第211話 死霊王
「重くはありませんか?」
フルールは抱かれながらも不安な表情で聞いてくる。
「いや、ぜんぜん軽いよ」
背丈は俺と同じくらいだが、ずいぶんと軽い。人族とも森人族とも違った肌の感触。手足も細く華奢だが、痩せ細っているという感じではないな。無駄な贅肉がついていないアスリートみたいな体だ。
「あの、あまり触られるとくすぐったいです」
「ああ、悪い」
好奇心から無意識に手を出してしまった。申し訳ない。
闇の中を追ってくる気配。まだついてきてるな。しつこい奴らだ。
「話はまた後にしよう。まだついてきてるみたいだ」
「追いつかれますか?」
疾走スキルを使用している状態では追いつかれることはないと思うが、消費が大きすぎるのであまり長いこと使うわけにもいかないか。
魔物たちは確実にこちらの動きを把握しているようなので、追いつかれないという保証はない。
「うーん、そうだな。それよりも仕掛けている奴をどうにかした方が早いかもしれない」
聴覚探知は範囲内の音を拾ってくるスキルなのだが、範囲内すべての音を同時に拾ってくるわけではない。
イメージ的にはラジオの周波数を合わせるように、音源を探してチャンネルを切り替えるように音を拾ってきているようなのだ。
偶然だが森の中で会話する者たちの声を拾った。ノイズが酷いので会話の内容まではわからないが、確認してみる価値はある。
火魔術 火球 S級
超火力の熱エネルギーがファントムの集団を飲み込み周囲を焦土に変えた。
爆風が周囲一帯を薙ぎ払う。炎が森を焼き、熱風が上昇気流を生み出す。火の粉が夜空を舞い散り、紅蓮の炎が闇を照らした。
ファントムは焼き尽くされ灰となって消えた。ちょっとやり過ぎたかな。森がすごい勢いで燃えている。S級まで上げなくてもよかったか。枯れ木じゃないんだし、ちょっとくらいは大丈夫なんじゃね、なんて軽く思っていたが全然大丈夫じゃなかったな。
ごうごうと燃え上がる炎を前にしてフルールが無表情になっている。いや、ちょっと引いてる。魔物を排除するためだったのだが、完全にやり過ぎてしまった。
「あああああああああッッッ」
火の海となった森から、火達磨になった何者かが転がり出てきた。
水魔術 水刃 D級
圧力を抑えつつ水量を増やした水刃を放つ。手から放たれる高圧水流は刃となって岩も切り裂くそうだが、今回は威力を抑えているので水鉄砲くらいの威力だ。
「痛いッ、ちょッ、おまッ、ちょっおおおおおおお」
高圧水流で炎は消し飛ばしたが、水刃は予想以上にダメージがあったらしい。余計に弱った気がしないでもない。
「ふ、ふざけんなっ、何者だっ――」
ボロボロのローブをまとった男が、ふらふらと足元も頼りなく息を切らせ立ち上がった。
ドーナ・ミスラ 斥候Lv42
海人族 33歳 男性
特性:流動 皮膚感知
スキル:槍術D級 水魔術F級 風魔術B級 疾走C級 探知C級
死霊王の呪杖 魔杖 C級 魔術効果【死霊召喚 死霊使役】
盗賊の外套 魔装具 D級 魔術効果【隠密 隠蔽】
「何者だって、こっちのセリフなんだけど」
怪しい。怪しすぎる。スキルも装備も、犯人コイツじゃね?ってくらいに怪しい。特に死霊王の呪杖が、もうコレがファントムの根源で間違いないだろ。
状態:呪詛
しかも呪杖って呪われてるし。
「ははは、お前、人族かよ。あの女王、ついに帝国の人間にまで手を借りやがったか。ふざけやがって――」
男は懐から麻袋を取り出し、叩き付けるようにして中身をぶちまけた。ごろごろと握りこぶし大の石が地面を転がる。魔石か。魔眼で調べてみると、C級にB級と高ランクのものばかりだった。
「あんな女に任せていたら、ミスラはダメになっちまう」
「貴方は何を――」
「姫さん、あんたが居なくなれば海神祭はどうなるかな。女王の権威は失墜し、みんなは気づくことになるだろう。あれは偽物の指導者だってな。帝国に色目を使うような売女は、リーダーにはふさわしくないんだよ」
