第228話 海底へと続く道
地下へと続く洞窟は光一つ差すことのない完全な暗黒。生臭い臭気で満たされ、潮を含んだ空気が肌にじわりとまとわりつく。
魔導ランタンの灯火がごつごつした岩肌を映し出し、濡れた足元を頼りなく照らしていた。先人たちが作ったものなのか、洞窟には地下へと続く階段が延々と連なっている。
狭く細く何処まで続く道程に、隊員たちは少しづつ時間の感覚を狂わされ始めていた。
「ずいぶん長いな……どこまで続くんだよ、この階段」
「んー、そろそろ降り始めて2時間かな。このペースだと、もう少しかかるかも」
レドの言葉にリディルが答える。この世界にも機械時計はあるらしいけど、相当高価で数も出回っていないらしく持っている者は少ない。
リディルは長年の経験からくるものなのか、非常に正確な体内時計を有している。彼女はどんな状況下であっても、現在時刻を正しく把握することができるのだ。
「レドがぼやくのも無理はない。この閉塞感は私でも少し参ってしまうかな」
「フィールは体が大きいからね~。少しダイエットしたほうがいいんじゃない?」
「それを言うなら、リディはもう少し肉を食べた方が良いな。将来子を産むときに乳が出ないと大変だろう?」
「いやいやいや、な、なに言ってんのよ。いくら肉食べたからって、そんなの……いや、違う。そんな予定は今のところないから、どうだっていいのよ!」
「小人族でも豊かな者はいるんだろ? 人族の男は大きければ大きい方が良いと言うらしいし」
そう言い放つフィールがこちらへと視線を送る。同意を求めてくるような視線だった。
視界の端に自分の胸を擦ってしょんぼりしているフルールが見えた。平らなの気にしていたのか。
「どうですかね。好みは人それぞれじゃないですか。俺は大きければいいとは思いませんけど」
俺の言葉を聞きつつ、フィールはリザとミラさんに視線を移す。そして再び俺の方へと、冷めた視線を送るのだった。
「これほど説得力のない言葉もないな」
「いや、そりゃ大きいことはいいことですけど、小さいものもそれはそれでいいものですよ」
いや、そうじゃない。そうじゃない。そういうことで人の価値は決まるもんじゃないんだよ。
「呆れたね。赤子は乳を吸って育つんだ。この世に乳が嫌いな男などいるわけがないだろう」
ダリアのからからとした笑い声が響く。
「確かにジン様は、胸の大きな女性が好みのようです……」
「そうね、ジンさんの視線ってわかりやすいから」
「ジンって、そういう人が好みだったの……そうだったんだ……」
俺の弁明の言葉は誰に届くこともなく、どうしたことか、それぞれから冷ややかな視線を浴びることになった。なんでだ。
更に一時間ほど地下へと下ると、やっと階段の終着点へと辿り着いた。
「移動の前に休憩にしようかー。足元悪かったから、少し時間掛かっちゃったね」
「私が遅れたせいでしょうか」
フルールが申し訳なさそうに声を上げる。
「いや、そういう訳じゃない。急いでも怪我の元だし、いいことないだろう。安全第一で進んだ方が絶対に良い」
フルールの他にもミラさんやダリアさんもいるからな。体力自慢の人たちと一緒にされては困るだろう。進む速度は彼女たちを基準にするべきだ。まぁ、当然のことなんだけど。
ランタンの明かりが奥へと広がる空間を照らす。やっと平らな場所を歩けると思ったら、次は砂地か。何時かのように魔物が潜んでいるとも限らないので、今のうちに広範囲探知で確認しておこう。
結界の作用なのか、魔物の気配はない。小さな反応はあるにはあるが、小動物か蟲の類だろう。地形探知が周囲の状況を探っていく。盗賊の地図で現在地を確認。
ドーム状の天井。奥へと続く一本道の洞窟は蛇のように蛇行を繰り返している。地面は砂地で足を入れると深く沈む。砂の粒子が軽いのか普通とは違った妙な感触だ。ここを移動するのは骨が折れそうだ。思った以上に移動には時間が掛かるかもしれない。
「おお、沈む」
俺の隣で砂地に足を沈めるレドの姿があった。
「レド、あまり不用意に進むと怪我するぞ」
「何言ってやがる。お前だってやってるじゃねぇか。それに結界があるから魔物はいないんだろ?」
そういって砂地から足を引き抜くと、彼の足にはびっしりと張り付く蠢く生物の姿があった。
ドレインワーム 魔獣Lv1
小さなムカデ、もしくはミミズか。何か細い紐状の生き物のようだ。全長5センチほどしかないが、これでも魔物らしい。
「何だこれ、気持ち悪りぃな――」
「レド、早く焼き払った方が良いよー。それはドレインワーム。死骸を漁る腐食性の魔獣だけど、生きた人間も襲うから。噛まれると痛いよ」
ワームは服の隙間から侵入しようと、もぞもぞと這いまわっている。レベルが低い魔物は結界の隙間を抜けてくるようだ。
「おお、まじっすか」
レドの火付与が肉体を包み込む。炎に焼かれたドレインワームは、体から引き離され地面に落ちた。
「魔物はいないんじゃなかったのかよ?」
「いや、俺に言われても」
完全にいないわけではないという話は、既に説明したと思うんだけどな。もとより完璧な結界というのは存在しないというし。極端に弱いものだと擦り抜け、極端に強い者には効果がない。元々そういったのが多いそうだ。
「ここは、わしの出番かのう」
自らの収納から氷の魔剣を取り出す。海賊の財宝として手に入れたアイスブランドは、結局アルドラの手に収まることになった。
彼の戦力や貢献度を考えると、それを批判する者は現れなかったのだ。シフォンさんにしてみても彼の攻撃力が上がれば、これからの活動にも十分利益になると考えたのだろう。
もちろん彼だけが特別扱いされたわけではない。レドも何か魔剣を受け取っていたし、キースとブルーノも指輪の魔装具を手に入れたらしい。皆それぞれに何かしら懐に収めた様だ。
アルドラは砂地を氷結領域で凍らせて足場にするようだ。凍らせることができれば、砂地に潜むワームも無闇に憑りつくことはできないだろう。
「ぬう。なかなかに難しいな」
戦士として長年生きたアルドラであっても、魔剣に備わった魔力であれば扱うことができる。とはいえ魔術師のそれと同じようにとはいかないらしい。
魔剣に魔力を込め、ただ放出させるだけなら簡単だ。難しく考える必要はない。だが奥へと続く砂地の全てを凍らせることは難しそうだった。必要な部分だけを無駄なく効率的にとなると、高い魔力制御の技術が必要になる。
「ここは私にお任せください。氷の魔術なら心得がありますので」
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