第200話 青の回廊9
「どうやら魔物の姿は無さそうだね」
転移門を抜けた先は、高い天井と深い闇が広がる広々とした空間だった。
魔導ランタンの光では全てを見通すことはできない。じわりと纏わりつく湿気、漂う生臭い風。ゴツゴツとした砕かれたばかりの岩が、転移門を中心に丘のように盛り上がっていた。
仄暗い洞窟のある1つの空間。近くには生物の気配はない。あったとしても、せいぜいが岩陰に隠れる小さな虫程度のものだ。
フィールがランタンを手に丘の上から周囲を見渡した。目に入る景色の中に動く者はいなかった。
彼女の足元を金属の球体が、岩場を跳ねるようにして転がっていく。
「ふむ、そうでもないようじゃぞ」
フィールの背後からアルドラが応えた。彼の指し示す方角へ視線を送るも、その意味を理解することはできない。獣人族も人族に比べれば感覚は鋭いのだろうが、森人族の直感はまた1つ別次元にあるといっていいものだ。
とある場所で球体が小さな人型のゴーレムに変形し、周囲を探るような仕草を見せる。それを追うように2人も続いた。
そこにあったのは無造作に打ち捨てられた、数えきれないほどの木製の箱。金属で枠が補強され、積み荷だとすれば余程大事なものが入れてあったのだろうと予測できる。
がらがらと何かの崩れる音がした。アルドラとフィールの目の前で岩場の隙間に挟まっていた白骨が、まるでビデオの逆再生のように組み上がっていく。
それも1体ではない。木箱を守るかのように無数のスケルトンが姿を現した。
「いつから気付いていたんだい?」
フィールは指をバキバキと鳴らしながら、アルドラに訊ねた。
「別に気付いていたわけではない。これまでの経験から、こういった事もあるじゃろうなと予測しただけじゃよ」
2人にしてみれば軽い運動にも足らない相手だが、後を追う仲間たちの安全を確保するため邪魔者の処理にと動き出した。
周囲の安全を確保し調査隊の面々が全員移動し終えるまで、それから約1時間ほど必要とした。
「どうやら転移先の安全は問題ないようだな。先ずは、ここがどのあたりか調べなければ。それから水が引くのを待つか、ここから外に脱出できるのか、とにかく情報が必要だな」
シフォンは周囲を見渡し、ひとりごちる。突然始まった移動に慌てた調査隊も、それぞれの場所に腰を下ろし落ち着きを取り戻したようだ。
「おい、ちょっと来てみろよ!宝箱があるぞ!」
調査隊の1人が興奮した様子で叫んだ。周囲を探っていた際に発見したのだろう。
「はっ、どうせ空箱だろうが」
レドは興奮する隊員に冷ややかな視線を送る。それとは対照的に色めき立つ隊員たちは、声のする方へと集まり箱の中身を探ろうと手を伸ばした。
「うおおおお、金貨だ!金貨があるぞーーー!!」
沸き立つような隊員の叫び声に、レドが目を見開いて食いついた。
「おい、本当かよ。ちょっと、お前ら落ち着け!山分けだぞ!」
調査隊の全員で宝箱の確認をすることになった。何せ数が多い。広い範囲に散らばっているせいでもあるが、50以上はあるだろう。
ちょっとした好奇心に下心が加味され、確認作業にも熱が入る。
そうして散乱した宝箱を確認した結果、金貨満載の箱が1つに、銀貨の詰まった箱が1つ。更には装飾の施された高価そうな短剣、宝石の付いた首飾り、指輪などいくつかの装飾具が発見された。
「なるほど、そうか。海賊の財宝か。まさか本当にあったとは」
思わぬ財宝に隊員たちも息を飲んだ。彼らが遺跡を調査するようになって約2年。海賊の財宝なんて噂話を聞いたのは1度や2度ではないが、それはどこにでもある酒場の戯言程度の情報でしかなかった。
それを本気にするようなものはいなかった。それは海賊が討伐されて久しいことに加え、彼らの隠れ家を徹底的に潰して回った当時の帝国海軍と、海賊の財宝を狙ってレヴィア諸島に無断で入り込んだ当時の海洋冒険者たちのせいでもあるだろう。つまりは既に探しつくされた後なのである。
「ミスラの彼らは興味ないようですね」
興奮する隊員を余所に、ここまで付いてきたミスラ戦士団の少年と少女は、冷ややかな視線を送るのみである。
