第247話 氷解
ドミニク・ベルクヴァイン 魔人Lv42
人族 52歳 男性
特性:魔眼 統率 変異 魔術耐性
スキル:調合A級 採取A級 剛力C級 忍耐C級 短剣術E級
投擲E級 軽業E級 自然治癒力強化E級
魔法薬を飲み干した魔人の体が、徐々に膨張を始める。
背中、腕、胸、脚と、まるで風船に空気を注入するかのように、人の体が異様に変化していく様を見せつけられた。
状態:巨人化 筋力強化 耐久強化 敏捷強化 器用強化 興奮
魔眼で状態を確認してみたが、巨人化と言うのが巨人の薬と言う魔法薬の効果なのだとしたら、飲み込んだ魔法薬の効果の全てを発現していることになる。
そんなことが可能なのか。いや、実際に目の前で起きているとすれば可能なのだろう。魔人と言うものが特異な存在なのかもしれない。
「最高に最高な気分だ。全身の細胞が喜んでいる……くくく、まさに神にでもなったかのような高揚感――」
黒いローブは何処かに消えさり、巨大な肉塊が目の前に出現した。
天を仰ぎ、自らに酔いしれているようだが、その姿には美しさも気品もまるでなかった。
アルドラのような無駄のない洗練された肉体というわけでもなく、フィールのように鍛え抜かれた鋼の如き肉体でもなく、ギランのようなボディビルダーさながら膨れ上がった筋肉というわけでもない。
表現するなら醜い肉の塊。巨大化に失敗した肉の化物である。
『許可も無く私の部屋を荒らす者には容赦をいたしません。カシマ・ジン、貴方もご協力お願いできますね?』
『了解しました』
巨大化した魔人の周囲の氷が競り上がってくる。氷魔術で凍結させ封じ込める算段らしい。
「アルドラ、フィール、魔人の動きを止める。協力してくれ」
氷魔術が対象を閉じ込めるまでには時間が掛かるようだ。
「良かろう」
「あいよ」
二人は詳細を聞くこともなく了承すると、アルメリアの魔術後、氷塊の砕け乱れ並ぶ荒野へと姿を消した。
「こんなもので俺を封じられると思うなよ――」
呻くような声が聞こえる。探知系のスキルを持っていないようなので、背後にいる俺の存在には気が付いていないらしい。
魔人は巨大な体を不器用に捩り、氷結から逃れようとしている。
氷柱の影から現れた黒いローブの一人が、今まさに捉えられようとしている魔人の傍らに取り付いた。
両掌から噴出する炎を魔人へと向けて浴びせかける。魔術とは言っても対処法は結構原始的なんだな。
隠密で接近から、不意打ちの雷撃。
「――ッ!?」
黒いローブが衝撃で地面を転がる。
グール 死霊Lv51
ローブの下に見えた素顔は、およそ人間の物ではなかった。血の気のない灰色の肌に、赤黒い濁った瞳を持つ人族の男。
肌と瞳を別にすれば、他は人間との差異は無い。これもグールなのか。
不意の攻撃を受け、俺を睨むようにして立ち上がるグールの男。瀕死とはいかないが、体を庇いながら立ち上がったのでダメージは深いようだ。
背後からの一閃。グールが俺の方に意識を向けている間に、アルドラの斬撃が肩から脇腹へと抜けた。崩れ落ちる体。グールの男は自分に何が起こったかもわからずに肉体の活動を停止させた。
「フィールが向こうで1体仕留めたぞ。成長したグールのようじゃ」
「そうか。最初に魔眼で見た情報だと、侵入者は全部で10体。そのうち2体の魔人が確認できた。何体かは今のようなグールだ。他に魔人がいるかどうかはわからん。少なくとも、コイツは古代魔術を使った奴じゃないから、魔術師系の魔人がいるはずだな」
近くで見ると4、5階立てのビルのような肥大化した魔人だ。デカくなり過ぎて脳みそまで酸素が回っていないのではないだろうか。これだけ暴れて、足元にいる俺たちに気付いていない様子である。
リザたちは大丈夫だろうか。俺たちの後を追いかけていたようだが、今のところ姿は見えない。魔力探知では、そう遠くない場所にいるので安全な場所から状況を窺っているのかもしれない。
『カシマ・ジン、魔術を扱う魔人は捉えました』
アルメリアからの念話が届いた。
俺たちが手伝うまでもなく、魔人たちは彼女の氷魔術に捉えられていく。この領域は彼女の支配する結界内。その実力は語るまでも無かったようだ。
後はこのデカいのを止めれば終わりか。
「……何か、地面溶けてないか?」
地面を形作っている氷が融解している。
『……これは、この魔力……まさか、このような者が』
アルメリアの念話にノイズが入る。違和感を感じ彼女が生み出した氷柱に伸びると、そこから見えたのは業火に包まれる干物と化したレヴィアタンの姿だった。
「ジン、どうやら大人しくはしてくれんようじゃぞ」
アルドラの言葉に振り返ると、魔人に異変が起きていた。
肥大化した肉が収縮していく……?
