閑話 エリザベス・ハントフィールド
※リザ視点
ザッハカーク大森林。
その存在自体が迷宮といえるほどに、広く深い森には、様々な妖魔や魔獣が住み着く危険な地域。
しかしこの地には、希少な薬草や価値の高い素材となる魔獣など、研究者たちからも注目を浴びている場所でもあります。
「おーい、リザちゃんー」
藪の中から背に大きな籠を背負った、獣人の女性が姿を現しました。
細いひも状の植物を組み合わせ編まれた籠の中には、様々な植物がびっしりと収まっています。
「どうですか?見つかりました?」
「うん、向こうの崖下にいっぱい生えてたよ。ほら見て」
獣人の女性は背負い籠をおろして、今しがた手に入れた収穫物を意気揚々と見せます。
「……リュカさん、これとこれは毒草ですよ。あと、これと、これも……」
籠の中身を調べていくと、その量は3分の1ほどになってしまいました。
「あちゃぁ、せっかくいっぱい生えてると思ったのに……」
「仕方ないですよ、この薬草は見分けが付き難いですからね。ほらこの葉っぱのこの部分が尖ってるのが毒草なんです」
私が葉を手にのせて説明しますが、彼女は難しい顔をしたまま固まってしまいました。
「うーん、わかんないわ。みんな同じに見える……」
「ま、まぁ私が後で選別するので間違っても大丈夫ですよ」
「さすが薬師、頼りになるぅ」
「頼りになるはリュカさんの方ですよ。薬草採取にS級冒険者の護衛だなんて贅沢過ぎます」
燃えるような赤い髪にややツリ目がちの緋色の瞳。
緩いウェーブの掛かったセミロングの髪に頭頂部には三角の獣耳。
腰からは豊かな毛量の紅いふさふさとした尾が揺れています。
「リザちゃんとならPT組んでもいいんだけどなぁー」
「リュカさんには、リュカさんにしか出来ない仕事があるじゃないですか。そんな足手まといになるような事できませんよ」
リュカさんは背後から私を抱きしめる。
160センチほどの私から見ても、リュカさんは175センチほどもあって背は高い。
そもそも職業で言えば薬師の私では剣士の彼女には単純な力では敵わないのですが。
モミモミモミモミ……
 
「ちょッ!どこ触ってるんですか?リュカさん?」
「まぁ女同士なんだし、いいじゃない~。あぁホント可愛いなぁリザちゃん。私も娘が欲しかったわ~」
「だ、駄目ですって!やめてください!あぁ、もうッ……」
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「そろそろいい時間だし、戻りましょうかー」
「……はい」
2人の背負い籠には採取した薬草で満載となりました。
何故だが元気なリュカさんと、私は何故だがいつもより疲れました。
「じゃあ熱さまし薬のほうお願いね」
「戻ったらすぐ作りますね、明日には渡せると思います」
「ありがとう。20もあれば十分だから、余ったぶんはリザちゃんが処分してくれちゃっていいからね」
「これだけあったら100は作れますよ?いいんですか?」
「もちろん。リザちゃんの熱さましって通りの店で買うより質いいし、私のほうが助かるから」
「ありがとうございます、助かります」
私はリュカさんの行為に甘えることにしました。
彼女はいつもそうなのです。
私達家族を何かと気にかけてくれています。
「うちの馬鹿が流行りの風邪で熱出しちゃったみたいでね。まぁ寝てれば治るんだろうけど、今流行ってるのが高熱が続くらしいから……あの馬鹿がこれ以上熱で馬鹿になっても困るしね」
そういうものの彼女が家族を大事に思っていることは知っています。
だからこそ、わざわざ私の護衛までして薬草採取に付き合ってくれているのです。
「そういえば、リザちゃんあの話聞いた?」
リュカさんの表情は先程までとは打って変わって真剣なものになりました。
「……はい。アルドラ様のことですよね」
「うん。冒険者ギルドの話じゃ、魔物群れに襲撃にあって壊滅したって話だけど、どうも信じられないのよね」
「はい、私も信じられません。あの大叔父様に限ってそんなことがあるとは……」
「あの人の遺体も発見されていないみたいだし、まさか死んだとは思えない。うちの若い子に様子を見に行かせたんだけど、魔物の群れって言うのも、どうもインプらしいのよ。余計に信じられないでしょ?」
インプといえば臆病で有名な妖魔。
遺跡などに多数の群れで住み着き、森の果実や小さな虫などを主食にしているといいます。
インプとて外敵が縄張りに近づけば襲うこともあるでしょうが、彼らが積極的にエルフの村へ襲撃に出るとは思えません。
「そもそもインプが、あの人を殺せるとは思えないし。森の奥地にいるサイクロプスが群れになったとしても無理でしょ。1人ならまだしも、村の若衆だっているんだし」
「……そうですね」
「言わなくてもわかってると思うけど、馬鹿なこと考えちゃだめよ?あなたにも家族はいるでしょう?家族に心配掛けるような事をしてはいけないわよ」
リュカさんは優しく言い聞かせるよう話します。
それは我が子を心配する母のようで、とても温かく心地いいのです。
「もちろんですよ。さすがにそんな危険を犯すほど馬鹿じゃないです」
「うん。ホントは私が行ければいいんだけど」
リュカさんは歯痒そうに顔を顰めた。
「リュカさんには森の深部への調査があるんですよね。S級のリュカさんにしか出来ない仕事です。今は活動期ですし、リュカさんの調査もとても重要な任務だと思います」
