第197話 青の回廊6
「兄様、あの、魔力が足りないなら、私のをお使いください」
溶解で魔力を消費し過ぎたのだろう、僅かに倦怠感を残っている。シアンはそんな俺の様子を察してくれたのか、おずおずと申し出てくれた。
シアンも例外なくエルフ由来の膨大な魔力量を持つが、未だ魔術を扱えない身であるので魔力消費はさほど多くはない。それ故に内在した魔力には余裕があった。
「そうだな、少し分けて貰ってもいいか?」
「はい。喜んで」
そっとシアンの手を握り傍へ寄ると、彼女の小柄な体躯に改めて驚いた。先ほどまで勇敢に魔物と戦っていた者とは思えない細腕に華奢な腰つき。
腰に手を回し体を密着させると、彼女は恥ずかしそうに頬を染めた。こうしたことは初めてではないが、未だシアンは慣れないらしい。それでもリザへの対抗意識なのか、シアンはいつも積極的だった。
まぁ、そういったところも彼女の可愛らしい部分ではあるので、どうしたって好意的に受け止めてしまうのである。
「んっ……ふぁ……気持ちいいです」
唇を離すとシアンが、ぼそりと呟いた。熱っぽい表情は幼さの残る彼女からも、どこか色気を感じさせるものがある。
「……今何か聞こえなかったか?」
「え?あ、はい。兄様の……あの、その、――が気持ちよくて、ふああぁぁぁ」
俺の呟きにシアンが更に小さな声で、ごにょごにょと声を籠らせた。羞恥からなのか顔が真っ赤に染まっている。そんな彼女をもう少し眺めていたいところだが、今気になるところはそこではなかった。
「いや、何かの声が聞こえる。シアンには聞こえなかったか?誰かの話し声だ」
「え?はぇ、私には何も――」
シアンを抱き寄せたまま視線を動かす。探知での反応は感じられないが、どうも気のせいだとは思えない。
しばらく周囲を探っていると、岩棚の上に動く人影を発見した。地面を引きずるほどの長いローブ。同じように長く伸びた銀髪。そして髪をかき分けるようにして突き出した特徴的な長耳。
メルキオール・セファルディア 亡霊Lv42
頭を抱え心もとない足取りで、当てもなく彷徨うかといった様子の亡霊は嗚咽のような呻き声をあげていた。
『僕の声は誰にも届かない。僕の姿は誰にも見えない。どうすることもできない。どうしようもない。僕は何もできずに、ただ見守ることしか出来ないのだ……このままでは彼女は……もう時間が……なんと無力なことか……ああ、誰か、僕の声を、姿を……誰か、誰か』
シアンは亡霊の声も姿も見えてはいないようだ。魔眼でなければ認識は無理か。亡霊もこちらへと気付いている様子はない。
あれがどういった存在かはわからないが、害のある亡霊というのは未だに見たことは無い。となると必要以上に警戒することもないだろうか。亡霊というのは、あまり力のある存在ではないようだし。あの語り口からは、何か未練があって留まっている様子にも見える。
しかし、あの名前どこかで聞いたことあるような気がするな。何処だったか。
「ジン様ー、ジン様どこですかー」
思案を巡らせていると、背後から俺を呼ぶ声が聞こえたので振り返った。そこにはレドを伴ったリザの姿があった。
「ジン様、心配しました。こんなに遠くまで……遺跡は魔物が多いと聞いています。どこかへ行くようなら私にも声を掛けてください」
置いて行かれて少し拗ねた様な態度を見せるリザに、置いて行ったのは魔法薬の用意をしていたからだと言い訳をしておいた。とはいえ心配かけたのは悪かったので、謝罪と調合への労いの言葉も掛けておく。
「ちょっと散歩程度のつもりだったのだが、心配かけたようで済まなかったな」
しかし、レドも一緒だとは意外だった。他の男と一緒に、といった青臭い心配をしているわけではないが、リザは俺以外の男には厳しい面があるので必要がなければ接することもないと思っていた。
「勝手についてきました」
「勝手にって……女性を1人で歩かせるわけには行かないだろう。ここは魔物の巣窟なんだぞ。それに今は任務中だ。いくら魔物が少ないからといって、油断していい理由にはならない」
レドのもっともな意見に頷き、リザと共に来てくれたことに感謝しておく。
そういえばと亡霊の方へと視線を戻すと、既に亡霊の姿はなかった。消えてしまったのか。洞窟の奥へといったのか。確認してみようかと思ったがレドに止められた。
「どこへ行く気だ?ここへは遊びにきたわけではないんだぞ。勝手な行動は調査隊全体に迷惑が掛かるということ、わかってるんだろうな?」
確かに野営地から離れ過ぎないようにと考えていたのだが、オーグルを追っているうちに思いのほか奥まで来てしまっていたようだ。シアンもいることだし、これ以上は止めておいたほうが良いか。
俺は皆を連れだって一旦野営地まで引き返すことに決めた。
「パワーレベリング?」
「ええ、シアンの自衛のために戦力を強化するのだそうです」
野営地へと帰る道中にも魔物姿を見つけたので、ついでにと狩りながら戻ることにした。リザとレドは戦闘には加わらず、後方にて静観を保っている。
どうやらリザに横並び立つレドに、パワーレベリングの意味を教示しているところのようだ。
「はぁ、そんなことをして本当に強くなれるとでも思っているのか?いいか、強さってのはだな――」
強者が魔物の動向をコントロールしつつ、弱者を安全にレベルアップさせる。ゲームではよくある光景だが、実際に行う意味はないだろう。しかし、ゲームのようにレベルの表示される世界でならば、その意味は生まれてくる。
レベルを上げることでスキルポイントを上昇させることができるのだ。命のやり取り、戦いの経験といった意味合いでは微妙かもしれないが、意味がないとは言い切れない。実際にレベルを上昇させ、スキルを強化することが出来る。これはスキルポイントが理解できない者には、受け入れがたい理屈かもしれない。
俺たちの行動がよほど理解しがたいものだったのか、レドはリザに向かって強さとは何かという講義を始めてしまった。しかし、リザは全く聞いていない。恐ろしいほどの無表情である。相槌くらいは打ってあげてもと思ってしまうが、それでも構わず話し続けるレドの強靭なハートに思わず感心してしまうのだった。
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