第238話 一条の光
石橋から飛び降りてすぐ、目に飛び込んできたのはクラーケンに襲われ瀕死となっている2人の若者だった。
アルドラは走りながら異空間より大剣を取り出し、魔物と若者の間に割って入った。
アルドラの斬撃にクラーケンが一瞬怯む。畳み込むように上空から飛来したフィールが、闘気で強化した拳を魔物の頭蓋に叩き込んだ。
グシュグシュグシュッ
クラーケンは頭部が半分になるほど酷く変形し、不気味な音と共に口から黄色い粘液を溢れさせている。
「おや、手ごたえがいまいちだね。この魔物は打撃に耐性があるのかな」
はたから見れば十分なダメージだと思われるが、彼女にとってはそうでもなかったらしい。
頭部を砕かれてもクラーケンの行動に支障はないようだ。触手のように伸びる左右8本の腕が、獲物を求めて狙いを定めた。
「あ、あんたら……」
海人族の片割れがこちらに気が付いて口を開いた。とはいえ問答を繰り返す余力は無いらしい。アルドラは異空間より傷を癒す魔法薬を取り出し投げ与えた。
「少しばかり大人しくしておれ。今いいところなんでな」
与えられた魔法薬を飲み干すと、自分が置かれている状況に今更ながらに気が付いたようだ。
岩陰から身を乗り出すのは何体ものクラーケン。1体や2体の話ではない。見えるだけでも既に十数体のクラーケンが自分たちを取り囲んでいる。
1体、1体が全長3、4mある人型の巨体。いや、人型いうには少々語弊がある。彼らの腕は人間のような2対のものではなく、片方に触手のように自在に伸び縮みする4本、左右合わせて8本もあるのだ。
触手の1本、1本が丸太のように太い。触手に骨はなく自由自在に動かすことができるうえ、その全てが筋肉で作られる。しなやかさと強靭さを合わせ持つ、恐るべき武装なのである。
1体のクラーケンが咆哮と共に飛び掛かってきた。柳のように強くしなやかな触手が、縦横無尽に襲い掛かる。アルドラの大剣が袈裟斬りに捉えるが、その突進を止められない。
「触手だけではなく柔軟な皮膚じゃ。それに強い再生力もあるようじゃな」
アルドラに組み付き、その触手が全身に絡みついた。五体を引きちぎるほどの強い拘束力。いかに歴戦の勇士アルドラといえど、この状態から振りほどくのは至難の業だ。
だが彼は1人で戦っているわけではない。
「はあぁぁぁぁぁぁッ!!」
フィールは取り付かれたアルドラごと、クラーケンを撃ち抜いた。拳打が接触する瞬間を見極め、闘気を爆発させる武闘家ならではの武技。それに加えて撃ち放つ拳に肩から肘、手首にと内側へ捻るような回転を加える。
彼女が奴隷戦士として闘っていた時代に編み出した回転撃と呼ぶ武技だった。
内部へと浸透する拳打の威力がクラーケンの内臓を破壊する。苦痛の悲鳴が僅かに聞こえるが、それでもクラーケンの拘束から解放されることは無かった。
「わしもクラーケンと斬り合うのは初めてじゃが、ずいぶんと丈夫な魔物じゃのう」
アルドラは特殊な体ゆえに苦痛も恐怖も感じることは無いが、そうであってもここで何時までも軟体妖魔と抱き合っているわけにもいかない。
アルドラに取り付いたクラーケンがゆっくりと凍結していく。氷耐性があるのか時間はかかったが、まったく無効というほどでもないらしい。
氷の魔剣アイスブランド接触させ魔力を送り込み続けていた結果だ。グラットンソードで柔軟性を失ったクラーケンを打ち砕き、その拘束から脱出した。砕かれたクラーケンの破片から僅かばかりの魔力を回収する。
「さて、あまり遊んでいる時間もないようじゃのう」
「そうさねぇ、やれやれ大変な仕事だ」
そうして2人が見上げる視線の先には、巨体を揺るがすダゴンの姿があった。
「下を見ろ!何か登って来るぞッ」
石橋から身を乗り出してレドが叫んだ。
視線の先にあったのは橋を支える石柱をよじ登ってくるクラーケンの姿だった。
8本の触碗を自在に伸ばし、煉瓦作りの柱の繋目に手を掛けて登ってきているらしい。奴らの触碗には吸盤もあったはずだが、あの姿を見る限り自重を支えるほどの能力はないのかもしれない。
登ってくるクラーケンを撃ち落とすため、リザとダリアが風魔術で応戦する。
