第235話 霧の中に
遺跡に入って2日が経過した。
ギランは最初の襲撃から姿を見せていない。怪我を負って諦めてくれたのなら良いのだが、結界の破壊後を見る限り先回りしているのは確実のようだ。
結界の機能が失われた影響なのだろう、魔物の姿を頻繁に見かけるようになったが、こちらに敵対する勢力は思った以上に少なかった。
必要以上に接近すればその限りではないが、魔物といっても接触しなければ普通の生物と大差はない。結界の破壊による妨害工作の影響は、今の所ごく限られた物と考えて良さそうだ。
「巫女様、あまり離れると危険だぞ」
「あっ、はい……」
フルールが視線を反らして答えた。何か彼女に気に障るようなことでもしてしまっただろうか。俺との間に妙な距離を感じる。リザやミラさんとは問題なく会話しているので、大丈夫だとは思うが。地下へと潜る道程は思った以上に険しく、魔物の存在もあるので心労も溜まっているのだろう。
「霧が出てきたようじゃな」
「そうだね。魔物の気配もあるから、注意して進もうー」
先頭をリディルとアルドラが進み、俺たちは後に続いた。道幅は狭く、隊列は縦に長く伸びる。一本道なので迷うことは無いだろうが、遺跡もかなり深くまできた、この辺りまで来ると生息する魔物も手強い物が多くなる。
広い空間に出た。地下の洞窟を進んでいると、何時の間にか屋外に飛び出したと錯覚するほどの途方もない広さの空間だった。
全体の足が止まる。新しい領域に差し掛かり、警戒と状況確認。ギランの横やりで最初の手筈とはだいぶ変ってきたからな。
深い霧に包まれているので、スキルが無ければ正確な距離は測れないだろうが、地形探知を使えば周囲の様子を調べることも容易になる。
入り口の洞穴から伸びているのは、石で作られた橋だった。橋は長く霧で包まれ先は見えない。道幅は3、4mほどだろうか。橋を支えている太い石柱が等間隔に備わっているのが見える。
俺たちは切り立った岩壁の中腹から出てきたような形になっているようだ。そこから石橋が延々と伸びている。素人の俺から見ても高度な建築物のようだ。リディルも石橋の様子を確認している。古代の代物のようだが、頑強な様子なので今すぐに崩壊する心配は無さそうである。
橋の下まで距離があるな。上からだと霧もあって直接様子を見ることはできないが、大部分は瓦礫で埋まり、水の流れる場所もある。魔力の気配から、魔物の存在も確認できた。
ミラージュスクイッド 魔獣Lv31
でっかい烏賊が空中を泳いでいる。初めて見る魔物だ。様相は烏賊をそのまま巨大化させたような感じ。大王烏賊とかこんな感じなのだろうか。長い脚をたなびかせ、横向きに霧の中をゆらゆらと泳いでいる。周囲に他の個体の存在は無い。単独で行動するタイプだろうか。
「ミラージュスクイッドは遺跡の深層に生息する魔物です。地上には滅多に姿を現しません。水魔術、氷魔術、光魔術などを操り、自身の幻影を作って身を守る難敵です」
魔物の情報をフルールが教えてくれた。
「先の霧にも多数いるようじゃな。本格的に殺り合う前に試しておくのも良いじゃろう」
俺たちにとっては初めて見る魔物、先の事を考え相手の力を見極めておくのは重要なことだ。
「よし、やろう。これだけの戦力があれば、難敵だとはいえ問題ないと思う」
リディルが投擲で魔物を引き込み、アルドラとフィールが迎え撃つ。フルール、キース、ミラさんは後衛に。他の者は遊撃に回る手筈となった。
放った投げナイフが空を切る。この近距離であれほどの巨大な的を外す筈がないので、これが幻影の効果なのだろう。スクイッドの姿が消え、別の場所に姿を現す。