天を仰ぐように手を広げ、自らの演説に酔いしれる。男は徐に懐に忍ばせてあったナイフを取り出すと、勢いよく手首を切った。
鮮血が噴出し、地面を赤く染める。その光景に耐えられなかったのか、フルールは相手から目を背けた。
「あんな女の娘に生まれたばかりに、姫さんも災難だったな」
男が杖で地面を突くと、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
複雑な魔術文字が刻まれた緋色の魔法陣。地面を転がる魔石が、沈むように次々と魔法陣に飲み込まれていく。
すべての魔石を飲み込むと、それを合図とするかのように巨大な黒い影が魔法陣から這い出てきた。
ファントムロード 死霊Lv48
姿を現したのはボロ布をまとった巨人のスケルトンだった。禍々しい赤黒い骨の体がボロ布から見え隠れする。
頭に王冠。巨大な宝石を中心に添えた金の首飾り。骸骨を無数により集めた悪趣味な棍棒を手に備えた怪物だ。
溢れる膨大な魔力。どうやら強力な闇付与をまとっているらしい。その体から黒いオーラが滲み出ているのが見えた。
「ははははっ。お前も魔術師なら知っているだろう。あらゆる死霊を束ねる冥界の王、ファントムロードだ。魔術を極めた賢者が、更なる魔術を追い求め闇に落ちたという化物さ。あらゆる魔術を操り、また敵から向けられた魔術を無効化する魔術師の天敵。召喚するのに使役者の大量の血液と魔石が必要なのが厄介なところだが、まぁ、いい。これで目的は達成される」
男はふらふらになりながらも丁寧に説明してくれた。弱ってるくせに無茶する奴だ。
それはそうと、確かに強そうだな。強ボス感が半端ない。
「オロロロロロロロロロロロロッ」
ファントムロードが謎の咆哮を上げると、骸骨の棍棒を高々と掲げた。その刹那、先端から無数の落雷が降り注ぐ。
「きゃっ――」
凛々しい顔立ちだが、意外と小さく可愛い悲鳴を上げるフルールを覆いかぶさるようにして守った。
轟音と閃光。無数の落雷が周囲の地面を抉り、遠くから男の高笑いが聞こえたが結果として落雷は1発も当たらなかった。
たぶん雷精霊の加護だろう。今までの経験上、当たったとしてもダメージにはならなかったと思うが。
「なに、避けただと?馬鹿な……」
聴覚探知で男の呟きが聞こえたが、残念ながら避けたつもりはない。
火魔術 火葬 S級
死霊を浄化する聖なる炎が、魔物の体を炎で包み込んだ。火葬の炎は対死霊に特化した特殊な魔術。一度燃え上がった炎は、死霊を焼き尽くすまで消えることは無い。
「くくくくっ、そのような並みの魔術でファントムロードが倒せるものか」
そういっていた男の余裕はすぐに消え去った。火葬の炎はファントムロードの体を無慈悲に焼き尽くしていく。
「えーーー?」
がらんと音を立てて王冠が地面に転がった。既に真っ黒にすすけて、威厳の欠片すらない。首飾りが燃え落ち、宝石が地面を転がる。骸骨の棍棒も手から離れると、地面にぶつかり砕け散乱した。
宝石がこちらへと転がってきたので拾い上げる。魔眼で見ると宝石ではなく、普通の魔石だった。見た目は透明で宝石のようなのに、普通の魔石とはとんだイミテーションだな。拾った魔石からは魔力制御のスキルを修得した。
おお、魔力制御か。念願のスキルが、こんな場面で手に入るとは。
「火葬だと?いや、そんな馬鹿な。低級の魔術など火葬だとしても無効化できるはず……」
低級の火葬だと無効化されちゃうのか。流石はファントムロード。雑魚じゃなかったんだな。
予想外の事態なのか、男は困惑したかのように独り言を繰り返している。
それにしてもC、Bを大量に使ってB級の魔物1体を召喚するなら微妙かなとも思ったが、普通に相手するならB級の魔物は相当に強いはずなので自在に命令できるなら結構強力なのか。
火葬で焼き尽くされたファントムロードは、ついに灰の山と姿を変えた。
ありがとうファントムロード。君の死は無駄にしない。
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