第236話 深海の魔王
「リザさん大丈夫ですか?」
フルールは跪くリザに駆け寄り体を支えた。
「はい、大丈夫です。少し驚きましたが、あの術は相手を拘束するのが目的のようで、あまり威力はないようですね」
「そうですか、無事なら良かったです。それにしても、ジンさんがあんなに苛烈に怒りを見せるなんて驚きました。やはり愛する人を傷付けられて、黙ってはいられなかったのでしょうか」
フルールはうっとりした様子で溜め息を吐いた。
「愛する人……えっと、ジン様はお優しい方ですので……」
リザは平静を装いつつも、少しだけ嬉しそうに答えた。
「そうですね。お二人を見ていると信頼と言うのでしょうか、こう、何といいますか、絆のようなものを感じます。……羨ましい限りです」
フルールの言葉にリザが微笑む。笑顔が見えるので具合は悪くはないようだ。呑気におしゃべりしていい状況じゃないんだけど、まぁ、いいか。
攻撃的な術ではないとわかっていたけど、多少のダメージはあったはず。とりあえず、見る限り影響は小さいようなので安心してもいいだろう。
背後からフルールとリザの視線を感じつつ、掴んでいたギランの胸倉を乱暴に突き離す。すでに自分の体を支えるだけの力も失っていた男は、勢いのままに地面に倒れた。
ガントレットを装着したまま闘気を込めた打撃は、相手を半死半生に追い込むのに十分な攻撃力があった。拳を覆うガントレットは金属製ではないけど、十分に拳を守る役割を果たしている。更に武器を扱うだけでなく格闘戦も想定しているので、打撃力を底上げするような工夫が施されているのだ。
つまり竜魚鱗のガントレットは、嫌な奴をぶん殴るには丁度いい装備だった。
「殺しはしない。一応、あんたも巫女様の同族だしな」
縛り上げて、その辺に放置しても仲間が助けに来るんだろうし。戦士団最強の男なら、こいつ以上に強いヤツはいないのだろう。
「コイツどうするつもりだ?」
レドが退屈そうに聞いてきた。
「これ以上邪魔されるのも面倒だし、拘束して連れて行こうと思う」
もし彼を取り返しに向かってくるなら反撃すればいい。まぁ、逃げるにしても、この戦力に対抗できる戦力が戦士団にあるとは思えないけどな。
「そうだねー、ここに放置するのも可哀そうかな」
リディルが霧の中を見つめて答えた。近くには魔獣の息遣いが聞こえてくるようで、警戒を緩めることのできない状況だった。
「結局何がしたいのかよくわからん奴だったな」
レドがつまらなそうに答えた。
対峙した感触で言えばギランは弱くはない。その割にあっさりと制圧できたのは、シガさんから借り受けた装備の性能も大きいだろう。余力ある魔力を装備に回し、他のスキルにポイントを回せる。
今まで装備は二の次にしてきたが、これからは少し考えた方が良いな。ミスリルも十分に手に入りそうだし。ベイルに帰ったら何かできないか、ヴィムに相談してみよう。ミスリルといえばドワーフだろうしな。
「ごめんなさい、私にもわかりません……」
フルールが申し訳なさそうに答えた。巫女様が謝る必要はないんだけどな。
「ははは、認めねばなるまい……貴様は俺よりも強いッ……」
ボコボコに腫れあがった顔で言っても、なんか締まらないけど……うん、なんかゴメン。
死ぬような怪我ではないし、後で魔法薬を飲ませておけば問題ないだろう。いざとなれば俺の治癒もある。俺は光魔術の適性は高くはないから消費魔力が尋常じゃないけど、S級にすれば欠損部位も治せるからいざという時には役に立つはず。
「ジン、何かいる」
リディルがじっと霧の中を見つめ呟いた。
ふおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ――――――――
広大な空間に反響するように何者かの声が響いた。
魔物の鳴き声だろう。かなり遠くにいるようだ。未だ霧の中には多数の魔物がいて、声の主の正確な場所は掴めない。だが魔力の強大さから察するに、かなりの大物だと思う。
「くくく、俺が何の策もなく、この場にやってきたと思ったのか?」
ギランが余裕の笑みを浮かべる。
「貴方と言う人はまさか――」
フルールの表情に焦りの色が滲む。
男は石橋に伏したままで答えた。
「あれは海人族の勇者が賢者と共に地底深くに封印した魔物。遺跡に張り巡らされた結界によって長き眠りについていたが、結界を失った今目覚めの時がきた――」
ズシンッと石橋が揺れた。大きな揺れに石橋が崩れるかと思った。地の底から響く様な小さな揺れが連続して続く。
「なんて馬鹿なことをっ!」
フルールが悲痛な叫びを上げる。
「そんなに危険な奴なの?」
巫女とギランで盛り上がってるけど、こっちには情報ないからな。そんな危険な魔物がいるとはレイシも言ってなかった気がする。
「えっと、非常に危険な魔物です。私も話に聞いただけなので、詳しくはないのですが……」
「見よ、姿を現したようじゃぞ」
霧の中から巨大な魔物が姿を現す。それは高所に掛かる石橋を楽に乗り越えるほどの巨体だった。巨体から伸びる触手が霧の中を探るように蠢く。
ダゴン 魔獣Lv62
巨大な蛸だった。赤褐色の肌に無数の突起。巨大な金色の眼球が目まぐるしく周囲を探っている。太く長く伸びた8本の触碗。
「ダゴンか、これは珍しい魔物が出てきたのう」
「知ってるのか?」
「うむ。相手をしたことはないがな」
長く生きれば生きた分だけ、際限なく大きくなる魔物だと言われている。俗に深海の魔王と呼ばれるこの魔物は、深海に住む数多の魔物を従えているのだという。
「他にもおるようじゃな」
アルドラが示した場所へ視線を移すと、巨大な蛸の周囲に小さい魔物がいるのがわかる。いや、巨大さ故に距離感が掴めないが、周囲にいる奴も小さくはないな。それにあの魔力は感じたことがある。
「あれって、クラーケンじゃないか?」
レドが石橋から身を乗り出して答えた。
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