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異世界×サバイバー  作者: 佐藤清十郎
第3章 氷壁の封印と生贄の姫巫女
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第216話 ミスラの女王

女王サイド。時系列はフルールが沐浴中に襲撃を受けた翌日。

 冷たい石の廊下を一人の女が歩いていた。聞こえるのは廊下を歩く彼女の足音だけ。


 海人族の特徴である青みがかった肌。腰ほどまである白髪。細い体に巻き付いたようなドレス。身に着けているのは、金銀と宝石をあしらった装飾品。肩に羽織る布も、島では彼女にしか手に入らない稀少な品であった。


 大きな扉の前に辿り着くと、控えていた従者が扉を開く。部屋の中には既に十数人の男女が待機しており、彼女の到着を待ちわびていた。


 侍女の誘導に従い部屋の奥へと案内されると、備えられたテーブルの一番奥の席に腰を掛けた。


「皆揃っているようだな。さっそく始めようか」



 テーブルには軽い食事と酒が振る舞われ、それぞれに手を伸ばし島では珍しい味を楽しむ。


 調理法はもとより、使われた香辛料、調味料、食材。どれも島では手に入らないものばかり。言うまでもなく帝国との貿易からなる恩恵である。


「手の込んだ料理、酒、それに布に装飾品や調度品。このまま順調にいけばレヴィア諸島が完全に帝国の一部となるのも遠い話ではありませんな」


 杯に注がれた酒を飲み干し、長い髭を蓄えた老人が訝し気にいった。


「それは私に対する嫌味かな。タキ白老」


 老人の言葉に女は眉一つ動かさずに答える。


「いやいや、女王様。滅相もございません」


 そういいながら、老人は串に刺さった羊肉を頬張った。


「ふん、帝国の皇帝から送られた品を突っぱねろとでも言うのか。堂々と喧嘩を売って、正面から戦争でもしろと。そんなことができるはずがない。そうなればレヴィア諸島は5日と持たずに陥落する。ミスラ島だけなら半日あれば十分だろうさ」


 女王はあきれ果てたように言い放った。


「我が氏族にはミスラ戦士団と言う武勇に優れた若者がおります」


 別の老人が答えた。


「確かに若く血気盛んで勇猛な戦士たちだな。だが実践経験はない。ミスラ戦士団に1人でも人間同士の殺し合いを経験した者がいるのか?」 


「それが関係ありますのか? レヴィア諸島は私たち海人族の領域です。海での戦いで後れを取るはずがありません」


 老人と言うには早い初老の女が口を挟む。


「お前たちは知らぬのだ。島に来ている帝国の冒険者は、海での戦いに長けた戦闘集団。帝国に残してきた人員も含めれば5000以上にもなるという大組織。ミスラ戦士団の10倍の戦力がある」


 彼らの乗る船は戦闘を目的とした大型帆船。それには帝国に住み着くドワーフが開発したとされる、火を噴く大筒がいくつも備え付けられている。私もその試射を一度見たことがある。一撃で巨大な岩山が崩れ落ちたのだ。それはまさに目を疑うような光景だった。


 それに帝国には彼ら冒険者のほかにも戦争を生業とする職業軍人が存在する。帝国が誇る戦闘艦と帝国海軍。噂で聞く限りの存在であり、全体像は掴めていないが冒険者以下の戦力などという事はありえんだろう。


 帝国が本気を出せば、いつでもどうにでもなる。我々の立場というのはそういった儚い場所に存在しているのだ。


「島に立ち入る船が増加するに比例し、黒鼠の数も増大しているようです。あれは黒斑病をもたらす厄介な魔物です。大事にならぬうちに、大規模な駆除を検討ください。それに薬の備蓄も見直した方がよろしいかと」


