第201話 青の回廊10
「何やら船の上にいるようじゃな」
ここから結構な距離があるが、アルドラには見えているようだ。
まるで巨人かというような巨体に、下半身は蛇のように長く伸びた異形の姿。群れの中心にいることからも、それが中枢を担う存在なのだと予測できるという。
しかし、ここから感じる魔力の強さ。いや質とでも言うべきか。これは――
「ん?あぁ、そうじゃな。片腕を引きずっておるようだし、あの時の奴で間違いないじゃろうな」
シダさんの船でミスラ島までの道中に出くわした、あの時のセイレーンか。話によればセイレーンというのは、マーメイドの中から一定の条件下で成長する特殊な個体。希少種という奴だ。
その巨体だけでも十分に脅威となるが、魔術を操り人を惑わす音を発することで海人族からも恐れられる魔物である。魔物の群れというのも、そのあたりの能力の効果なのかもしれない。
ここの正確な位置は掴めていないが、ミスラ島からはそれほど離れていないだろう。俺たちが奴を引き連れてきてしまった。そう考えるのが自然か。
皆を巻き込むのは本意ではないが、あれを放置するのも目覚めが悪い。できればこの場で対処したいところ。
ということで俺は1つの提案としてシフォンさんに進言してみた。
「なるほどな。確かにセイレーンを放置するのは危険かもしれない。あれほどの魔物となると、ミスラ戦士団でも討伐するには苦労するだろう」
海人族に被害が及べば彼らとの関係悪化に繋がる。それは調査を続けるという意味では避けたい事態。俺が呼び寄せてしまった魔物かもしれないが、俺も調査隊の1人なのだ。それを汲んでシフォンさんは調査隊の問題と捉えてくれているのだろうと思いたい。
「おいおい、お前が引っ張ってきた魔物を、俺たちにも手伝わそうっていうのか?それは都合が良すぎるんじゃねぇの?」
納得のいかないレドが食いついてきた。
「いえ、討伐は俺とアルドラでやりますので、出来ればリザ、シアン、ミラさんの安全だけでも確保して頂けると助かります」
「私はジン様のお手伝いに参加しますので問題ありません」
俺の言いようにリザが即座に反応した。
「いやいや、ちょっと待て。下手に手を出したら、こっちにも魔物が来るかもしれない。簡単に考えるのは――」
どうするべきかと、考えが纏まらずそれぞれに意見を言い合っていると、調査に出向いていたリディルが戻ってきた。
「結構な数のオーグルに、たぶんアレ元海賊のグールかな。他にもローパーとかマーメイドとか。あの廃船の向こうに出口があるから、連中処理しないと安全に脱出ってわけにはいかないかもね」
ローパーという魔物は見たことないが、肉の塊のような本体に無数の触手を生やした魔物らしい。周囲の空間を狂わせ魔術を妨害する能力があるらしく、魔術師殺しの異名を持つ魔物でもある。
「そうか、そうだな。食料も限られているし、大半の物資は放逐してきたからな。いつまでも、ここにいるわけにも行くまい。体力のあるうちに動くか」
「ちょっと待ってください。話に聞くだけでも、魔物の数が多すぎるでしょうよ」
「魔物の数もそうだけどね。なんか連中の持ってる得物も厄介そうなんだけど」
リディルの話によると、おそらく海賊の残して行ったものと思われる刀剣類をオーグルやグールが使っているようだ。
「見た感じ魔剣っぽいのもあるしねー」
「え、魔剣ですか?」
「うん。あれ、レド・バーニア君、魔剣に興味あるの?」
「いや、そりゃあるでしょう。俺も剣士ですし……」
「ふぅん?私が見た所だけどね、あれは――」
手に取って鑑定したわけではないので何とも言えないところだが、それなりに高価なもの魔物たちが流用しているようだ。
上手く制圧すれば先ほど手に入れた財宝以上のものが懐に入るかもしれない。リディルからもたらされたその情報は、隊員たちを奮起させるには十分なものだった。
「あー、何時までも、ここで縮こまっていても仕方ないですしね。脱出のためには止むを得ないでしょう」
反対していたレドも討伐に協力してくれることになった。他の隊員の表情を見渡すがこれ以上反対意見を言う者はいないようだ。
