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異世界×サバイバー  作者: 佐藤清十郎
第3章 氷壁の封印と生贄の姫巫女
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第214話 不死鳥の涙

 まるで潮が引く様に、見物に集まっていた野次馬たちが引き下がっていく。


 怯えた様な彼らの表情から察するに、黒雷の余波が周囲にも伝達したのかもしれない。雷撃はもとより対象物の精神に強烈な負荷ストレスを与える闇魔術 恐怖テラーは、精神の弱い者がまともに浴びればショック死するほどの威力となる。感覚が鋭ければ僅かな余波でも、非常に強い負荷を感じることだろう。


「た、倒したのか?」


 背後に身を潜めたウィリアム氏が、恐る恐る聞いてくる。


 黒雷の直撃を浴びた亜種のユニコーンは、体から白煙を上げ四肢を地に着けたままで固まっていた。


「ええ、もう大丈夫ですよ」


 俺が答えると魔獣の巨体がぐらりと揺れ、激しい衝撃と共に地面へと伏した。


 驚いたウィリアム氏が抱き着いてくるが、小太りのおっさんに抱き着かれても嬉しくもなんともないので丁重に引き剥がす。


 ウィリアム氏を引き連れ魔獣の状態を検分すると、目立った外傷はあまりなく雷撃の威力もかなり削がれていることがわかった。決め手となったのは恐怖の方か。恐怖によって抵抗力が弱体化され、威力が通りやすくなったのかもしれない。


「ユニコーンを一撃で葬るとは、君は凄い魔術師だったのだな」


 俺の顔を覗き込み、ウィリアム氏が感嘆の声を漏らす。


「いえいえ、それほどでもありませんよ」


 一応謙遜しておく。だが、自分でも手応えのようなものは確かに感じていた。魔力制御は予想以上に使えるスキルであったといえる。自分の思うままに魔力の流れを調節できるのだ。体内を巡る魔力を使いたい分量、使いたいだけ取り出せるといった感じだろうか。自分の力が自在に操れるのだと実感できるのだ。


 ガスレンジで例えるなら、今までは弱、中、強の三段階しかなかった調節が、魔力制御を身に着けたことにより100段階くらいの感覚でより繊細な調整ができるようになった感じであろうか。


 繊細な操作が必要な魔術であれば、その恩恵は計り知れない。もちろん異なる魔術を掛け合わせる合成魔術の分野もその1つであろう。後でダリアさんにも相談してみるか。身近にいる人物で、最も魔術への造詣が深いのは彼女くらいだしな。



 そうこうしていると、燃え盛る貿易船から炎に包まれたアルドラが飛び出してきた。


「ずいぶんと遅かったじゃないか」


 アルドラが腕を振るうと、身を焦がしていた炎が風圧で掻き消える。


「ユニコーンは始末したようじゃな」


 アルドラは素材の価値を思い出し、四肢を折った状態のユニコーンを船外に放り出したのだという。俺が見たときには万全の状態であったがな。まぁ、それはいい。


「その手にあるのは何だ?」


 アルドラが掴む手には何かの塊が握られていた。


「妙なものを見つけてな。何かと気になって持ってきたんじゃ」


 掴まれた肉塊がもぞもぞと蠢く。何それ、生きてるの。


 フェイリア 死霊Lv8


 何かと思ったら魔物か。ウィリアム氏は肉塊を目にすると、見る間に青ざめ狼狽え始めた。


「そんな、一体どこでそれを――」 


 

 ウィリアム氏がすっかり元気をなくして焦燥してしまったので、代わりに彼に従う下男が教えてくた。

 

 ウィリアム氏は若い頃に見習い商人として忙しく各地を奔走していたこと。その仕事の中で奥方と出会い、やがて娘を授かったこと。貴族からの出資で船を用意し冒険者を雇い入れ、自らも船に乗って貿易商として成功を収めたこと。仕事で家を空けている間に、妻と娘を黒斑病で亡くしてしまったこと。


「黒斑病は人族の間で流行った病じゃな。わしが冒険者をしていた頃に、ベイルでも流行っていた時期があったと記憶しておる。特効薬が生み出されてからは、被害が収束したとも聞いたきがするが」

 

「ウィリアム様の奥様とお嬢様は病気の進行が早く、薬が間に合わなかったそうです。当時は商売を拡大し続けていた時期でして、奥様にも経営している店の一つを任せていたそうです。慣れない仕事で無理をさせたと。ウィリアム様は今でも当時のことを悔やまれておられるのです」


 アルドラの手の中で肉塊が蠢く。そして呻き声とも聞こえる奇妙な音を吐き出した。その声を聴いたウィリアム氏は、悲痛な表情を浮かべて身震いした。


「ウィリアム様は奥様と娘さんを亡くしたことに自責の念を感じておりました。悲しい思い出を払拭するために仕事に打ち込んでも、後ろ暗い思いが消えることはありませんでした。そうしてウィリアム様は決心されたのです」


 ウィリアム氏は元々古いものを集める趣味があった。骨董品という奴だ。商売柄、そういった物が手に入りやすかったというのもあるし、商売相手との話のネタにも、時に本命の商売における道具にも使えた。趣味と実益を兼ねた物だった。


 そんな品々の中に古い魔法薬に関する書物があった。著者はとある国を追われた錬金術師で、内容からして胡散臭い紛い物と言われていた。だが、ウィリアム氏はその本をなぜか気に入り、収集品の1つに加えていた。

 

 書物の中で紹介されていた魔法薬の数々。若返りの妙薬。性別反転の奇薬。惚れ薬。念じた相手を呪い殺す呪殺薬。どれも効果のある魔法薬だと立証されておらず、錬金術師の界隈でも質の悪いジョークの類と評価されている。


