第230話 一騎打ち
「神聖な遺跡に余所者が入り込むなど、あってはならんこと。直ちに退出願おうか」
神殿の奥から姿を見せたのは、大槍を携え革鎧を身にまとった大男だった。コイツの顔には見覚えがある。確かレイシの農場にいた男、ギラン・ミスラといったか。
「ギラン? なぜ貴方がここに――」
儀礼用の槍を握りしめるフルール。冷静を装っていはいるが、声が震えている。動揺しているようだ。
「戦士団の仕事は遺跡の管理もその一つにある。この場所を俺たちが知らないとでも思ったのか」
長年使われていない入口とは聞いていたが、情報を持つ者が他にもいたということか。
「振られた女の尻をいつまでも追いかけるのが戦士団の仕事なのか? 案外暇なんだな」
「黙れ、余所者。……んん、いや、そうか。なるほどな。貴様はあの時の魔術師か」
ギランの口元がにたりと歪む。
「ミスラの巫女殿よ。他種族である人族の護衛など、恥知らずではないか? 長きに渡る海人族の歴史に置いても、このような事態は前例のない。それもそうだろう。我々ミスラが守るべき遺跡は、先祖から受け継いだ神聖な土地だ。それを余所者に踏む荒らさせるなど……先祖の御霊に申し訳ないと思わないのか? 巫女の我儘もいい加減にしていただきたい」
ギランは大きく手を広げ、天を仰ぐような大げさな身振りで口上を述べる。
「恥知らずと言うなら、それは未熟なミスラ戦士団のことではないのでしょうか。貴方の実力では深部までの護衛は不可能だとお爺様が判断されたのです。嘆くならご自分の未熟さを嘆かれたらよいと思います」
巫女の言葉にギランがぶるぶると震える。巫女の物言いにレドは笑いを堪えるのに必死な様子だった。レドの様子をギランが睨みつける。
「小娘がいい気になるなよ――」
天に槍を掲げ、勢いよく石突を床に叩き付ける。強い衝撃音が空間に響いた。
それが何かの合図だったのか、神殿内にあった結界球が次々と破壊されていく。明かりを失った神殿がたちまち闇に飲み込まれる。いや、全ての結界球が破壊されたわけではないようだ。
ギランの頭上にある大きな結界球は依然として、周囲に淡い光を放っていた。隊員のそれぞれが魔導ランタンに光を灯す。ギランは一人ではない。仲間がいる。隊員たちも理解しているのか、既にいつ戦闘が始まっても動けるようそれぞれに得物に手を添えた。
「勝負しろ。お前だ。人族の魔術師。前回のような小細工は通用せんぞ。俺が戦士団の実力を示してやる」
ギランが手にした槍を突きつける。その指し示す先は――俺か。
面倒だな。俺は正当な護衛任務を受けてここに来ているので、言いがかりを付けられても困るのだが。とはいえ相手はやる気のようだ。レイシから自己防衛の許可は貰っている。相手がその気なら、ただ冷静に対処するまで。
「ここまで来て、今更何をしようというのです? 遺跡に余所者が入り込むのがそんなに気にくわないのですか?」
とはいえ、できれば無用な戦闘は回避したい。可能な限り相手を挑発するような言葉はさけ、対話を試みる。調査隊の面々は事態の静観を続けることにしたようだ。
「ふん、白々しいな。貴様ら帝国の企みを知らぬとでも思ったのか。変わり者のレイシを取り込んで調子に乗っているようだが、俺の目は誤魔化されんぞ」
ギランは海神殺しの任務を知っているのか? いや、口ぶりからするとその辺りは知らないのか。というか俺たちを帝国の人間だと思っているのか。
まぁ、海人族からすれば帝国も王国も同じ人族の国だ。人種の違いなど、判別できないのかもしれない。帝国の人間の方が色素が薄く肌の色もより白いが、他種族からすれば些細な違いなのだろう。
「ジン、結界球をこれ以上壊されるのはマズイかもー。魔力探知で周辺探れる? ワームとは違う、そこそこのヤツ集まって来てるよね」
リディルが相手に聞こえない程度の小声で耳打ちする。
「ええ、把握してます。そうですね、仲間がどう動くかはわかりませんけど、ここは彼の望みを聞いた方が無難かもしれません」
「何をこそこそしているか! 今更逃げる算段を考えようとも、今度は逃がさんぞ。我が槍の味をその体に覚えさせてくれる」
俺たちの動きに気が付いたギランが声を荒げた。
ギランの装備はミスラ戦士団の若者が身に着けるような衣類ではなく、濃紺色の鱗模様が輝く革鎧。手にした槍もシガが量産化させたトライデントとは別物。槍も鎧も質の高い装備のようだな。どこから手に入れたのかは知らないが、それも彼の自信の一つになっているのだろうか。
「そう興奮しないでくださいよ。遊びたいなら付き合ってあげますから」
「余裕を見せるのも今のうちだ。無様に地べたを這わせてくれる」
ゆっくりと立ち上がった俺は、鞄から竜骨兜を取り出し装着した。兜の下には窪みのようになっている部分があり、そこに頭頂部を押し当てると装着できる仕組みになっているのだ。装着する瞬間に兜が一瞬拡大し、着用者の頭部を包み込んで収縮する設計になっているようだ。首元を含め胴部分とも連結するように設計されているので、先に胴装備を着込んで置けば連結され隙間のない状態になる。
喉元を守るような装甲もあるので、急所を狙った攻撃の対処も考えてあるようだ。兜を装着すると視界が広がる。まるでゲームのモニターに電源を入れたかのような感覚だった。
「うーん、こりゃ慣れるまでしばらく掛かるな……」
広がる視界は人間の視野を超えるものだった。確か人の両目の視野は200度くらいが限界って話だったな。それが目の前の画面には、明らかにそれ以上の世界が広がっていた。妙な感覚だ。おそらく300度ちかくまで把握できるのではないだろうか。真後ろは見えないが、普通なら死角となるような背後も前方を向きながらにして見えるのだ。
広範囲の視界を同時に知覚できる装備。なんか慣れるまで酔いそうだけど、慣れれば面白そうだな。更に鞄に収納してあったトライデントを取り出してギランの前に躍り出た。
「その装備は……貴様、魔術師ではなかったのか。いや、なに、ちょっと待て……それは、まさかトライデントか? ミスラ族の至宝ではないか!」
「ああ、うん。借りた」
「借りただと? 馬鹿な……何を考えてるんだ、あの男は――」
怒りに震えるギランを余所に、矛先を向け魔力を込める。
「じゃあ、やるか。借りてきた装備の能力も試してみたいし」
「――なっ」
トライデントから青白い閃光が迸った。シガの元では試し打ちのために僅かな魔力を込めただけだったが、今回は十分な時間と魔力を込めた正真正銘、トライデントの本気の一撃である。
何もない空中に見えない道筋でもあるかのように、稲光が軌跡を描き遅れて轟音が神殿を震わせる。空気を激しく揺さぶる余りの衝撃に、そこにいた誰もが反応することもできずに動きを停止させていた。
稲妻はギランを掠めるようにして地面を穿つ。という予定だったのだが、慣れない武器に扱いを誤った。
「あっ」
稲妻はギランの頭上にあった結界球を一撃で破壊。粉砕された破片が雨霰のようにギランへと降り注いだ。
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