第208話 ミスラ島北部へ
「工房の場所を描いてやろう。近くまで行ったら、その辺の者に聞けばいい。首飾りを見せれば、ミスラの庇護下にある客人だとわかってくれるはずだ」
シダさんは羊皮紙の切れ端に簡単な地図を描いてくれた。非常にざっくりとした地図で、これだけでは辿り着けそうにないが盗賊の地図もあるので何とかなるだろう。せっかくの好意なのでありがたく受け取っておく。
「ありがとうございます。訊ねてみますね」
「ああ、そうだ。ついでにといっちゃ何なんだが――」
シダさんは情報の対価に1つの頼みごとを聞いてくれないかという。
「エルダートレントの樹脂ですか」
「ああ、ミスラ島の北にある池の周辺に数体いるはずなんだ。そのあたりは一般のミスラ族でも許可がないと立ち入れなくてね。その首飾りを持つ者なら問題はないと思うのだが」
トレントの上位種であるエルダートレントの樹脂は、船を造る際の接着剤に利用されるらしい。レヴィア諸島では生息数が限られるので、値段というよりも数が少なく手に入りづらいのだとか。
必要な量を確保するには時間が掛かるので、直接採取してもらえないかという話だった。
「もちろん礼はするぞ」
「いや、いいですよ。取ってきます。修理のお手伝いができるなら望むところですし。それに船にダメージを与えたのは俺の指示のせいでしょうからね」
シダさんは気にするなと言ってくれたが、そういうわけにも行かないだろう。
「情報の礼も兼ねて手伝いましょう」
そういうとシダさんも頷いてくれた。
「正直助かるよ。品が入ってくるのを待ってると、何時になるかわからんからな」
トレントの上位種という話だが、強さはそうでもないらしい。トレントとそれほど違いはなく、単純に体が大きいだけのようだ。その巨体故に動きも鈍いそうなので、遠距離からの魔術で倒せるのだという。池の周辺で異様に大きな個体がトレントで、見ればすぐにわかるそうだ。
盗賊の地図を取り出し、シダさんから受け取った地図と照らし合わせる。だいたいの場所は把握したので、あとは行けばわかるだろう。
雷魔術を使えばエルダートレントの数体程度どうということもない。実際にいるかどうか確認する必要もあるし、それほど距離もないのでこのまま採取してくるとするか。
目的の場所を目指して疾走スキルを発動させる。ミスラ島は大森林と比べれば、大きくはない島だ。迷ったとしても現在地を確認できる盗賊の地図があれば、そう苦労せず目的地には辿り着けるだろう。
海岸近くに広がる住宅地を抜けると、岩場が連なるような場所に出る。更に進むと背の低い森が広がっていた。大森林とは違った植生だ。あの森に広がるような空を覆いつくす巨木は1本もなく、鋭い棘を持つ茨のような樹木が地面を覆うように生えている。
この中を疾走で進むのは少々躊躇われる。疾走スキルを解除し、軽業スキルと耐久強化を駆使して可能な限り茨を回避して進むことにした。
「おい、誰に断ってこの地に入り込んでいる!」
何処からともなく聞こえる怒鳴り声。それは若い男の声だった。姿は見えない。高圧的な声からは、こちらへと向けられたはっきりとした敵意を感じた。
探知スキルで周囲を確認する。姿は見えないが3人いるな。既に囲まれている。
「そこを動くなよ。下手な行動を起こせば容赦はしない」
ソラ・ミスラ 戦士Lv22
海人族 12歳 男性
特性:流動 皮膚感知
スキル:槍術D級 風魔術D級 隠密E級 探知E級 軽業E級
姿を見せたのは、まだ幼さの残る海人族の少年戦士だった。槍の穂先をこちらへと向け、厳しい表情を崩さない。
俺は断りを入れ、首飾りを提示した。シダさんの話であれば、これで通行許可が貰えるはずだ。
「C級の首飾り……レイシ様の客人か」
首飾りを見た少年がぼそりと呟いた。近くの藪から更に1人の少年が姿を現した。
「どうする?本物みたいだけど」
「レイシ様は珍しいもの好きだからな。この前も竜人だとか、わけのわからん奴を海で拾って屋敷に住まわせてるって話だったろ」
「あー、そうだったな。あれ黒髪の人族か。確かに帝国人じゃなさそうだし、珍しいのかなー」
「報告どうする?女王様ってさ、最近機嫌悪いから屋敷にあんまり近づきたくないんだけど。あそこの連中もろともピリついてるじゃん。お前報告行ってくれる?」
「ええ、俺も嫌だわー」
ごそごそと話し合う少年たち。話が纏まったのか、片方がこちらへと向き直った。
「この首飾りが本物か確かめる。確認ができ次第連絡するので、今回は引き返し沙汰を待ってもらおう」
少年は無表情で言い放った。おい、さっき本物だって言ってただろ。つうかお前らすぐに報告するつもりないな。じっと少年の眼を見つめると、思わず反らされた。こいつら……
ここで彼らを無視して進むのは問題になるだろう。かといって連絡するという話がどうなるかは信用できない。仕方ない別の手段で行くか。
俺は大人しく引き下がり、夜の闇が深くなるを待つことにした。
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