閑話 迷子のロムルス
※ロムルス視点
大森林のとある場所にある、獣狼族の村。
この村の者達は生まれながらにして男も女も狩人という、狩猟民族である。
「ロムルス、親父殿が呼んでる」
村外れの丘の上で昼寝をしていた俺は、その声で起こされた。
「……ん。仕事か?」
声を掛けてきた奴は、黒髪に藍色の目という、俺によく似た顔立ちの奴だ。
「さぁ?」
よく似ているのも、当たり前か。
コイツは俺の双子の弟レムスだ。
村は丸太を立て組み合わせた城壁によって守られている。
城壁の内部には、森の木から作られた柱と梁に魔獣の革を被せて作った天幕が立ち並んでいる、見た目は円形で木製の扉も備えられ、住居としては悪くない。
それら天幕の周辺には僅かばかりの畑が作物を実らせていた。
俺は村の中央にある、他のものよりか一回り大きい幾分立派な天幕の扉を開けた。
「親父殿、呼んだか?」
天幕の中には体のあちこちに傷を残す、壮年の獣狼族の男が椅子に座って煙管をふかせていた。
空気を入れ替えるために壁の一部には隙間が開いているものの、それでも内部は煙で充満しており、独特の匂いが鼻につく。
俺は思わず顔を顰めた。
この男が、俺の実の父でもあり、獣狼族スン族の族長クラウスである。
「あぁ、仕事だ。山蛙100匹、急ぎでロンジに届けてやれ」
山蛙と言うのは、大森林に生息する大型の蛙の魔物だ。
大型とは言っても、片手で十分持てるほどの大きさなので、たかが知れてるが。
「はぁ?なんで俺が、そんなガキの使いみたいなことを!」
魔物とは言っても、毒があるわけでも鋭い牙があるわけでもない。
子供でも狩れる魔物だ。
生息地が大森林ということもあって、人間の子供が狩るには難しいかもしれないが、獣人ならば子供のお使い程度の仕事である。
まぁ100匹は少し多い気もするが。
「ガキの使いみたいな、じゃなくて、ガキの使いなんだよお前は!」
親父は少し苛立ったような表情を見せ、そう吠えた。
「報告は受けてるぞ、また1人で暴走したらしいな」
俺は何も言えなかった。
言われることは想像できたし、それについて反論する術を持っていなかったのだ。
だが自分が悪いことだけはわかっていた。
獣人族の多くが狩猟民族である。
草原、森林、雪原、山岳、砂漠と幅広い地域で生活しているが、その本質は獲物を狩り糧を得るという生活だ。
狩猟の形態は様々で、種族で違うことは、当たり前だが、ときに同じ種族でも村によって違いがある場合もあり、まさに千差万別といえる。
獣狼族はチームで狩りをするのを常としている種族だ。
個人としてみれば、獣熊族や獣牛族の戦闘力には1歩敵わない。
だが獣狼族の強みは連携である。
1人では敵わない、強大な魔獣もチームによって狩ることが出来るのが獣狼族の強みなのだ。
俺は15で成人の儀を済ませてから、大人の戦士としてチームに参加しているものの、結果は出せていなかった。
「お前は周りが見えてねぇんだ。自分1人で何でもやろうとする。チームの意味がわかってねぇ」
わかってる!
そう叫びたかったが、言えなかった……
結果としてできていないのだ。
反論のしようがなかった。
「お前に今任せられるのは、ガキの使い程度だってことだ」
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俺は村から1つ山を超えた先にある、沼で山蛙を集めた。
まぁ見つけたら頭を潰して、袋に放り込むだけの作業だが。
大森林とは言っても、ただただ広い森ってわけでもない。
全体として見れば、なだらかな丘陵地帯が大半だが、山と呼べるものも幾らかはある。
山蛙は獣人には人気の食材のため、予め生息地は調査済みだ。
今回は最も近くて、量が取れそうな場所を選んだ。
蛙自体は問題ないが、周囲には蛙をエサにしようとする、別の魔獣が潜んでいることもあり、油断は出来ない。
「はぁ、やっと集まった。これ運ぶだけでも緩くないな……」
運搬用に持ち込んだ、大きな革袋が2つパンパンに膨れ上がっている。
けっこうな重量だが、力にはそれなりに自信があるし、やるしかない。
1人じゃ運べない!
