第20話 冒険者の街を目指して1
芋虫の素揚げ、山蛙のバターソテー、毒草のサラダ、川猿のステーキ。
初めての異世界料理はゲテモノ料理だった。
美味かったので、文句はないが……
「そうか、ジンさんは冒険者登録の為にベイルを目指してるんだね」
「あぁ、しばらくはベイルで活動かな。いろんな国を見てみたいって夢もあるんだけど」
「ふ~ん、まぁ冒険者でも上のランクになれば、外国行くのも楽になるって言うのは聞いたことあるから、旅目的にはいいかもしれないね」
他愛もない話に、盛り上がり、酒を酌み交わし、異世界の夜は更けていった。
初めての街、酒場、異世界の人々。
旨い酒に、旨い飯。
俺は異世界の夜を心ゆくまで堪能し、店を後にした。
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「……飲み過ぎた」
初めての異世界の酒である。
ちょっと羽目を外すのも無理からぬ事。
どうやら少々飲み過ぎてしまったようだ。
まぁ元々酒は好きな方である。
1人だと、酔いつぶれるほど飲むことはないが、人と飲むのは好きなのだ。
どうやって帰ってきたのか、まったく覚えていない。
おそらくリザが連れて帰って来てくれたのだろう。
彼女はそれほど飲んでいなかったようにも思える。
おぼろげな記憶を探っていると、自分がパンツ1枚でベッドに寝ていることに気がついた。
毛布をそっとめくってみると、俺の腰辺りに抱きつくようにしてリザがスヤスヤと眠っている。
「……あれー?」
昨夜何があったのかまったく記憶に無い。
何かあったんだろうか?
そっと見てみると、リザは外に出る服装ではなく、寝間着なのだろう薄着のワンピースのようなものだった。
「……」
俺はそっと毛布を戻した。
「おはようございます、ジン様」
「あぁ、おはよう」
しばらくして、リザが目覚めたので俺も合わせて起き上がる。
昨日何かあったのか聞いてみたい気もするが、直接聞くのも憚られる。
リザの態度を見ても、特に変わった様子もないので、別におかしなことは無かったのだろう。
俺がじっと彼女の様子を伺っていると、リザは仄かに顔を赤らめ、俯いてしまった。
「……何かありましたか?」
「そういや乗せてくれる荷馬車が見つかったんだってな」
「はい。この宿に泊まっている方で、途中までですが無償で荷車に乗せてくれるそうです」
そう答える彼女の表情は、いつもと変わらないものに戻っていた。
「そうか。いい人がいて助かったな」
「そうですね。いい人かどうかは、わかりませんが」
この世界には魔物が出没する。
魔物の多くは森で生まれ、街道沿いまでは近寄らないことが多いが絶対ではない。
街道を行く旅人や行商人も、襲われる場合がある。
そのため冒険者ギルドで護衛を雇ったりするわけだが、予算の都合上、護衛を雇えない者もいる。
そういった者同士で、街から街への道中を一緒に移動する場合がある。
それは魔物に襲われるリスクを少しでも減らすという考えからだ。
集団であれば、それだけで弱い魔物なら襲ってこないだろうし、強い魔物が襲ってきた場合、誰かの犠牲で他の者が助かる場合もある。
1人で行動すれば襲われた場合、犠牲になるのは必然的に己自身ということになるからである。
俺達は服を着替え、荷物をまとめて1階に下りた。
「おはよう。昨日はよく眠れたかい?」
「おはようございます。えぇ、久しぶりのベッドでよく寝れました」
リザは受付に鍵を返すとにこやかに答えた。
アリアさんは俺に向き直り、俺の手をガシッと両手で強く握ると、
「だんな、この子のことよろしく頼むよ」
アリアさんは笑顔であったが、その眼差しは真剣なものであった。
どういう意味だろうか……
まぁ知り合いの女の子が、よく知らない男と旅をしてたら心配するか。
「はい。わかりました」
俺はアリアさんの気持ちを真摯に受け止めた。
1階には食堂が併設されており、料金を払えば朝食が食べられる。
朝の待ち合わせには、まだ時間があるので食事を済ませることにした。
厚切りのベーコンにスクランブルエッグ。
ライ麦のパン、野菜のスープ。
ちなみにメニュー名は店員に聞いたわけではなく、魔眼の判定結果だ。
ライ麦パン 食品 E級
この様に表示される。
とても便利である。
どれも味は普通に美味かった。
