。不意を突かれたレドは対応が遅れて弾き飛ばされた。


「――ッく!」


 調査隊の全員が少し前から感じるようになった禍々しい気配。圧縮されたような濃密な魔力。


 この魔力はジンたちがいる方角から来ている。人はいくら強くても死ぬときには死ぬ。それは村人でも英雄でも変わらない。


 不安と緊張。焦りで冷静さが失われる。


「私は自分の直感を信じて行動する。誰にも邪魔はさせない」


「……それがアンタの本性か? アイツの前では大人しいのに、案外気が強いんだな」


「何とでも言いなさい」


 レドを押し退け、立ち去ろうとするリザにミラが止めに入った。


「リザ、落ち着いて頂戴。彼が待っているように言ったのなら、信じて待つのも貴女の務めではないの?」


「……お母様。お父様はそう言って、帰ってこなかったではありませんか」 


 無感情に言い放つリザに、ミラは返す言葉もなく絶句した。


 ミラとてジンを心配していないわけではない。今では本当の家族に近い絆さえ感じている。だが物事には優先順位と言うものがあるのだ。ミラにとって最優先に考えるべきは、自分の愛する娘たちの安否だった。おそらくそれは生涯変わらないもの。それにジンには不死身のアルドラが付いている。リザが感じているであろう言い知れない不安も、彼らなら大丈夫だろうと思わせてくれる信頼がある。


 今は冷静さを失っている目の前の娘のほうが不安を覚える。幼少の頃から何でもそつなくこなす利発な娘だったようだが、こういった冷静さを失っているときほど冒険者だった父親譲りの無謀さが顕著になるとミラは感じていた。


 時にはその無謀さが強い原動力になることも知っているが、同時に大きな危険リスクを含んでいることも事実。


 ミラと対峙するリザに背後から近づく影が、手に持つ杖で彼女の頭をぽかりと殴りつけた。


「痛いッ?!」


「そりゃ痛いだろうさ。杖で殴ったんだからね」


 悪びれなく宣うのは調査隊の1人で、リディルやフィールと行動を共にするB級冒険者、森人族のダリアだった。


「愛しい人が心配なのはわかるが、少しは落ち着いたらどうだい? アンタの旦那は、この程度の異変でくたばるような男かね」


 リザはジンをアンタの旦那と称されて、良い気分となり思わず口元が緩みそうになるのを思い留めた。


「心配する気持ちは悪くないよ。でも心配しているのはアンタだけじゃないってことさ。そんなことくらい、あえて言わなくても十分わかっているんだろう?」


「…………」


「もうすぐリディルが戻ってくる。その報告を聞いてから動いても遅くはないと思うよ。今は探知スキルが使えない異常事態なんだ。いつもよりほんの少し慎重に行動した方が良い」


 探知スキルだけでなく、森人族が日常的に頼りにしている直感にも違和感があった。言うまでもなくダリアもミラも同様に感じていることだろう。


 その点だけを考えても、いつも以上に冷静に行動する必要があるのは明白だった。 


「わかりました。……お母様、ごめんなさい。酷いことを言ってしまって」


「私の事はいいから、レドさんにちゃんと謝ってね」


 リザが申し訳なさそうに顔を歪ませ頭を下げる。レドは気にするなと彼女からの謝罪を受け入れた。


 リディルが彼女たちの元に戻ったのは、それから間もなくのことだった。


「何かわかったのかい?」


「……うん。わかったっていうか、わからないことがわかった」


「わからないことが、わかった? 今は禅問答をしている暇はないかと思ったんだがねぇ」


 リディルは魔人の動向と破壊された氷瀑の様子、そこから噴出した謎の物質について語った。


「私にだってわかんないんだよ。あんなの見たことないし。……でも、危険なものだってことは確かだと思う。ジンのほうにはアルドラが向かったから、たぶん大丈夫だと思うけど……ここが安全かどうかって保証はどこにもない」


「たぶんって――」


 リザが話に割り込もうとした瞬間、氷で覆われた地面が大きく傾いた。

  

 調査隊を2つに分断するように走る裂け目から、得体のしれない黒い粘液のようなものが噴出する。


「これだよっ、私が見たモノはッ――」


 噴出した液体は大きく柱のようにまとまって、まるで生き物のように空を彷徨うように蠢いている。


 不定形の姿だけを見ればスライムのようでもあるが、これほど巨大なものは見たことがないし、このように激しく行動的なスライムがいるというのも聞いたことが無い。


 突如出現した得体のしれない存在に、調査隊の誰もが一瞬だけ行動が遅れた。その行動の遅れが、この怪物に獲物を捉えさせる大きな機会を与えた。


「うおおおおおおッ、なっ、んっ、でっ、俺があぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーッ!!」