醜く膨れ上がった体が、人の形を取り戻す。ほんの少しだけ縮んだ姿は、異様に発達した筋肉の鎧を身に着けた巨人のそれと同様のものだった。
「まだ、制御するのに難があるか」
巨人と化した魔人から響くような声が発せられる。
それと同時に大きく前方へ一歩、足を進ませた。二歩、三歩、と歩みを加速させ、踏みしめる地面が地響きを起こす。
魔人の進路を妨害する氷塊は、その拳の一撃で砕かれた。歩みを阻むように、魔人の前方に巨大な氷壁が出現する。
『アルメリア様、無事なのですか?』
意識を集中させて呼びかけると、アルメリアからすぐに反応があった。
『ええ、私は問題ありません。ですが、魔人という者の力を見誤っていたようです。よもやこれまでとは』
魔人の拳がアルメリアの氷壁を打ち砕く。
進撃が止まらない。俺は魔力を集中しつつ、大きく迂回するようにして魔人の前に飛び出した。
巨人となった魔人の視界には小さな俺の姿は映らないらしい。気にする素振りも見せないなら、それはそれで丁度いい。
雷魔術S級 惜しみなく魔力を注ぎ込んだ雷撃を魔人の頭部へと放たれる。
轟音と閃光。空気を切り裂く稲妻が、吸い寄せられるようにして目標に達した。
「…………」
無反応。衝撃に魔人の頭部が激しく揺れた。だが、それだけだった。ダメージがないはずはないと思うが、思った以上に耐久力が高いのか。
魔人の歩みが氷瀑へと辿り着く。両掌を組み天高く振り上げると、そのまま勢いをつけて振り下ろす。
滝を覆いつくす氷が砕け爆ぜる。更に続けて振り下ろされる拳。何度も何度も振り下ろされた拳は、覆いつくす氷を砕いていく。
アルメリアの妨害も、その勢いを遮ることはできない。
バキンッと甲高い音が響き渡った。それは今までにない無造作に溢れ出る破壊音の中で、際立って特徴的な音に聞こえた。
氷瀑を作りだしていた氷の列が、たった今役目を終えたかのように崩れていく。
巨人の拳を受け、最後の砦とばかりに耐え忍んでいた氷柱は、触れることもなく音も出さずに崩れて消えた。
その特別な場所を中心に、全てが崩れていく。この場所を形作っていた大事な部分が破壊された瞬間だった。
「思った以上に簡単な仕事だったな。これなら俺一人でも問題はなかっただろう」
一つの目的を果たし、安堵の溜め息を漏らす魔人に黒い何かが伸びた。
それはアルメリアが数千年の間、この海底深くの地下遺跡にて封印し続けていたもの。
すべての生物と相容れぬ忌まわしき存在。アールヴが混沌と呼ぶ、この世界に存在する生命を超えた何かだった。
紐、あるいは縄。細く纏わりつく様に、その場所から伸びた触手が魔人を絡めとった。
それは一瞬の出来事だった。抵抗する間もなく、まさに一瞬、それは気がついたら巨人と化した魔人そのものを飲み込んでいた。
暴れ抵抗する時すらもない。一体何が起きたのか。つい数秒前には、氷瀑を形作っていた氷を殴り削っていた巨体が、魔法のように消え去っている。
魔人がいた場所に目を向けると、その場所には入れ替わるように黒々とした不気味な脈動を続ける巨大な肉塊が蠢いていた。
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