とか何とか言って、子供の使いもまともに出来ないのか、なんて言われるのも癪だしな。
日も沈みかけた頃、俺はガロに辿り着いた。
この街は人族の作った街だが、多くの獣人たちが訪れる。
その大半は、大森林で捕れた狩猟物や薬草なんかを人族の商人に売るためだ。
森で狩りをするのは糧を得るために行うものであって、金儲けのために狩ることはいかん!
という昔ながらの掟を訴える獣人族の老人達もいるが、ここに商売の為に訪れる獣人族は年々増えているようだ。
まぁ俺としては、どっちでもいいことだが。
いや人族の作る飯は旨いし、森には無いおもしろいものも多い。
商売も悪くはないだろう。
なんせ獣人族の作る料理といえば、焚火で焼く。
これぐらいである。
塩が掛かっていれば上等なほうで、大概素材の味だ。
初めてこの街で人族の屋台で料理を食べた時の衝撃は今でも覚えているほどだ。
金儲けのために森を荒らすのは、良くないとは思うが、魔獣の生命力は強く、放っておけばあっという間に数を増やし、こちらが狩られる側になることも十分あり得る。
よくわからんが、狩り尽くそうと思って、狩り尽くせるほど、この森は微温くない。
「おーい、おっちゃん!蛙持ってきたぞー」
俺は店の裏口から店主へ呼びかけた。
程なくして、背丈は低いが岩のようながっしりとした老練の男が姿を見せる。
「おう、早かったな」
「急ぎって聞いたからな。確認してくれ」
俺は革袋を男に渡し、カウンターの椅子に腰掛け、脚を休ませた。
待ってる間、従業員がよく冷えたシードルを持ってきてくれた。
「お、サンキュー」
北の方で収穫される林檎という果実から作られる、人族の酒だ。
シュワシュワとした感じが病み付きになる、旨い酒だが値段も安く、これを飲みに来るだけでも、この街にくる価値はあると思う。
しばらく待っていると、男が小袋を手に戻ってきた。
「よく肥えてるし、状態も申し分ねぇ」
ロンジはそう言って銀貨の入った麻の小袋を手渡してきた。
俺は中身を確認すると、シードルを一気に流し込み、席を立った。
「んじゃ、行くわ」
「おう、また頼む」
店を出た俺は、当ても無くガロの街を彷徨った。
特に用事があるわけでもないが、すぐに帰らなければ行けない理由もない。
もう日は落ちたし、夜の森の危険度は、昼のそれとは段違いだ。
もちろん俺にとってはガキの頃より歩き慣れた森であるため、ここから自分の村まで夜の森であろうと帰れないこともないのだが……
「うーん、なんかつまんねぇ……」
なんとなく感じる倦怠感。
なにか胸の中がムカムカするというか、モヤモヤするというか……
俺がとぼとぼと道を歩いていると、とある街の一角がえらく華やいでいるのが見える。
人族の街では、夜でも明かりが着き酒場など賑わいを見せている場所も珍しくはない。
このガロでもそうだが、それにしても……祭りかな?
俺は人の流れに誘われるまま、その場所に辿り着いた。
道は5人も並んで歩けば、いっぱいの狭い道。
そこへ人族、獣人がごった返している。
人、人、人、人で溢れかえる、この一角は何なんだろうか?
両サイドに3階建の木造の建物が並び、明かりを生み出す灯火の魔導具が、そこら中にあって街を照らしている。
夜でもいくらか人通りのあるガロでも、この賑わいぶりは異常なほどだ。
夜にこれほどの人が集まる光景など、俺は初めて見た。
「ん?ロムルスか?」
俺がぼんやりと、その光景に圧倒されていると、不意に背後から声を掛けられた。
振り向くとそこには、俺のよく知る顔があった。
「兄貴?」
血の繋がりは無いが、小さな頃から兄貴と慕って、よく付いて回った獣狼族の青年だ。
今は村を出て、人族の街で冒険者をやってるって聞いたような……
「おぉ、やっぱロムルスか!何年ぶりだ?久しぶりだな!」
兄貴はバシバシと俺の肩を叩き、再会を喜んでくれた。
「うん、兄貴も元気そうで」
俺も兄貴に会えて嬉しいが、正直いまの情けない俺の顔は見られたくない気もある……
「そうかお前も15か!うんうん!わかるぞぉ~、お前ももうガキじゃないもんなー」
兄貴はにやにやとした表情で、1人何かに納得している。
なんだろう?
