第231話 猛る野獣
トライデントの青い稲妻を受け、結界球は原型を留めることなく粉砕された。
爆散する粉塵が空を舞い、破片はギランの元へと降り注ぐ。
「うおおぉぉぉぉぉッ」
ギランの野太い叫び声。
「ジン、やっちゃったねー」
目の前の光景にリディルが苦笑して答えた。
「あー、やっちゃいましたね」
周囲に展開されていた結界を失ったことで、魔物の動きがにわかに活発化している。広範囲探知で確認したが、かなりの数がこちらへと向かいつつあるようだ。
「それでも変じゃないですか? 結界が失われたからといって、そんな急に魔物が向かってきますかね」
「たぶん、あれじゃないかな」
リディルの指差す方へと視線を移すと、天井を支える柱とそれを繋ぐ梁が見えた。そこにはいくつかの人影。ギランの仲間だろうか。
「いや、そうじゃなくて、あっち」
梁に縄で括りつけられた麻袋。それに……微かにするのは血の匂い。
『そろそろ逃げないと間に合わないぞ。時機にオーグルが向かってくる』
『ギラン様を救出してからだ。いくぞ』
『ちっ、戦士団ともあろう者が、オーグルの赤子を使って罠を張るとはな。落ちぶれたもんだぜ』
『そういうな。これもミスラのためだ』
『ああ、わかってるよ』
聴覚探知が梁の上に潜んでいる者たちの会話を拾った。
なるほどな、俺たちを罠にはめ、その混乱に乗じて巫女を奪う算段か。あらかじめ魔物を興奮させ、近くまで誘い込んでおいた。そして最後の結界球を破壊した瞬間、雪崩れ込んできたという訳だ。
「皆聞いてくれ! こちらへ大量のオーグルが向かってきている。かなり数が多い。神殿で迎え撃つと囲まれて不利だ。一旦砂地の洞窟まで退避して体制を立て直す。急いでくれ!」
俺は遺跡の情報を思い出し、リディルと目配せして全員に指示を出した。
「ジン様っ!」
リザの声と同時に粉塵の中から槍を構えたギランが飛び出してきた。まさに一足飛びとい勢いで、瞬時に間合いを詰める。放たれた鋭い槍の一撃。咄嗟に出したトライデントの穂先がギランの槍と接触し弾かれる。
「女に助けてもらうとはな」
にやにやと薄ら笑いを浮かべるギラン。これ以上ないくらいの安い挑発だった。
「モテる男はつらいね」
俺は振り向かずに手を振って合図を送る。ここは任せて下がれと。
リザは何も言わずに引き下がったようだ。そのあたりの心配りは誰よりも心得ている彼女である。
「ふん、ぬかせ」
ギランの槍が連続して放たれる。突くと引くが一体になった動き。その一連の動作が非常に素早くブレがない。日頃から丹念を積み重ねている証拠だろう。加えてゴリラのような肉体から繰り出される膂力。一撃一撃が重く鋭い。
業魔の光刃 魔槍 A級 魔術効果【光付与 光刃 光棘呪縛】
ギランの槍を魔眼が看破する。白く輝く十文字の刃は、その形状からしても三又のトライデントとは別物だった。それに至宝と呼んだオリジナルのトライデントと同等のA級の槍。
A級の魔槍など、そうあるものなのか? トライデントは海人族の勇者が使ったとされる歴史的価値もありそうな一品。当然、相当な稀少度だろう。そんなA級の武器を、こいつはどこから手に入れたんだ?
「ちょっと、ジン大丈夫なのー?」
背後から聞こえるリディルの声。
「はい、大丈夫です。リディルさんも皆についてください。お願いします」
俺はギランと対峙した状態のまま、振り返らずに応えた。
「はいよー、無理しないでねー」
背後の気配が遠ざかっていく。ひとまず安心かな。
「ずいぶんと余裕だな」
「いや、その言葉はそのまま貴方にお返しします」
聴覚探知。遠くから聞こえる魔獣の咆哮が徐々に近づいてくるのがわかる。踏み鳴らされる足音。洞窟を伝わる振動がここまで届きそうな勢いだ。
ごごん、と何かの崩れる音が微かに聞こえた。ギランも聞こえたらしく、少しだけ首を動かして音の出所を探る仕草を見せる。
「ギランさん、もうだめだ! 奴がきてる!!」
姿を隠していた仲間が叫んだ。それを聞いてギランは小さく舌打ちをする。そして次の刹那、神殿を大きな衝撃が襲った。
「グオオオオオオァァァァァァァァーーーーーーーーーーッッッ」
大気を震わせる咆哮が神殿を突き抜ける。音は衝撃波となり、余りの威力にたたらを踏んだ。
神殿の奥、ギランを挟んで向こうに大柄なオーグルが姿を見せた。鎧のような物で体を覆い、巨大な槌で武装したデカブツだ。体に括りつけているのは木片か何か、船板のようなものかもしれない。怒りの形相で唸るオーグルを先頭に、無数のオーグルが雪崩れ込んできた。数えるのが馬鹿らしくなるほどの数だ。
巨漢のオーグルが走り込んでくる。俺とギランはそれぞれに左右へと飛び退き、振り下ろされる戦槌を躱した。
「早く逃げた方がいいですよ」
「ああ、そうする。貴様が馬鹿な真似をしなければ、もう少し遊べたものを……」
なんだその俺が悪いみたいな視線は。全部お前らの仕組んだことだろ。
闇魔術“誘惑”S級
セイレーンから手に入れた誘惑は、視線を合わせた対象を支配下に置くという魔術である。闇魔術に耐性があったり、意思の強い者には効きにくいが異性を問わず効果があるのは面白い。
効果時間としては最大でも数分。概ね1分くらいが通常のようだが、このような強力な妖魔も操れるので非常に楽しい魔術だと俺は気に入っていた。
「うおおッ、何だと、コイツッ――」
巨漢のオーグルが俺を無視してギランを襲う。周囲にいた配下と思しきオーグルたちも、その猛追に参戦し始めた。オーグルに取り囲まれるギラン。槍を振るい抵抗するが、何度か攻撃を受けている。流石に数には勝てないか。
「大変そうですね」
「貴様、何かやったな! ええい、くそっ、離せ、妖魔どもめッ!!」
棍棒を握りしめたオーグルの群れがギランを取り囲み袋叩きにし始めた。群がるオーグルの山の中から、ギランの微かな呻き声が聞こえる。死にはしないと思うけど、そろそろ助けてやるか。
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