体勢が変わり、こちらへと脚の先端を向ける。そこに無数の飛礫が生成された。
「何か来るぞッ」
レドが吠えると同時に、魔物から氷の散弾が発射された。極小の氷球による無差別攻撃だった。アルドラは大剣を縦に、フィールは手甲で顔をガードしてやり過ごす。
体の大きな2人が前衛にいたので、後衛への影響はほとんど無かった。
「動きを封じます」
リザの逆風で魔物の行動を阻害。
「もう少し、こちらへ引き込まないとねぇ。皆手が届かないだろう」
ダリアの石礫が魔物の表皮を削る。
2人の魔術師を敵と認めた魔物は、隊列の内へと誘い込まれる。そこで前衛全員で囲い込むのだ。こうなっては逃げ場はない。
魔物の幻影も戦闘中に連発できるような物ではないようだ。囲い込んでからは使う様子は無かった。ともあれ、何かの魔術を使おうとすれば、その隙に全員で畳みかける。
強力な魔術ほど即時発動とは行かず、魔力の貯めに時間が掛かる。袋叩きにすれば、その貯めも妨害できるので高確率で魔術を不発に終わらせることができた。
魔術には高い集中力が必要。それは魔物においても変わりはないらしい。
魔物への対処には問題はなかった。
この場にいる者は普段から魔物との戦闘に慣れた連中である。余裕を見たとしても十分すぎる戦力があった。
霧に包まれた石橋を進む。
道幅は広いとは言えないので、あまり固まって行動するのも危険だ。
地形探知が使える俺を先頭に、リディルがサポートする形で進んでいく。すぐ後ろにはアルドラとフィール。そしてリザとフルールと続いていく。
隊が離れ過ぎても濃霧で互いの場所が確認できなくなっては困る。突発的な戦闘に対処できなくなっては危険だしな。そのあたりは各人で間合いを計算しながら行動してもうしかないのだが。
まぁ、濃霧は魔力を妨害するような物ではなく単に視界を遮るだけの物なので、魔力探知では魔物の位置が確認できるためそこまでの危険性は無いと思う。
移動中、度々ミラージュスクイッドとの戦闘があり、何度目かの戦闘で魔石を手に入れた。
それらの魔石から、魔力で生み出した幻で敵を惑わす光魔術の幻影。氷の塊を生成して撃ち出す氷魔術の氷球。水蒸気による濃霧を生成する水魔術の濃霧を手に入れた。
「何か来るな……近い。全員、警戒を」
石橋に感じる微弱な振動。近づいてくる魔力の質には覚えがある。
濃霧を突き抜けるようにして姿を見せたギランが、走り込む勢いのままに槍の刺突を繰り出した。
ギランの攻撃を装備していた盾で受け流し、毒剣で反撃するが躱される。完全に攻撃が入るタイミングだと思ったが、青ゴリラはなかなか反応がいいらしい。
「貴様、勇者の槍はどうした? あれはミスラの至宝であるのだぞ――」
槍を構え直すギランに落雷が直撃した。バンッという空気を切り裂く衝撃音と同時に雷光が発生。ギランは身を強張らせ、その手から槍が零れ落ちる。
弱めの威力だったので死ぬことは無いだろう。見た感じ丈夫そうだし。
「ぐうぅぅ……」
それなりにダメージはあるようで、微かに呻き声を上げている。もしかして、海人族は雷に弱いとかあるのだろうか。いや、雷は生物系なら大概効果あるからな。海人族が特別雷に弱いということもないか。
それはそうと、ギランの言ってる勇者の槍って、たぶんトライデントの事だよな。
「儀礼用の槍しか持っていなかったようなので巫女様に渡した。巫女様の魔力量なら乱発しなければ十分に扱えるだろうからな」
槍は使い慣れてないというのもあるし、今のところ手持ちの武器には余裕があるからな。
「勇者の槍を女に渡すなど……」