「こっちからも来てるよー」
別の場所から登ってくるクラーケンをリディルが発見した。フルールが氷魔術でリディルは投げナイフで応戦する。
しかし、攻撃を受けてもクラーケンは全く怯む様子もなく石柱を登り続けているようだ。
フルールは不意に何かを思い出し懐に手を忍ばせた。取り出したのは小さな硝子の小瓶。壁面を登るクラーケンへと狙いを付けて投下した。
ドゴンッという爆音と共に壁面から赤い炎と黒い煙が上がった。ごうごうとクラーケンの体を炎が包み込んでいる。触碗の先端が炭化し、壁面を捉えていた触碗が離れる。自重を支えられなくなったクラーケンの巨体は、ほどなくして重力に引かれて落下することになった。
爆裂ポーション 魔法薬 C級
以前から改良を重ね、威力を向上させ安全性を増したリザ手製の爆薬だった。安全性が向上したとはいえ、衝撃を受けると爆発し周囲を激しく燃焼させる粘度の高い油を撒き散らすので、運用には細心の注意を必要とする。
「リザ様の魔法薬は凄いですね。クラーケンが一撃で落ちていきました」
「ほんとだ。大したもんだね。でも倒したわけじゃないだろうから、気を抜かないでね」
「ええ、そうですね」
俺の手の中に納まったトライデントが、溢れ出る魔力を全体から発散するかのように青く激しく輝いている。
俺が扱う雷魔術とも違った輝き。これがトライデントの光なのだろう。
みんな上手くやってくれているようで十分に時間は稼げた。これだけ魔力が蓄積されれば即死とまではいかなくても致命傷にはなるんじゃないか。
「あの、ジン様……それ、大丈夫なんでしょうか……」
リザが恐る恐る声を掛ける。何のことかと疑問に思っていると、その視線が俺の手にするトライデントに注がれていることに気が付いた。
すでに雷付与を与えているトライデントが、内蔵した魔力の総量もあって激しく発光するのは予想できた。だが、リザが危惧するように、その輝きは時間を置かずして加速度的に強くなっているようだ。
バチバチと空気を裂くような音が響き、手の中で槍がガタガタと激しく揺れ動く。その挙動は発光の強さに比例して大きくなっていった。
そして、バキンッと何かが砕けるような鈍い音が響いた。
「…………」
今の音なんだろう……あれ、やばいかもしれない。もしかして魔力入れすぎた?
リザが青ざめた表情でこちらを見ている。A級の武具だし余裕だろうと思ったんだけど……
話によると普通は大量の魔石や、複数の術者が魔力を補充するとかいう話だったので、俺1人の魔力でどうこうなるとは思ってもみなかった。それに魔力の入れすぎで魔導具が壊れるなんて話は聞いたことがない。そもそも誰にも注意されなかった。……俺悪くないよな?
ともあれ、槍は今にも暴発しそうなくらいガタガタいってるので、このままダゴンに向けて投擲してしまおう。今はあれを沈めることが最優先だ。
スキルポイントを変更して……
狙いを定めていると、こちらへと体制を整えるダゴンと目が合った。蛸の表情は読めないが、周囲に撒き散らす魔力から明らかな殺意を感じた。
巨大な八本の腕がゆらりとこちらへ向けられる。先端に魔力が凝縮されていく。前回は1発だったのが、今回は8本同時というわけか。
「みんな気を付けろーッ!! 攻撃が来るぞーッ!!」
一瞬にして八個の氷塊が生み出され、こちらへと同時に解き放たれた。
俺の魔力の高まりを感じ取ったのだろう。アルドラたちが注意を惹き付けてくれたから、時間が稼げたがそれがなかったら魔力を貯めるどころではなかったかもしれないな。
スキルポイントの変更途中だったので、光魔術に設定してぶっつけ本番で幻影の効果を試してみた。
石橋の上に幻影を残し、俺は橋下へと回避。そのまま隠密でダゴンの足元まで到達した。
蛸の急所ってどこだろうと考えていると、トライデントが限界に達しようとしているので慌てて投擲した。
装備に付与された筋力強化と闘気が投擲スキルの効果を後押ししてくれる。トライデントは一条の光となってダゴンを貫いた。
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