「よしわかった!ここは俺が奢ってやろう!心配するな、ちょっといい仕事を片付けて、金ならある!」
「え?え?」
兄貴はそう言って俺の首に腕を回し、強引にとある店へと引きずっていった。
「いらっしゃ~い」
「2名様ご案内~」
ある店に入ると、若い獣人女性が出迎えてくれた。
けっこう可愛い。
わけもわからず、奥の部屋へと案内される。
部屋は個室で板間に魔獣の毛皮が敷かれている。
椅子などは無く、床に直接座るようだ。
「あの、兄貴ここって何ですか?」
俺がそう聞くと、兄貴は信じられないものを見るような表情で、
「何って、白描館だよ?知らないで付いてきたのか?」
「いや兄貴が無理やり連れてきたんですよ?」
「そうか?」
などと宣っていると、部屋に料理と酒が運ばれてきた。
「まぁ、お前も15になったんだ。もう立派な大人だろ?」
「いや、立派かどうかちょっとわかんないっす……」
「ふぅん?まぁ、いいや。今日はお前の成人祝いに、再会を祝してパーッとやろうぜ!」
兄貴がそう言うと、
「失礼します」
そう言って、部屋に2人の獣人女性が入ってきた。
どちらもすごい美人だ。
女性たちは、それぞれ俺と兄貴の横に着くと、酒を酌してくれた。
「獣狼族のレイです、お初にお目にかかります」
俺の横に着いた女性が、酌をしつつ、静々と会釈をする。
白く長い髪に青色の瞳。
おっぱい超でかい。
ちかい、距離がすごい近い!?何故?
「獣羊族のミウです、お初にお目にかかります」
兄貴の横に着いた女性が、兄貴に酌をしつつ、静々と会釈をする。
蜂蜜のような金髪に青色の瞳。
おっぱい超でかい。
そして、やっぱり近い、近いっていうか、くっついてるし。
腕絡めてるし!?
「兄貴ここは何ですか!?」
俺は叫んだ。
「いやだから白猫館だって」
「それはさっき聞きました!」
俺の村にも女はいるが、こんなに可愛くておっぱいのでかい女の子はいない!
「お客様は花街は初めてですか?」
花街?
「はい。花街は殿方が疲れた心と体を癒やしにくる大人の社交場ですわ」
レイはそう言って、俺の腕を絡めとり、その豊かな胸の谷間に押さえつける。
「ささ、もう一献」
勢いに任せて飲み干し、空になった杯に、再び酌をする。
「ここはガロの花街でも、とびきり美人が多くて有名な店だぜ!丁度入れてラッキーだったな!」
兄貴はカラカラと笑い、酒を煽る。
しなだれかかるミウの肩を抱き寄せ、上機嫌だ。
「お客様はお疲れのようですわ、いろいろあるかとは思いますが今日だけは全て忘れて、楽しみませんか?」
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朝になった。
「兄貴ありがとうございました」
俺の胸のモヤモヤはいつの間にか、晴れていた。
どこか迷走していた俺の心が、まるで雨の上がった青空のように澄み渡る。
「おう、俺はしばらくガロに滞在するが、お前はどうするんだ?」
俺は晴れ晴れとした顔で、
「俺ベイルに行ってみます」
「そうか、ベイルはガロよりも何倍もでかい街だ」
「はい!」
「ボッタクリには気をつけろよ!」
「はい!」
「じゃあ、また生きてたら会おうぜ」
「ありがとうございましたッ」
朝靄の中、立ち去る兄貴の背を俺は深く頭を下げ、見送った。