ギランは苦い顔をしてフルールを睨んだ。
「ギラン、このような場所まで来て、私たちの足を引っ張るような真似はおやめなさい。巫女の役目を果たそうとする私の心を乱すことは、ミスラの教えに反する行為だと理解しているのですか?」
「うるさいッ! 帝国と密約している貴様の言葉など誰が耳を傾けるものか。巫女も女王も腐りきっている。これ以上は我慢ならん……そもそも一族を率いる者が女というのが気に食わんのだ。海人族を正しい未来へ導くのは、俺たちミスラ戦士団の役目だとわからせてやる」
フルールの言葉を遮るようにしてギランが吠えた。
「な、なにを――」
困惑の表情を浮かべるフルール。
ギランの槍が俺に向けられる。
「その前に貴様だけは俺の手で始末する」
決意の込められた眼差し。だいぶ恨みを買ってしまったようだ。
「俺は巫女様の護衛を受けただけで、あんたと喧嘩する理由はないんだけどな」
「ふざけやがって……どこまでも俺を馬鹿にするつもりか」
仕方ない。こうなっては相手をするしかないか。フルールの言葉も受け付けないようじゃ、もう説得は無理そうだしな。
ギランの刃先に魔力が込められる。直感でギランの行動を先読みしたリザが、風魔術の逆風でその動きを封じた。
「女が男の戦いを邪魔するなッ」
ギランの怒号を合図にリザの足元へ光る魔法陣が浮かび上がった。そこから魔力で作られた光鎖がいくつも伸びる。
「――ッぁ!?」
それは一瞬の出来事だった。リザの首に体に腕にと鎖が絡みついていく。射程内にある対象物を光属性の鎖で拘束する魔術。光棘呪縛である。
予備動作のない効果に誰も反応できなかった。
リザの表情が苦痛で歪む。光棘呪縛は拘束と共に対象にダメージも与える。それは一目見れば明白だった。彼女の動きを封じる鎖を徐に掴む。掴んだ手に感じる棘を刺されたような鋭い痛み。こんなものをリザに向けたのか。
光鎖に魔力吸収を使用すると、バキンッという甲高い音をたて光鎖が砕け散った。リザの拘束が解除される。
「なにッ!? 光棘呪縛を破っただと、そんな容易く――」
ギランの表情が驚愕に歪む。その言葉が途切れるのを待つことなく、闘気を乗せた拳を顔面に叩き込んだ。
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ジン・カシマ 冒険者Lv36精霊使いLv34
人族 17歳 男性
スキルポイント 0/83
特性:魔眼
雷魔術A級【雷撃 雷扇 雷付与 麻痺 雷蛇 雷球 雷弾】
火魔術【灯火 筋力強化 火球 火弾】
水魔術【潜水 遊泳 溶解 水刃 洗浄 濃霧】
氷魔術【氷付与 氷球】
土魔術E級【耐久強化 掘削 創造】
闇魔術S級【魔力吸収 隠蔽 恐怖 黒煙 誘惑 闇付与】
光魔術【治癒 幻影】
魔力操作【粘糸 伸縮 誘導 制御】
探知【嗅覚 聴覚 魔力 鉱石 地形】
耐性【打 毒 闇 雷 氷 水】
体術 盾術B級 剣術B級 槍術 鞭術 鎚術 斧術 投擲F級 短剣術
闘気 鉄壁 隠密 奇襲 警戒 疾走 軽業 解体 窃盗
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竜骨兜 魔装具 B級 魔術効果【視界拡大 警戒 魔力探知】
魚鱗竜の戦闘衣 魔装具 B級 魔術効果【遊泳 潜水 盾鱗】
魚鱗竜のガントレット 魔装具 B級 魔術効果【筋力強化 闘気 体術】
魚鱗竜のレガース 魔装具 B級 魔術効果【脚力強化 軽業 疾走】
魚鱗竜の棘牙剣 魔剣 B級 魔術効果【鋭刃 貫通 猛毒】
妨害の指輪 魔装具 C級 魔術効果【妨害】