第206話 再会
「ジン様、大丈夫ですか?大変でしょうから、私もお持ちしますよ」
「いやいや、これくらい余裕だよ。それに何処の世界でも、荷物持ちは男の仕事だって相場が決まってるだろ」
背中に大きな荷袋を背負い、それぞれの手に大きな麻袋を抱える。すでに魔法鞄には空きがないので、このような状況になってしまっているのだが、このような状態になるならば鞄の中身を多少は減らしておくのだった。
俺たちは日用品と、魔法薬の素材の買い出しを兼ねて市場に来ている。こうしてリザと2人だけで行動するのも久しぶりのような気がするな。
セイレーンとの戦闘から、青の回廊への調査は一週間ほど続いた。調査は魔物への警戒も考え、泊まりこみではなく本部から毎日通うようにした。そのお陰で隊員の疲労も必要な物資も抑えられたので、かえって良かったのではと思う。
新たに発見した通路、別の場所にも潜んでいたグール。洞窟内に大量に生息する毒蛾。魔物から新たに得られたスキルはなかったが、調査隊本来の任務としては滞りなく進んでいたといって良いと思う。調査もひと段落と言ったところで、俺たちには休暇が与えられた。
それにしても市場は何時にもまして賑わっているな。心なしか湾に停泊している帆船の数も増えている気がする。この活気は祭りが近いせいなのだろうか。
冷やかしに市場を一通り巡ってから帰るとしようか。
「何か気になる物でもあったか?」
「あ、いえ」
リザの視線が何処かに注視しているのに気が付いて、その先を目で追ってみる。彼女の視線の先にいたのは、赤ん坊を抱いた若い海人族の女性だった。女性は俺たちの視線に気が付いたのか、こちらへ向かって微笑みかける。
「良かったら抱いてみますか?」
「えっ」
予想外の言葉にリザは少々戸惑っているようだ。
「抱かせて貰えば?」
リザって子供好きだったのかな。あまり子供と触れ合ってる場面は見たことない気がする。孤児院とかに薬を提供してるくらいだから、嫌いではないとは思うけど。
「……いいですか?」
「ええ、どうぞ」
女性は快く応じた。赤子はすやすやと眠っている。リザは壊れ物を扱うかのように、慎重に受け取りその胸に抱き寄せた。
「可愛いですね」
穏やかな表情を浮かべるリザ。赤ん坊は種族関係なく可愛いもんだな。こうして見ているだけでも、こっちまで穏やかな気分になれる気がする。
女性に話を聞くと、彼女は前に行ったレストランで助けた従業員の友人だったようだ。どうやら俺たちのことを知っていたようだな。
目覚めた赤ん坊がぐずりだしたので、リザは母親にそっと返した。赤ん坊も母親の腕の中に戻って落ち着きを取り戻したようだ。
「人族の中にもあなた達みたいな人もいるのね。頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
何を頑張るのかはよくわからないが、リザは赤ん坊を抱いて幸せそうだったので、まぁいいか。俺とリザは去っていく赤子と母親を、いつになく穏やかな気持ちで見送るのだった。
「ジン様、どうかしましたか?」
「ん?いや、何でもない」
広場にあった賢者の像を見上げる。メルキオール・セファルディア。あれから賢者のことを思い出し、調査隊でも知識が深そうなシフォンさんや、ダリアさん辺りに魔眼の能力は伏せつつ話を聞いてみたが有益な情報は得られなかった。
海人族というのは固有の文字を持たず歴史は口伝により伝えれるのみで、人族と関わるようになる以前の歴史はごく僅か断片的にしかわかってない。いや、ほとんどわからないといってもいいだろう。
人族の歴史家が調査しているらしいが、それも個人的なものであるらしく情報は少ない。とりあえず俺が現時点で得られる情報は無さそうというのは間違いなかった。
この地に導いたとされる歴史的偉人が、古代遺跡で今も亡霊となって彷徨っている。遺跡では亡霊の姿もあの1度だけしか見ていないし、わからないことを考えても仕方がない。何かを抱え込んでいる様子もあったし、再び出会ったときには接触を試みることも考えておくとするか。
借り受けている屋敷に戻ると何やら賑わった声が聞こえる。
もしかしたら調査隊の連中がサウナに入りに来ているのか。いや、それはないか。サウナを気に入った俺は屋敷の庭にもこっそり作ったのだが、リディルさんに見つかり結果他の隊員にも知られることになってしまった。そんなわけで本部の庭の方にもサウナを建設したのだった。
「くふふ。このヤキトリというもの、なかなかに美味だな。わらわの舌を唸らせるとは、存外に王国の料理も侮れん」
「ロゼ、このタレというのもイケるぞ。この味は帝国でも食べたことが無い」
「ほほう。塩も捨てがたいが、この甘辛い味が何とも堪らんな。わらわの好きな林檎酒ともよく合う」
「ねぇ~、ロゼぇ~。冷氷箱から、もう1本出しちゃっていい~?」
「仕方のない奴だな。もう1本だけだぞ」
「えへへ。ロゼ優しい~大好き~」
何処かで聞いた覚えのある声。様子を確認するため、リザと共に声のする方を窺った。
誰かが庭に設置したBBQコーナーで酒盛りしている。リザは強張った表情で杖を握りしめた。どんな状況なのかは不明だが、早まった行動は良くないとリザには杖を下げさせる。
あれは凶鮫旅団の連中か。彼女たちの様子を見れば先日の復讐というわけでもないのだろうか。