「一応俺から作戦があるんですけど、聞いて貰ってもいいですか?」
とは言っても作戦と呼べるほどの大層なものでもない。単純に俺が魔物の群れの中へと単独で突入、現場を混乱させつつセイレーンを討つというものだ。
「騒ぎを起こせば、セイレーンが警戒して逃げてしまうのでは?」
隊員の1人が疑問を浮かべた。
「いや、たぶん逃げないと思いますよ。かなりしつこい奴でしたから」
ここまで追ってきたのも、その執念からだろう。逃げるなら既に縄張りに帰っているはず。
「単独で突入して大丈夫なのか?」
別の隊員が危険だと忠告する。
「大丈夫です。可能であれば、補助があれば更に楽になるのですが」
俺が現場を混乱させた後に、時間差で突入し魔物を各個撃破する者を選出する。攻撃能力が高く、単独でも生存能力が高い者だ。
自己申告からアルドラ、フィール、リディル、レド、シフォンさんのゴーレムが参加することになった。
俺とリザはコンビで突入する手筈だ。ダメだと言っても付いてきそうなので、それなら最初から行動を共にしていたほうが動きやすい。
他の隊員は外側から攻め、魔物の逃げ場を封じる。ミラさんは後方で待機し、怪我人の回復に専念。シアンとネロは彼女の護衛だ。
「ローパーを先に探し出して殲滅しようかの。あれがいては邪魔になるじゃろう」
「そうだ、そうだな。そうしてくれ」
「ジン様、魔法薬を用意してあります。セイレーンが相手でしたら必要になるかと」
魅了耐性ポーション 魔法薬 D級
リザが用意した魔法薬を調査隊の全員に配った。
「セイレーンは他者を操る魔力を、音に乗せて放つと言います。これがあれば何もしないよりは、抵抗力も上がるはずです」
「そうか。よく用意しておいてくれた。助かる」
「はい。これも人魚の素材が必要でしたので、丁度良く用意することができました」
剣術B級 体術D級 闘気C級 軽業C級 奇襲C級 警戒C級 耐性B級
スキルを変更し、鞄からクレイモアを取り出した。切れ味はムーンソードの方が上、貫通力なら鎧通しだが、一撃の破壊力で言えばこちらのほうが分があるだろう。
今回は戦闘に特化したスキル構成だ。乱戦になるだろうから、そのあたりも考慮してある。後はリザのサポートにも期待といった具合だ。
「よし、行くとするか。リザ問題ないか?」
「はい。いつでも行けます」
リザは杖を握りしめ、脚力強化をそれぞれに付与する。
「ジンさんお気を付けて」
「兄様、ご無事で」
「行ってくる」
足場の悪い地形を音を立てないようにして慎重に進んだ。探知スキルを使用しなくてもわかる。魔物の気配だ。
岩陰に身を潜め先を窺う。2体のオーグルがいた。俺が見たものよりも、二回りほど体が大きい。毛に覆われた野獣の如き姿。皮の帯のようなものを肩からたすき掛けにし、手には巨大な棍棒を持っている。先端には加工された石。
研磨したのか石ではあるが、それなりに鋭利に作られている。棍棒というより石斧といった具合かもしれない。
俺は無言のままリザに合図を送った。理解した彼女は無言のまま頷く。
軽業スキルが効いているのか、身は羽のように、とまではいかないが十分に軽かった。足場の悪い岩場を一足飛びでオーグルへと接近する。気付かれる前に背後からの一撃。
オーグルの片腕が宙を舞った。
「グオオオオオオオッッッ!!?」
がらんと石斧が手元から離れ地面を転がる。流石は魔物か、片腕を失ったくらいでは致命傷とまではいかないらしい。
とはいえ大幅な戦力ダウンは確実。異変に気が付いたもう一方が襲い掛かってくる。リザの逆風がその動きを阻害する。
しかし効果は一瞬だった。ローパーの魔術妨害の効果だろう。だが、一瞬足を止めただけでも十分だ。攻撃を受けたと感じたオーグルがリザへと向き直る。俺はその隙を突き、背後を取った。
一瞬でオーグルの片足を斬り飛ばす。闘気と奇襲の攻撃力は凄まじい。大きな体が派手に地面を転がった。
「戦力を削げればいい。どんどん行くぞ」
「はいっ」
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