「そうだな。すぐに手配しよう。万が一に備え、島民に行き渡る数の薬を確保して置け」


「まったく、帝国がもたらすものは厄介ごとばかりですな」


 老人が羊肉の串焼きを頬張りながら呟いた。お前が口にしているソレも、帝国から届けられた品の一つだけどなと女王は老人を睨みつけた。


「南東の小島にクラーケンが住み着いたようです。小型のようですが、如何いたしましょう」


「ミスラ戦士団には荷が重いな。帝国の冒険者に依頼を出して置け。彼らは海の魔物狩りには慣れているはずだ」


「奴らに借りを作る気ですか?」


「すでに狩場を解放しろと何度も要請が来ているのだ。断り続けるのも限界がある。クラーケンの引き換えに、東領海の航海権を一部譲歩してやれ」


「よろしいのですか?」


「よろしいわけないだろう。しかし、こうなっては致し方あるまい」


 帝国の圧力は今まで以上に高まっている。帝国海軍の前線基地をミューズに作らせよとのお達しだ。今まで一部の冒険者や商人だけに開放していた港町だが、それがまるごと帝国の傘下に収まるのも時間の問題。そうなればミスラ島はおろか、レヴィア諸島全域が帝国支配下となるに等しい。今までのような生温い要求ではない。奴らは本気で狙ってきている。その証拠が凶鮫旅団の連中だ。帝国内でも悪名高い連中をミューズへ向かわせたのは、拒否すればどうなるかという脅しに他ならない。


 老人の1人が挙手をして合図を送ってきたので、女王は頷いて彼の言葉に耳を傾けた。


「姫様が何者かの襲撃を受けたとの情報が」 


「ああ、その話か」


 海神祭に向け、巫女は身を清める禊の儀式に入っている。レヴィア諸島に点在する泉に身を委ね、俗世の穢れを洗い流す神聖な儀式。


 これから海神祭の直前まで儀式続けられる予定となっているが、その儀式の最中に何者かの襲撃にあったそうだ。襲撃したのはミスラの若者だという話だが、何者かに焚きつけられた可能性も大いにある。仲間の存在もいるようだし、前後関係を洗い出すにはもうしばらく時間が掛かるだろうという状況である。


「ミスラ戦士団から護衛を付けましょう。こうなってしまっては、姫様も何時までもわがままを通すわけにも行きますまい」


 四六時中監視されることへの窮屈さから護衛を拒んできた巫女であるが、実際に被害にあったとなれば巫女のわがままを聞いてやるわけにもいかなくなった。彼女の体は彼女の物ではない。ミスラ全体のものなのだ。不必要に傷付けられるわけにはいかない。


「誰か当てはあるのか?」


「はい。ミスラ随一の戦士であれば姫様の護衛にはふさわしいかと」


 ダンッと大きな音を立て乱暴に扉が開け放たれる。そこに立っていたのは一人の若者だった。扉の傍にいた侍女が制止を促すが、まったく取り合う姿勢を見せない。


 手に大きな槍を持ち、筋骨隆々とした上半身は裸で、胸の筋肉が弾けるように脈動している。


「姫の護衛の件、このギランが承ったッ!!」


 突如現れた男に場内は騒然となった。さしもの女王も驚きの表情のままに思考が停止している。何故ゆえに彼は許可なくこの場に現れたのか。ミスラの行く末を決める会合に、このような無作法な行動をとって今なお不遜な態度を崩さないのか。 


 彼の行動が理解できずに怒りよりも困惑が沸いて出る。そして正常さを取り戻すと、頭を抱えて盛大に溜め息を吐いた。彼の名は知っている。ある意味でミスラ戦士団で一番の有名人だからな。


 先代の戦士長ズオウの一人息子ギラン。親譲りの恵まれた肉体に、持って生まれた武の才能。戦士長不在の現時点で、実質的な戦士長代理を担う者だ。


 馬鹿だが戦士としての能力は優秀だ。馬鹿だが。


 若い連中には好まれているのだろう。それ故に支持される。馬鹿だからおだてればすぐに図に乗るという構図だ。ズオウはミスラのためによく働いてくれた一流の戦士だったが、父としては二流、いや、三流だった。


 あれがミスラ戦士団を束ねるようになればと思うと頭が痛くなる。ズオウの奴め、病気なんぞであっさりと死におって。せめて息子にまともな教育をしてから死ねばよかったものを。


 女王は今や故人となったかつての友人に、苦々しく毒を吐くしかなかった。

お読みいただき、ありがとうございます!

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