第204話 サウナビーチ
セイレーンを撃破すると、生き残ったマーメイドは蜘蛛の子を散らすように逃走していった。
それは呪歌による支配が解除されたためか、単純にボスが倒されたせいなのかはわからない。
視線を動かすと、どうやら調査隊のほうも片付いたようだ。
「さぁ、皆休むのは戦利品を回収してからだよ!」
洞窟先の様子を既に確認してきたリディルから、調査隊を鼓舞する声が聞こえる。
怪我人はいるようだが、動けなくなるような重症の者はいないのが幸いだった。おそらく治療術で十分回復できるレベルだろう。
方々から力ない声が上がる。戦闘時間こそ、そこまで長いものではなかったが、何時ものとは勝手の違う戦闘に隊員たちも疲労の色を隠せないでいた。
ミスラ戦士団の2人は、そんな中でも我関せずといった様子で静観を続けていた。
原型を失った廃船からは、新たにいくつかの積み荷が発見された。
金貨満載といったものは出てこなったが、骨董品のようなものが何点かあったので価値がある物ではと隊員たちは期待しているようだ。
魔物から得られる価値ある素材、内在している魔石、魔物が手にしていた装備を可能な限り回収し洞窟を後にする。
ぽっかりと空いた洞窟の出口からは、波一つない入り江が広がっていた。周囲に存在するのは背の高い岩壁。いや、崖と言うべきか。盗賊の地図で状況を確認してみると、どうやらドーナツの輪ような形状をしている島のようだった。遺跡への出入り口はその内側にあった。
自然の岩が周囲を囲むように競りたち外と内とを隔てている。輪の中心は海水が溜まっていた。それほど深くないようだが、ここを通って船は洞窟へと入って行ったのか。
輪の一部には切れ目があり、外海と繋がっていて行き来できるようになっている。それも当然か、出なければ船が侵入してこられない。地図で見るとよくわかるのだが、入口が斜めになっているので遠目からでは島が輪になっていて内部に侵入できるとは気づかれないのだろう。
海賊はそれを利用して隠れ家にしていたのかもしれない。崖には鳥が巣を作っているらしく大型の海鳥が飛び交っているのが見えたが、好戦的な魔物の姿は無いようだ。閉ざされた入り江は波も静かで、水も比較的暖かい。海流からも切り離されているからかもしれない。
岩場と砂浜が混じったような海岸。隊員たちは思い思いの場所に腰を下ろし、疲労が限界に来たのか大きく息を吐いた。
手に入れた戦利品は本部へ帰還してから整理するとのことだ。今はまとめて一ヶ所に集められている。戦利品の処遇についてはシフォンさんにお任せするつもりだ。とはいえ、せっかくの機会なので魔石に内包されたスキルだけは修得させて頂くことにしよう。
マーメイドからは“水耐性”オーグルからは“採掘”と“斧術”グールからは“氷付与”ローパーからは魔術操作“誘導”セイレーンからは闇魔術“誘惑”を修得した。
水耐性で耐性がまた一段強化された。これがあれば水刃なども防げるようになるのだろう。採掘はリザの持つ採取と似たような系統だろうな。ミスラ鉱石を探すときに役に立つかもしれない。
斧術は今のところ使う予定はないが、武器系スキルは有用なのでそのうち使えるだろう。氷付与も便利そうだ。
誘導は火球など魔術の軌道を操作するスキルか。おそらく他者の軌道の操作できるのだろう。後で要検証だな。妨害の指輪と組み合わせれば、攻撃時は当然のこと魔術に対する防御面でより効果的なものになりそうだ。
誘惑はセイレーンの呪歌のことか。同様に精神操作系の魔術のようだ。これも強力なようだから要検証だろう。
洞窟内では時間が分かりにくかったが、そろそろ日が落ちようという頃合いだった。僅かに残った食料とアルドラの収納に保管されてあった食料、酒を放出し勝利の宴が始まった。
「救援要請の伝書鳩を本部に送っておいた。明朝には迎えが来るだろう。天幕は放逐してしまったので野ざらしとなるが、今夜はここで体を休め明朝帰還することになる」
リザは魔力の消耗からマナポーションを飲ませ横にさせている。傍にはミラさんが付いているので大丈夫だろう。俺は魔力に余裕のあったシアンから先ほど分けて貰ったので、幾ばくかは回復していた。マナポーションも飲んでいるので何か不測の事態があっても対処はできるはずだ。
迎えは来る時に送ってくれた海人族の漁師たち、シダさんと仲間の人たちがくるそうなので、船に乗り込みやすいようにと土魔術“創造”で岩を変形させ桟橋を作っておいた。これでミラさんを海に濡らさずに乗せることができるだろう。
それにしても返り血と汗で気持ちが悪いな。洗浄で粗方汚れは落としたが、風呂に入ってさっぱりとしたいところだ。
あー、そうだ。桟橋が作れるなら小屋くらい作れるかな。
試しに作ってみるだけなので、簡易的な物なので十分だろう。あまり大きく作っても温まるのに時間が掛かるからな。作ったことは無いけど何とかなるだろう。
「ジンよ、宴に参加せんと何をしとるんじゃ?」
浜辺で作業していると、背後から酒瓶を手にしたアルドラに呼びかけられた。
「返り血を浴びて、汗もかいたからな。さっぱりしようと思って、サウナでも作ろうかなと」
石で作った小屋を密閉して、その中で薪を燃やして温めるようにしようか。石なら一度温めれば、すぐには冷めないだろうしオーグルの毛皮とか貼っておけば多少熱も遮断できるんじゃないかな。
俺とアルドラの話を聞きつけ、酒に酔った隊員たちが集まってきた。
「何だ、面白そうなことやってるな」
「俺、北のほうの生まれだからサウナには煩いぜ」
「よし、みんなで完成させよう。手伝ってやる」
酔っぱらいの隊員たちが加わり、軽い気持ちで行っていたサウナ製作が盛り上がってしまった。
彼らの意見も取り入れて、それほど時間も掛からずに立派なサウナが完成した。
部屋には水を溜めた池を作り、火球を突っ込んで蒸気を作るようにしてある。加減を間違えなければ何とかなるもんだな。
サウナは10人ほどの男が一度に入れるものになった。体が火照ったら目の前の海に飛び込むというスタイルである。
酒に酔ってサウナに入るのは危険だった気がするが、まぁ多少なら大丈夫だろう。
いかつい全裸の男たちが密閉空間に集合した。包み込む熱気、溢れ出る蒸気、噴き上がる男たちの汗。戦いに疲れた男たちの癒し空間の完成だ。
ひさしく忘れていたが、俺は風呂も大好きだがサウナも大好きなのだ。こうして仲間たちとの裸の付き合いもたまにはいいものだろう。
サウナは彼らにも好評で、その夜は思う存分に久しぶりのサウナを堪能したのだった。
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