「レバーと砂肝をお持ちしましたー」
BBQコーナーへと大皿に乗せた串を運ぶシアン。なんか居酒屋の店員みたいになってるぞ。
「おお、済まないな。君も一緒にどうだ?」
「いえ、私お酒は……」
「ロゼの進める酒が飲めないというのか?この林檎酒は帝国でも金五等に相当する上物だぞ!」
「ご、ごめんなさい」
「シアンちゃん、ちっちゃくって可愛い~。いい匂いする~」
「あ、ダメです。放してください――」
「ふん、子供には酒の味などわからんだろうからな。お、ロゼそっち焼けてるぞ。もう、そろそろいいんじゃないか?」
「ん?これはまだだろう。わらわはしっかり焼いた方が好みだ」
「いや、こういうのは焼きすぎると固くなって旨くないんだ。このくらいが丁度いい」
「まてまて、そっちはわらわの陣地だぞ。勝手に手を出すでない」
人の家で何勝手に盛り上がってるんだアイツら。シアンも酔っぱらに捕まっていいように弄ばれてしまっているし、そろそろ助けに入った方がいいか。
奥で焼き鳥を仕込んでいたミラさんとアルドラも合流し、俺たちはBBQコーナーに集まっていた。
「昼にみんなでと思っていた焼き鳥じゃよ。余分に作ってあったので良かったわ。せっかく来てくれた客を、持てなさんわけにはいかんじゃろう」
アルドラはそういって酒を片手に、大皿に盛られた肉をBBQコーナーで焼き始めた。
「それで一体何の用ですか?」
「くふふ。何の用ですかとは随分とつれないではないか」
「貴様、あの夜ロゼを無理矢理押し倒しておいて、それ以来一度も挨拶も無しとはどういうつもりだ!ロゼはお前が詫びに訪ねてくるのをずっと体を磨いて待っていたというのに!」
「え?いや、何ですかそれ」
「おい、シェリル、ちょっと待て。余計な話はせんでいい」
シェリルの文言にロゼリアは慌てて制止を求める。
「ロゼは不老故に無駄に歳は取っているが、未だに男と手を繋いだこともないような生娘なのだ!何せ元は亡国の姫君だからな。その時が来るまで清い体を守ってきたわけだが、こんな状況になって……いや、これは関係ないか。ともかく、あのように押し倒されたのはロゼにとっても初めてのこと。その責任は取ってもらう!」
彼女の術に掛かっていたときの記憶は酷く曖昧なもので、はっきりしたものではない。それ故、責任をとれと言われても困ってしまうのだが。そもそも、お前らが先に仕掛けてきたのだろうと言いたい。
困惑している俺の横に滑り込んできたブラックが、徐に腕を絡めとり自身の豊満な肉体を惜しげもなく密着させてくる。
「あのね~、ロゼはジンのことが気に入っちゃったみたいだよ?あの時の事が忘れられないんだって。私も同じだけどね~」
ブラックはそういって俺の耳をぺろりと舐めた。そうして彼女は揶揄うように、くすくすと笑う。
「うぬぬ、ブラック、お前は喋るな」
ふと強い視線を感じ首を動かさずに視線を送ると、背後からリザ、シアン、ミラさんの視線が突き刺さっているのを感じた。ジト目である。3人はそれぞれに怪訝な表情をこちらへと送って来ていた。
違うのだ。全くの誤解なのだ。弁解したいところだが、とりあえずこいつらを返してからにしよう。何故か呑気に宴会をしているが、こう見えても彼女たちは冒険者で言えばA級を越える実力者。ロゼリアに至ってはS級すら超える化物である。下手な対応をして暴れられても困るのだ。
「責任とれといっても困る。金ならないぞ」
「ばかもの。金なんぞ求めるものか。わらわが欲するものは、お主の身柄だ。ジン・カシマ。わらわの夫となり、我が悲願のために協力してくれ」
ほんのりと頬を染めるロゼリア。黙っていればリザに次ぐ美人といっても差し支えない美貌の持ち主である。またリザにはない挑発的な色香は、正直男として揺さぶられる部分がないとは言い切れない。思わずそういってしまうほどに、彼女は蠱惑的な魅力を秘めているのだ。
「悪いけど俺にはもう妻がいるのでね。他を当たってくれ」
俺はそういって背後に控える彼女たちを紹介した。
「ぐぬぬ、なんとエルフ娘が3人だと?」
リザとシアンを紹介したつもりが、一緒に並び座っていたミラさんまで……まぁ、ややこしくなるので改めて訂正する必要もないか。ミラさんも嫌がる素振りもないし、肯定しておこう。
「俺はあんた達と敵対するつもりはない。彼女たちに危害を加えないと約束してくれるなら協力できることは考えるよ。別に夫でなくとも協力関係は結べるのだろ?」
「ああ、そうだな……」
何故か少し寂しそうな表情を浮かべるロゼリア。ともあれ話し合いの結果、リザたちに危害を加えないことを約束してもらった。しかしロゼリアの話によれば、凶鮫旅団は決して一枚岩とは言えない組織である意味で寄せ集めの集団に過ぎないのだという。
ミスラ島に住む島民は元より、王国調査隊に属する者とも敵対しないように通達するが、下の者たちがそれを遵守するかは不明だという。
「やられたら、やり返す。それでいいんだな?」
「うむ。それでいい。相手の実力が図れる者であれば、迂闊に手を出すこともないだろうがな。それも理解できぬ馬鹿者であれば、庇う価値もないだろう」
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