「そうだ、そうだな。島で昔ながらの生活を守って暮らすだけならば金は必要ないのだろう。他種族との交流が増え、物流が増えたことで島民も金を使うことを覚えた。確実に変化はしているのだろうが、それはまだ一部の者に過ぎないのかもしれない」
おそらく“海賊の財宝が見つかったら――”といったような指示は受けていないのだと思われる。彼らはあくまで監視役。遺跡で妙なことをしでかさないか見張るのが仕事なのだ。
遺跡内に住み着く魔物の討伐。魔物素材の回収。遺跡設備を調査復元は、許可を貰った場所に限定。こういった事に関しては事前に話が通っているが、海賊の財宝についての話はない。
まぁ、海賊自体が遺跡からすれば外から入ってきた異物である。それを拾って持って帰ったところで、問題にはならないのだろうというシフォンさんの話だった。
「調査作業中に手に入れた魔物素材は、魔法薬などの調合で使える物は除き、金に換えられるものは処分して隊員全員で分配する。この財宝も価値を調べたら、処分できるものはして全員で分配することになるだろう」
遺跡の水没騒ぎに消沈していた隊員たちも、臨時ボーナスに浮かれている様子だ。とはいえ彼らの懐に収まるのは、かなり先の話になりそうである。価値を調べ適切な場所で交渉しなければ、価値があったとしても金には換えられない。
幸いにもミスラ島には、レヴィア諸島で得られる魔物素材などを買い付けに帝国商人の船が度々訪れるらしい。この海神祭の時期は特に往来が活発になるそうなので、上手くすればチャンスはありそうだ。
「おーい、こっちに来てくれー。何かあるぞー」
隊員の1人が仲間たちに呼びかける。転移門から辿り着いた空間は広がりがあり、更に先へと行けるようだ。皆はそれに応えるように声のする方へと向かった。
「何ですかこれ?」
結界石柱 魔導具 B級
現状の姿形から推測すれば、寺院などで見られる石灯篭にも似ている。石で作られた柱、あるいは塔というべきか。
ただ長い棒状というわけではなく、凝った細工が施してあり魔術文字のような刻印も見える。しかし半分以上が損壊しており、本来の機能は失われているようだ。
「魔物の行動を封じる結界だ。遺跡の各所にこういった結界装置が存在しているのだが、長い時の中で崩壊したものも多々ある。それが遺跡で魔物が増えている原因の1つでもあるのだろう」
完全に魔物を封じるというより、住みづらくするような効果らしい。転移門に備わっている装置と似たようなものなのだろう。
しかし、この形状を見ると自然に崩壊したというより、意図的に破壊されたようにも見えるのだが気のせいだろうか。
「破壊されてから、それほど時間が経っていないようだ。最近ここに訪れた者がいるようだな」
隣に並び立つシフォンさんが、俺の表情を読み取り疑問に答えた。
「誰かが結界を破壊しに訪れたってことですか?」
「さて。そこまでは、わからないが……」
他にも何かないかと、それぞれに探索を続けた。足場の悪さを乗り越え、先へと進むと次第に空間に明るみが差してくるのがわかった。
それは魔導ランタンの明かりではなく、自然の陽光から得られるものだった。
やがて俺たちの前に姿を現したのは、水たまりに浮かぶ1つの廃船。利用されなくなって長い時間が経過しているらしく、その劣化具合は一目瞭然であった。
船の後ろ半分は水没し、全体が大きく傾いている。洞窟内に入り込む海水。それが湾を作り、そこへ入り込んだ船を他者の視線から守っていたのか。まさに自然の隠れ家といったものだったのかもしれない。
廃船の後方から光が差し込む。その明るさから、外へと繋がっているのは明白だった。
「船があるってことは、外に繋がってるってことだよな?」
「おいおい、海賊船かよ。こりゃ、まだまだお宝とかあるんじゃねーの」
「ちょっと調べてみようぜ――」
色めき立つ隊員たちに、リディルが制止を呼び掛ける。
「お前ら、煩い。それ以上騒ぐと気づかれるよ」
リディルの言葉に悟った俺は、スキルを変更させ広範囲探知を展開させる。
そこで察知したのは、廃船を陣取るように存在する無数の魔物たちであった。
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