第21話 冒険者の街を目指して2
交渉は滞り無くうまくいった。
対価として乾燥黒華豆を渡すと、大いに喜ばれ納屋に新しい寝藁を敷いてくれた。
厚く敷かれた藁の上に寝袋を開いて敷き、掛け布団にと荷物から毛布を出した。
俺の持っている寝袋は封筒型なので、開いて使うことができるのだ。
その日は干し肉などを齧って晩飯とし、早々に就寝した。
朝起きると俺の胸でスヤスヤと眠るリザを発見する。
数日風呂に入ってないので、汗臭いんじゃないかと心配になったが、寝顔をそっとみれば穏やかな顔であったので、そのあたりは考えないことにした。
それにしても、可愛い寝顔である。
あまりじっと顔を覗き込むことなんてなかったが、こうして見てみると本当に美人だな。
思わず俺は、彼女の美しい翡翠の髪に手を触れる。
すごいサラサラだ。
彼女も風呂には入っていないはず、と思ったが俺が知らないだけで、どこかで済ませていたかもしれないな。
昨日も俺は途中で記憶を失っているが、リザはそれほど飲んでいなかったようだし。
とても触り心地がよいので、なんとなく頭を撫でていると、リザと目があった。
そりゃ寝てるところに、頭撫でてたら起きるよな……
「お、おはよう」
「……おはようございます」
若干声が上ずってしまう俺。
別にやましい気持ちでは無かったのだが、なんとなく悪いことしてしまった感がある。
「……ジン様は女の髪がお好きなのですか?」
リザは表情も無くそういうと、俺はまるで尋問を受けているような気持ちになった。
「いや、リザの髪があまりに美しかったもので、ついな。すまん」
するとリザは穏やかな優しい声で、
「私ジン様に触れられるの、好きですよ」
いたずらっぽく小さく笑った。
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村にあった井戸を借りて身支度を整えた俺達は、村を出る前に村長宅へ挨拶に行くと、朝の食事にとパンと果物を貰った。
対価にと渡した黒華豆は、希少で市場に出れば高く取引されるものらしいので、それで機嫌がよいのだろう。
まぁ豆を渡す時、リザが少し残念そうな顔をしてたが、致し方あるまい。
渡していいもので、それなりに価値のありそうな物をと思ってそれにしたのだ。
それほど量は残っていなかったが、喜んでいたようだし、まぁいいだろう。
俺達は互いに脚力強化、腕力強化、隠蔽を付与して街道を進んだ。
このまま進んでいけば、夜までにはベイルに着きそうだという。
日が落ちると城壁の門は閉じてしまうそうだが、城壁の近くまでいけば魔物に出会う危険も少なく、見回りをしている衛兵もいることから、比較的安全に野営できるそうなのだ。
「ジン様、ベイルについて冒険者になった後は、しばらくベイルで冒険者稼業をなされる予定なんですか?」
「そうだな。まぁ予定ってほど、先のことは考えてないけど。たぶん元の世界には帰れないだろうし、ベイルで安宿でも借りて、街の生活に慣れようかなとは思ってる」
「そうなんですね……故郷には帰らないんですね……」
うんうんと、1人何かなっとくしているリザ。
どことなく嬉しそうな表情をしている。
「まぁ、帰っても恋人が居るわけでもないし、両親はとうにの昔に亡くしてるから、絶対に帰りたいとも思ってないしね」
「でしたら、ベイルに着いたら私が家族と住んでる家に来てもらえませんか?空き部屋はまだありますし、狭い家ですがジン様が来ていただければ、みんな喜ぶと思います」
リザは期待を込めた表情で、そう提案した。
「いや、俺が行ったら迷惑じゃないかな?1日、2日ならまだしも、知らない人が家に来たら、家族の人も嫌がると思うんだけど」
「いいえ、そんなことありません!私は母と妹と3人暮らしなのですが、やはり男手がないと困ることもありますし、女だけの家ですと心配なこともありますし……あ、いえ、私達の都合で来てもらうのは失礼かもしれませんが、私もジン様に来てもらったら、嬉しいというか……えっと……」
なんか最後のほうの言葉が、どんどん小さくなっていって、あんまり聞こえなかったんだけど、社交辞令で誘ってくれてるわけでもないのかな。
まぁ迷惑そうだったら、ちょっと挨拶して、適当な理由つけて出ればいいか。
「リザがいいなら、お言葉に甘えるかな」
「はい!甘えてください!」
リザはすごいいい笑顔で、そう答えた。
俺達はベイルを目指して、街道を進んだ。
空は青く、いい天気だ。
風は少し涼しいが、寒いという程でもない。
