第209話 湖の貴婦人
「夜も警備してるとは意外と真面目なんだな」
警備のミスラ戦士団はあまりやる気があるようには見えなかったので、夜には人が居ないのではないかと疑っていたが、そんなこともなかったようだ。
一旦屋敷に帰ってから、日が落ちたのを確認し再びミスラ島の北へと向かう。エルダートレントの樹脂だけなら、俺一人でも問題ないのでリザには留守番してもらった。
シダさんの親父さん所へ顔を出すのも今度でいいな。気難しいって言っていたし、初めて会うのにあまり遅い時間に出向くのも失礼だろう。
隠密、隠蔽、軽業にスキルを調整し、警備を迂回して北を目指す。目的地の池は幅500mくらいはあるらしいので、地形探知を使って探りながら行けば見逃すことは無いだろう。
シダさんに貰った地図と盗賊の地図を見比べおおよその見当は付いた。
軽業の効果によって移動は順調だ。大森林と比べれば魔物らしい魔物もおらず、ときおり小型の魔獣が姿を見せる程度。それも脅威となるレベルのものではないで、戦闘になることもない。
ミスラ島の夜の森はとても静かだった。魔物自体が少ないので当然なのだろう。まぁ、ザッハカーク大森林は魔の森って言われるほど魔物が多くて有名な土地らしいから、比べること自体間違っているのかもしれないが。
盗賊の地図を確認するとミスラ島の大部分が表記されるようになった。シダさんの教えてくれた池もすぐに見つかり、後はエルダートレントがいるかどうかだ。
擬態していても魔眼があれば問題ないので、さっさと見つけて帰るか。
この池の周辺は他の場所とは植生が違うようだな。大森林とまではいかないが、それなりに大きな木が生い茂っている。おそらくトレントはこの中にいるのだろう。数は限られるので探し出すのは容易だろう。
予想通り時間を取られることもなくエルダートレントを発見すると雷撃で瞬殺した。衝撃で大半を吹き飛ばされたトレントの樹皮に、刃で深く傷をつけ樹脂を回収する。
前もって用意してあった瓶に3本分。これだけあれば十分だろう。
樹皮を傷つけるために取り出したクレイモアをしげしげと眺める。セイレーンとの戦闘で雷撃を浴び、大きく損傷させてしまった。この酷い状態は鍛冶屋でも治すのは難しいかもしれない。
虫食いのように刃が欠け落ちているのだ。ベイルに帰ったらヴィムに相談するか。
目的の樹脂は手に入ったが、エルダートレントの魔石も狙ってみようかと池を一回りしてから帰ることにした。数は少ないが池の周辺には何体かのトレントがいるようだ。運が良ければ魔石も得られるだろう。
魔石“光合成”
ついでにと追加で倒したエルダートレントの魔石から、狙い通りに新たなスキル“光合成”を獲得できた。
どうやらこれは日光を浴びることで傷を癒すスキルらしい。
さて、魔石も回収したし、シダさんの頼みも終わったので後は帰るだけだな。盗賊の地図の更新を埋めるために帰りは別のルートを通って帰るか。
探知スキルを使用しつつ移動すると、近い距離に強い魔力の存在を感じる。
魔物の雰囲気ではないと思うが、軽く確認はしておくか。感触ではミスラ戦士団ではないような気もする。
魔力の発する場所へ近づくと、夜の闇の中を何か発光体が通過するのを目撃した。
青白く光るそれは羽を広げた飛魚のようだ。いくつもの飛魚が闇の中を泳いでいる。
魔眼で見破るとそれが氷精霊の化身だとわかった。飛魚に導かれるように俺は精霊の軌跡を追った。
そこは霧の立ち込める湖だった。地形探知で見ると腰程度の水深しかないようだが、複雑な地形に木々が生い茂り先の方は見えない。
飛魚の精霊が霧の中へと消えていく。その先にいる存在を確かめるべく、静かに湖へと足を踏み入れた。
微かに聞こえる水音。立ち込める霧。舞い踊る精霊の輪の中に、静かに佇む人影があった。
長く伸びた髪は水面に広がり、細い体を包むのは薄い布1枚。月の光を浴び、濡れた布がピタリと体に張り付く。女性らしい滑らかな曲線が、神秘的な月光の下に顕わにされていた。
精霊と対話するような仕草。精霊の加護を受けているものでも、その存在を感じられない見えないという者もいるが、その存在を感じ見える者は精霊使いと呼ばれる。彼女は後者なのだろう。
精霊使いであれば少し話をしてみたいところだが、このような場所に押し入ってくるのは些か無作法だろうか。夜に姿を消して近づき、水浴びしてる半裸の女に話しかけるとか、客観的に見たらちょっと犯罪的だもんな。
どうしようかなと悩んでいると、魔力探知が不穏な気配を捉える。
霧の中から姿を見せたのは、彼女を取り囲むように出現した無数の魔物の姿だった。
「――ぇ!?」
精霊使いの女は、突然の魔物の姿に驚きの声を上げる。
ファントム 死霊Lv26
剣、槍、盾、鎚、斧と様々な得物を手にしたスケルトンの集団。普通のスケルトンとは違い、漆黒の骸骨という変異種。
カタカタカタ
武器を構えた骨の集団は、しゃれこうべから乾いた音を打ち鳴らし、水を掻き分けその包囲を狭めていった。
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