 そんな中にあったのが、魔法薬“黄泉がえり”であった。魂を失った死人に与えることで、魂を呼び戻す蘇生薬の一種である。ウィリアム氏は誰もが偽物だと唱える魔法薬に一つの希望を見出したのだ。


「黒斑病で亡くなった方の遺体は、とても見ていられない酷い状態になります。魔術による保存も考えましたが、とてもそれを決断できる状態にはありませんでした。それに、死体は適切な処理を施さなければ、不浄な存在として復活してしまうのです」


 伝手を頼って手に入れた死霊王の呪杖で、妻と娘の腐敗した肉体を保存の意味も込めて死霊化を試みた。妻の肉体は損傷の激しさなのか別の要因なのか、死霊化することは叶わなかったが娘の方は成功したという。死霊へと変化した肉体は醜い肉塊となって現世を彷徨うことになる。


「まさか、それが――」


「……はい」


 黄泉がえりの魔法薬に必要な素材というは、不死鳥の涙、ユニコーンの生き血。古竜の骨。黄金の蜂蜜酒。どれも希少価値の高い素材ばかり。


 不死鳥とユニコーンは揃えたが、他の素材は見つかってさえいない。長年に渡り探し求めても、そう簡単に見つかるものでも無いようだ。


「申し訳ありません、どうかこのことは内密に……」


 死者を蘇らせようとするのは、帝国では違法行為。女神教徒であれば処罰は免れない。蘇生薬、蘇生魔術の類の研究は禁術に指定され厳しく取り締まられている。


 話によるとルタリアを含めた他の国々でも、蘇生関係は似たような扱いのようだ。


 ただ実際には蘇生薬、蘇生魔術というのは神話の中での話で、おとぎ話などで語られるものに過ぎず、実在はしないとされている。もちろんそれは黄泉がえりにもいえることだった。


 ウィリアム氏の行為は、帝国の国内で行えばかなり危険とされる行動のようだ。どちらにせよ教会に見つかれば、面倒ごとは避けられない案件ではある。そういったこともあって、ウィリアム氏の立場を心配した下男は彼の行動を止めたい思いもあったのだという。


 しかし、その行動の原因も知っているので強くは言えないといった様子だった。


「わかりました。この話は聞かなかったことにします」


「ありがとうございます」


 下男は安心したように胸をなでおろす。


「それはいいのですけど……」


「ええ、わかっています。高名とされる錬金術師や魔術師にも意見を求めましたが、どの方も答えは同じでした」


 ウィリアム氏の顔には疲れが見える。彼の中ではすでに答えが出ているのだろう。


「カシマ殿、これも何かの縁と、あと1つ私の願いを聞いて貰えませんか」


 彼の訴えに俺は無言で承諾した。


 アルドラが手に捉えた肉塊を地面に降ろすと、俺はそれに向けて火葬を放った。


 僅かな呻き声を発し身もだえるが、すぐにそれは動かなくなった。そう時間も掛からずに、肉塊は灰の山へと姿を変える。


「良かったんですか?」


「はい。今まで決断できないでいましたが、ユニコーンを失い吹っ切れました。それに不死鳥の涙の採取方法もわかっていないのです。素材自体も足りないので、どうこういう話でもないのですが」


 黄泉がえりは偽物。多くの術者から突き付けられた事実であっても受け入れることはできなかった。それを今更ではあるが受け入れる決心がついたという。


「ユニコーンの素材はカシマ殿が御収めください」


「おお、ありがとうございます。いいのですか?」


「もちろんですよ。カシマ殿のお陰で被害を出すことなく場を収めることができたのですからね」


 死霊王の呪杖を返して代金を貰ってしまおうと思っていたが、杖は使えるので懐に収めることにした。念のために確認したところ問題ないようだ。


 ちなみに偽魔法薬の盲信に囚われたウィリアム氏を案じて、下男が適当な値段で勝手に売ってしまったのだそうだ。どうやら呪いの装備だとは知らなかったらしい。


 売却予定だったルタリア産の高級葡萄酒ベラドンナの買取もお願いしてみると、これも何かの縁だと快諾して貰えた。アルドラが飲み干してしまう前にあるだけ買い取ってもらおう。


 ついでに遺跡で見つけた海賊の財宝も鑑定してもらおうか。その辺はシフォンさんにも相談だな。話だけ通して置こう。


「ウィリアム様、見てください!」


 下男が慌てて声を上げると、足元でうずくまっていた不死鳥フェニックスが呻き声を上げた。


「くえええぇぇぇぇぇ」


 ウィリアム氏も見たことのない不死鳥の行動に、動揺を隠せないでいる。


 1匹3000万の鳥に、異常があったら大変だと大人たちの動きがつぶさに慌ただしくなると、不死鳥の尻から1つの卵が産み落とされた。


「くえええぇぇぇぇぇ」


 満足げな不死鳥。オレンジと黄色のマーブル模様という不思議な卵は、握りこぶし大もあって仄かに湯気を放っていた。

 

「た、卵? 凄い、凄いぞ。卵を産んだ!」


 卵を産んだのは、そんなに珍しいことなのか。繁殖させづらい種なのかな。まぁ、増やしやすかったら、こんな高額とはならないか。


 よく見ると不死鳥の眼がしらに涙が溜まっている。卵を産んだ際に力んで涙が出たらしい。ウィリアム氏は涙にも驚いている。ああ、不死鳥の涙って、魔法薬の素材なんだっけ。


 不死鳥の目元から涙が零れ落ち、ころころと地面を転がった。涙はいつの間にか無色透明の石に変化していた。まるで磨かれたダイヤのような輝きを放っている。これが不死鳥の涙か。


 

お読みいただき、ありがとうございます!

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