俺はリザと他愛もない話をしながら、ゆっくり歩く。
特に急ぐ用事もない。
目的地までそう遠くもないし、焦る必要もないだろう。
そろそろ昼の休憩にしようかと思っていると、街道から少し離れた林の中で、人の叫ぶ声が聞こえた。
魔力探知には複数の気配。
「誰か戦ってるみたいだ。一応確認しようか」
「はいっ」
レウード 剣士Lv18
ザック 薬師Lv17
ミラル 狩人Lv17
レニー 魔術師Lv16
街道から外れ、林の中へ入って行くと、低い崖を下った先に男女4人組が戦っている。
複数の魔物に囲まれ、戦局は防戦一方のようだった。
ワイルドドック 魔獣Lv6
魔物は痩せた犬を思わせるワイルドドック。
俺も森で戦った経験がある、決して強いとは言えない魔物だ。
十数匹に囲まれているとはいえ、魔術師もいるし、このレベル差で負けることはないだろう。
と思っていると、魔術師の少女は手から杖を落とし、膝を突いて地面に崩れ落ちた。
「レニー!?大丈夫か?」
「ごめん、もう魔力が……私を置いて、みんなは逃げてッ」
少女の悲痛な叫びが、あたりに響いた。
「ばかやろう!仲間を見捨てられるかよッ!」
男は吐き捨てるように、言い放つ。
「ザックの言うとおりよ!私達は生きるも死ぬも一緒だって、このPTを結成したときに決めたじゃない!」
「おいおい、諦めるのが早すぎるぜ!この俺がついてるんだ、仲間は誰も死なせねぇよッ!」
剣士の鋭い斬撃が、正面の魔獣を両断する。
「レウード!危ない後ろッ!」
「ちいッ!」
背後からの魔獣の攻撃に、負傷する剣士。
あまり状況はよく無さそうだ。
手を貸すか。
「リザ助けに行こう」
「……はい」
少し離れて様子を伺っていた俺は、彼らの前に現れ叫んだ。
「助けはいるか!?手を貸すぞ!」
4人組の視線が一瞬集まる。
「頼む!助けてくれ!」
剣士の男が叫んだ。
「わかった!」
雷魔術 C級
荷物を投げ捨て、ポイントを変更し俺は、魔獣目掛けて、走りだす。
4人組のもとへ素早く駆けつけると、両手のひらからそれぞれ、紫電を放ち、魔獣を蹴散らしていった。
俺には敵わないと知った魔獣は、ターゲットを魔術師の少女に集中させるが、崖の上からリザは風球を放って魔獣の攻撃を妨害した。
「ありがとう、助かった」
背の高い短い金髪の剣士と、握手を交わす。
「いや、大したことはしてないよ」
「そんなことはない。君たちが来てくれなかったら、仲間が大怪我していたところだった」
「本当にありがとう。もう駄目かと思いました」
魔術師の少女は、よろよろと立ち上がり、仲間に支えられながら頭を下げた。
ぐううぅ~
「ちょっとザック!?」
「わりぃ、安心したら腹減っちまって……なぁ、よかったらあんたらも一緒にどうだ?お礼といっちゃあ何だが、俺は一応調理スキル持ちなんだ。それなりのもん食わせれると思うぜ」
そうだな、まだ昼もまだだしな……
異世界の人々との交流もしてみたいし。
「じゃあ、いただこうかな」
ザック達は戦闘があった林から出て、街道にほど近い場所で、火を起こし、調理を始めた。
調理担当はザックのみらしく、彼は1人で手際よく、調理を進めていく。
俺達はそれを葡萄酒を飲みながら待つことにした。
「みんなは冒険者なのか?」
「そうだ。それぞれ田舎の村から出てきてベイルで知り合ったんだ。1人で冒険者稼業を続けるには、いずれ限界がくるからな」
「どんな人だって得手不得手があるからね。お互いに足りない部分を補い合うのが仲間さ」
「えぇ、ですがただ補い合うだけがPTではありません。ときに何倍もの力を発揮する。それがPTでの連携です」
「あぁ、連携ができるPTは強いぞ。強いPTは稼げる。まぁ簡単じゃないがな」
しばらくすると、料理が出来上がった。
なんとも美味そうな匂いが立ち込める。
肉と芋を蒸し焼きにした野趣溢れる料理だった。
「こんなのは上品に食うもんじゃねぇ。手掴みで齧り付くんだ。これは葡萄酒にあうぜ、さぁ飲んでくれ」
肉に齧り付き、葡萄酒で流し込む。
旨い。
シンプルな料理だが、微かにハーブが香り、肉の旨味を十分に引き出している。
ハーブはキツすぎず、肉を食った満足感がすごい。
葡萄酒も旨い。
防腐剤や余計な添加物が入っていないせいだろうか。
葡萄を感じる、どっしりとした濃厚な味だ。
本当に旨いな。
この世界に来て一番のヒットかもしれん。
ロンジさんの料理も美味かったが、ちょっとゲテモノ系だったしな。
これはストレートに旨い。
「気に入ってもらえてよかったぜ。じゃんじゃんやってくれ!」