「う、うん……がんばる」
リュカさんはがっくりと肩を落として呟やきました。
「冒険者ギルドからの調査隊が、また出るでしょうし、その報告を待ちましょう」
「……そうだね」
私たちは日が落ちる前に森を後にしました。
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ベイルの街に戻った私はリュカさんと別れ、職人街を目指しました。
ベイルは大森林にほど近い平原に作られた都市。
高度な土魔術を駆使して作られたらしい10メートル近くはありそうな城壁の内側には、数万人の人々が住んでいます。
冒険者の街と呼ばれるものの、あたりまえですが冒険者だけが住んでいる訳ではありません。
彼らが使う剣を打つ鍛冶職人や、酒場へ酒を卸す酒造職人、彼らの腹を満たすパン職人など、冒険者以外にも沢山の人が暮らしているのです。
職人街は街の一角にある区画で、多くの職人たちが暮らしています。
多くは3階建の木造建築で、1階は工房兼販売所。
2階には商談などに使われる応接室などがあり、3階は親方家族が住むようになっているのが一般的です。
私は職人街のとある工房を尋ねました。
くたびれた木の扉を開けると、ギイィと軋んだ音とドアベルの音がなります。
ガランガランッ……
「すいませーん。リザですー」
1階の工房は雑然としていて、とても店舗として営業しているようには見えません。
まぁこの状況はいつもの風景なので、特に驚くべきものでは無いのですが。
しばらく待つも返事はありませんでした。
私は部屋の中に入り、溢れるものを掻き分け、奥の階段から2階、3階へ上がっていきました。
んががががが……
3階の部屋に差し掛かると、奥から野獣のような咆哮が聞こえます。
意を決して扉を開けると、床に転がる死体を発見しました。
んっががががが……ンがっ。
いや死体ではありません。
まだ息があるようです。
「先生。起きてください。先生~」
んが……んがががが。
「……」
んがががが……
「先生、金貸し屋の人来てますよ」
耳元で、そう囁くと先生はビクリと身を震わせて飛び起きてくれました。
「あッ!?すいません!お金はまだ、あと1ヶ月、いや2ヶ月待ってくださいッ!!大丈夫です!この魔導具が完成すれば!大ヒット間違いなし!行けます!自信作なんです!もう少しだけ!もう少しだけお時間をぉぉ」
うずくまり元から小さい先生は、更に小さくなったように見えます。
生まれたての小動物のようにプルプルと震えていました。
「先生、大丈夫です。私です、リザです」
「……え?」
ゆっくりと顔を上げ、先生は状況を確認する。
そんなにお酒強くないのに、また飲み過ぎたようです。
「先生、できました?頼んでおいたアレ」
「リザ?」
「はい」
「……お前、マジでいいかげんにしろよ……」
少々やり過ぎてしまったかもしれません。
寝起きで更に機嫌が悪そうです。
だけど、私にも譲れないものがあるのです。
「先生、私先生に金貨10枚貸してますよね。証文出しましょうか」
「……」
「先生、二日酔いの薬と胃薬と疲労回復薬、集中力強化ポーション、眠気覚まし、目薬、あと……」
お金のない先生に、お願いされて作らされた薬の数々。
通りの店で買えば、けっこうな金額になりそうです。
「すいませんでしたー」
鋭角に腰を曲げ、頭を下げる先生。
どうやら先生の機嫌が治ったようです。
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「あのな、私甲冑師じゃないんだけど」
工房の片隅に布を掛けられた、塊があります。
私はそれを取り外し、中を確認しました。
「すごいですね」
金属で出来た全身甲冑です。
兜は髑髏をモチーフに作られていて、禍々しく凶悪な印象です。
「あぁ、注文通りにできていると思う。お前ほどの魔力があれば、そこそこ持つだろう。それにコイツを被っていけば、中身がハーフエルフの女だとは、まず気付かれないだろうさ」
「ありがとうございます。先生には無理言ってすみません」
「……いいよ。普段世話になってるのは私の方だしな」
「そうですね」
「おいいい?」
「冗談です」
「……それ冗談なの?」
甲冑は180センチはあろうかという大きさなのですが、不思議と私の体に合うらしいのです。
よくわからない魔導具を作ることで有名な先生ですが、本当に不思議な鎧です。
サービスといって先生は魔術を強化補助してくれる魔杖と、強そうな雰囲気作りのためにといって真っ赤なマントを用意してくれました。
目立ちたくないのに、余計に目立ってしまいそうですが、せっかく先生が用意してくれたものだし、有り難くいただくことにします。
「まぁ、ある程度予想はつくけど、あんまり無茶するなよ。それだってどこまで堪えられるかわからないんだぞ」
本職じゃないので保証はできないと、言われました。
無理を言って作ってもらったものなので、それでも十分です。
「様子を見に行くだけです。無茶はしませんよ。それに私戦闘職じゃありませんし」
「ん。そうだよな……まぁ今更止はしないけど、気をつけろよ」
「はい」
「あと行く前に、二日酔いの薬と胃薬、5つずつ置いていってくれ」
「……はい」
私はリュカさんに薬を渡した翌日、大叔父様の村へ向けて旅立ちました。