 触手のように形を変化させた怪物が、半裸のギランに襲い掛かる。他の調査隊には見向きもせずに、明らかに狙いをギランに定めているようだ。


 ギランは雨あられと降り注ぐ怪物の攻撃を紙一重で躱し続けていた。元の運動能力が高いのだろう。足場の悪さをものともしない動きは称賛に価する。


 とはいえ、徐々に追い詰められているようだ。怪物の攻撃が止む気配はない。ギランにも疲れが見え始める。


「ギラン様、危ないッ」


 海人族の少年が叫び、ギランは身を捩って怪物の攻撃を回避した。腰に巻いていた布が激しい攻防に耐えきれず無情にも剥ぎ取られる。


「フネ、ウタリ、俺のことはいい! お前たちは下がれッ」


 狙われたのはギランだけではなかった。彼を心配して近寄った二人の若者にも怪物の魔の手が忍び寄る。


 あまりにも巨大で異形な姿。まだクラーケンやダゴンは魔物は生物としての体裁を最低限備えていたが、これはそれらとはまた違った異質なものだと肌で感じ取った。


 感情のない殺意だけの存在。命のやり取りなど今まで経験の無かった2人だったが、青の回廊の深層に踏み込みクラーケンに襲われ死を覚悟した。そして妨害していた相手に助けられるという屈辱を味わいながらも、なんとか生を拾った。


 だけど、これは、この目の前にいる存在は、もっと別の――


 海人族の少女と少年を遮るように、巨大な炎を巻き上がる。炎の勢いに怯んだのか、怪物の動きが鈍った。  


「この手の魔物ってのは大抵、火に弱いって相場が決まってるんだよッ!!」


 レドの火魔術 火炎放射が怪物の体を焼いていく。いつもより威力が増しているように感じられるのは、背後から風魔術で補助しているダリアのお陰だろう。


 怪物は火に弱い。それがわかったのは調査隊にとって僥倖だったが、魔力量が潤沢な森人族でもなければ、純粋な魔術師ではないレドに火魔術を行使し続けることには無理があった。


「何か近づいてくる……グール?」


 最初に気が付いたのはリザだった。


 探知スキルが正常に機能せず、直感も普段の信頼性が失われ、それが接近を許す仇となった。


 得体のしれない怪物に、何処から来たのかわからない高位ハイクラスのグール。


 いざ対峙してみれば、否応なしに感じる相手の強さ。リザ一人では絶対に勝てない相手。思わず最悪の想定が頭をよぎり、身震いする思いがした。


 だがリザを襲った感情はすぐに掻き消されることになる。手負いのグールを追う形で現れたのは、更に深い怪我を負ったフィールだった。


 彼女は無言のままグールを平手で押し潰して粉砕。すでに消耗していたのか、フィールの攻撃から逃れる術は持ち合わせていなかった様だ。


「ふぅ、やれやれ、ひさしぶりに運動したら体に応えるねぇ。まったく歳は取りたくないもんだよ」


 額から大量の出血を見せながら、フィールは気軽い感じで宣った。未だ現役の肉体だと見せる彼女も60を超えた老兵なのだ。


 レドの魔力が尽きかけると、怪物の動きを抑えていた炎も姿を消した。


 炎は怪物の表皮を焼いただけに終わり、怪物は火で炙る前と何ら変わらない動きを取り戻している。


「あーーーッ、くそっ、魔力が……ぜんぜんッ足りねぇ――」


 レドは大きく息を吐いて膝を突いた。最早ここまでかと、諦めかけたレドの視界に映ったのは、自分の火では殺しきれなかった怪物が氷漬けの彫像になった姿だった。


「……あ?」


 火で炙ったのに、なぜ氷漬けに。理解できない状態に、レドは考えをまとめるに数秒を要した。


「やはり火で炙るのが一番効率的のようですね。わたくしには扱えぬ魔術なので、こればかりは人族に頼らざるを得ないところでした。海人族も水魔術や風魔術は得意でも、火魔術を扱える者はほとんどおりませんから」


 レドの背後に立っていたのは、海人族の姫巫女、フルール・ミスラだった。


「さて、我が子たちが心配です。一旦地上に戻るとしましょう。お疲れのところ、申し訳ありませんが急ぎますよ」

お読みいただき、ありがとうございます!

ブクマ、評価よろしくお願いします(=゜ω゜)ノ


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