特に異世界感はしない普通の朝食だった。
それにしても、やはり少し変だ。
表情は普通だが、今日のリザはどうも機嫌がいい。
なんとなく口元が緩んでいる気がする……
「おはようございます。ジン・カシマです。今日はよろしくお願いします」
「……ジートだ」
ジート 商人Lv28
エルフ 86歳 男性
俺達が宿の玄関で待っていると、約束の時間の鐘が鳴ると同時にその男は現れた。
190以上はあるスラリとした体躯のエルフだ。
切れ長の瞳に銀髪のオールバック、口を真一文字に結んでいる。
見た目年齢は20代後半くらい。
リザはアリアさんに道中乗せてくれる人はいないか探してもらった所、返事をくれたのが彼だったという。
無口な人だというが、悪い人ではないらしい。
二頭引きの荷車に、木箱が山のように積まれている。
ランドホース 魔獣Lv8
荷車を引いている馬は魔獣だった。
見た目は普通に馬だ。
足が太く、全体的にずんぐりとした印象である。
俺が近づいても、暴れることもなく、おとなしくよく躾られているようだった。
「空いているところに適当に乗れ、荷には座るなよ」
ジートはそうぶっきらぼうに言い放つと、やがて荷馬車は宿を出立した。
街から出て、しばらくは森の中の小径という様子であったが、やがて木々が疎らになり、更に進むと森が途切れ、広い平原に出た。
俺は初めて森から出たのである。
「おぉ……すげぇ」
どこまでも続く大地。
青く遠く、広い空。
なだらかな丘陵地帯が、果てしなく広がっている。
街道は石を敷かれているわけでもなく、ただ土を踏みしめただけの道であった。
多くの旅人が、行商人が、幾つもの馬車が通ってきたのだろう。
見渡せば街道だけが草が生えず、固く踏みしめられたようになっている。
時折遠くに魔物の姿を見るが、こちらに近づいてくることは無かった。
俺が隠蔽を使っているせいもあるだろうが。
魔物が近づいてくれば、すぐわかるように警戒はしておく。
探知にポイントを振り、探りを入れているので、何かあれば感じるだろう。
ちなみに荷車を引く馬にも筋力強化、脚力強化を。
荷車には、弱めに浮遊が掛けられており、負担を軽減してある。
もちろんジートには許可を得てから行った。
俺は何度目かの馬の休憩中に、大きな魔力の動きを感じた。
数は1体。こちらに向かって高速で移動中だ。
「なにか来ます」
「魔物か?」
「おそらく。でも俺たちを見つけて移動してる感じじゃないですね」
すると、向かって右手の丘の上に大きな獣が現れた。
獣は一瞬動きを止めたが、すぐに走り出し、あっという間に姿を消した。
「反応が無くなりました。もう近くには居ないようです」
かなりの速度で移動しているようである。
遠目であるが大型の狼のような姿であった。
「ああいうのは、この辺りよく出るんですか?」
だとすると、この辺りはかなり危険な地域なのではないだろうか。
「いや、私もこの街道はよく利用するが、あんな大型の魔獣は森の外では初めて見たな」
話によれば、森の外で強力な魔物が出現することは滅多にないそうだ。
もし現れても、被害が出れば冒険者ギルドに討伐依頼が出されることになる。
しかしそのような大きな惨事は、最近聞いていないとジートは教えてくれた。
商人であれば耳が早いだろうし、ここで嘘をつく意味もないだろう、それなりに信用できそうな情報だと思う。
街道はけっして平坦では無かったが、強化魔術のおかげだろう、それなりに速度は出ていたものの、道中では横転などの危険を感じる場面もなく順調に先へ進むことができた。
休憩と移動を繰り返し、一行は目的地の村へ辿り着いた。
通常であれば、これほど移動速度は出なかっただろうし、魔物が出れば状況によっては立ち往生、もしくは迂回するところを、馬の休憩をいれつつとは言え、そうとうな距離を稼ぐことができた。
2日かかる所を、1日で移動してきたらしい。
俺達も特に何かするわけでもなく、体を休めたので、ずいぶんと助かった。
「お前らを乗せてやれるのは、ここまでだ」
ジートとは、ここでお別れだ。
彼はここで荷の一部を降ろし、ベイルへ行く街道とは別の道を行くようだ。
ベイルまでは近いし、荷があっても歩いて行けるだろう。
俺達はジートへ礼を言うと、村の代表と交渉して、納屋の一角を寝床として借りることにした。




