第196話 青の回廊5
「この包に何か入ってるな」
オーグルの腰に巻き付けられた皮の包みを解くと、中から石や骨、木片などが零れ落ちた。
「価値のあるようなものは無さそうですね」
確かにガラクタばかりのようだが、その中の1つに価値がありそうなものを見つけた。
ミスラ鉱石 鉱物 E級
洞窟内を転がるF級の石よりも1つ等級が上の素材だ。同じような青い石ではあるが、角度を変えてみると僅かに銀に輝く物質が混じっているように見える。
「これは貰っておこう。価値があるかはわからんが、希少なものかもしれん」
探知の反応から魔石持ちのようだ。心臓付近にあるようなので、鞄から取り出したナイフで切り込みを入れ魔石を取り出すべく手を侵入させる。
オーグルから入手した魔石からは“鉱石探知”を修得できた。
「兄様どうしたんですか?何か嬉しそうな顔をしています」
シアンが不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「ああ、魔物から新しいスキルを手に入れたんだけど、これは凄いな」
鉱石の魔力というか、臭いとでもいうのか、鉱石特有の波長のようなものを察知するスキルだ。
探知の範囲を広げると洞窟内の壁に存在するミスラ鉱石の波長を感じ取れる。所有しているF級、E級には波長の強さに差異があるので、そこから推測すると壁内に存在するのはF級が多いようだな。
しかし、この調子で遺跡を探していけば、もっと質の良い鉱石も見つかるかもしれない。
ゴブリンなどを例にだせば、妖魔から数種類のスキルを獲得できるのは珍しくない。周辺に魔物の気配はないが、もう少し奥へ行けば他のオーグルも見つけられそうな気はする。
オーグルからは他にもスキルを得られそうな気もするし、もう少しだけ先へと進んでみるか。
俺はシアンを連れだって洞窟の奥へと足を延ばした。予想通り単独行動するオーグルを発見し、同じ要領で撃破していく。俺が1人で倒してしまうとシアンの成長に繋がらないと予想しているので、できるだけシアンにも手を出してもらうように、可能であれば止めはシアンにやらせる。そういった手筈であった。
魔物を倒してレベルを成長させるという構造には、謎も多くこの世界の人たちもよくはわかっていないらしい。俺としても理解しがたい部分もあるのだが、自分のレベル以上の魔物を倒してレベルを上げることができればスキルを成長させることができる。その事実には間違いないので、強くなる確実な方法として魔物討伐は有効な手段の1つなのだ。
「兄様、ありました魔石です!」
「おお、そうか。こっちにもあった。魔物が多い遺跡だって言ってたのは本当のようだな」
シアンの狙撃の腕は更に向上を続けているようで、20mくらいならヘッドショットも容易にやってのける。オーグルの頭部は、そう大きな的でもないのだが今のシアンには問題ないようだ。
もしも仕留められずに近づいてきた場合でも落ち着いた様子で対処できているので、以前よりも安心感が増しているような気がする。それだけ彼女も成長したということなのだろう。
「あれ、ネロの姿が見えないようだけど」
「兄様、あそこに」
シアンが指差す方向にネロの姿があった。洞窟内にある水たまりで何やら騒いでいる様子だ。
「にゃにゃううううッ」
必死の様子で水面に猫パンチするネロ。何かいるのかと覗き込むと、水たまりには似つかわしくない大きな魚影が見えた。
体を捩って猫パンチを躱すものの、それもいつまでも続かない。そもそも自由に動けるほどの水深もないのだ。魚の背びれは完全に水面から飛び出している。
「ふにゃぁッ」
ネロ渾身の攻撃が魚の横顔を捉えた。水たまりから弾き出され、自由を奪われた魚は自らを弾ませネロの爪から逃れようと必死である。
しかし、ネロにはそれを逃がす慈悲は持ち合わせてはいなかった。一瞬のうちに飛び掛かると、貪るようにして魚の腹に食らいつく。そこにシアンの膝でくつろぐ何時ものネロの姿はない。俺はその光景に彼の中の野性を感じた。
「こんな水たまりに魚か。海水のようだから、どこからか紛れ込んだのか」
とはいっても近くに海水が流れ込んできているような気配はない。不思議だが、ここからでは見えない部分に魚が住み着いている場所があるのかもしれないし、あまり深く考えることもないだろう。
倒したオーグルの荷を探っていると、ミスラ鉱石を発見した今度はD級だ。よく見ると含まれている銀の量も増えているように感じる。もしかしたら、この銀の含有量で等級が変化するのかもしれない。
試しにと溶解で鉱石を液状化させ、銀の多く含まれている部分だけを選別してみることにした。
何度も試してみるが、何の装置もなく溶解だけで銀をより分けるのは不可能に近い。D級をC級にできないかと思ったのだが、そんな簡単な話ではなかったようだ。
しかし、いくつかあったE級を試行錯誤した結果、D級のミスラ鉱石を作ることには成功した。かなりの魔力を消耗してしまったので、かなり非効率のような気はする。もっと上手いやり方があるはずだ。何か知恵はないかアルドラに聞いてみるか。ベイルに戻ってヴィムに聞いた方が早いかもしれないが。
しかし、銀の含有量で等級が変化するのは間違いないのだろう。含まれている銀が希少なのだ。となると、銀だけを抽出できれば一気に等級があがるのではないのだろうか。
溶解だけでは難しそうだが、試してみる価値はありそうだ。
ミスリルナゲット 素材 F級
「うおおおおお?」
溶解作業に夢中になっているうちに、ほぼ偶然にできた不純物を多く含む銀の抽出物。魔眼にて得た情報に思わず声が漏れた。
俺の作業を大人しく見ていたシアンが、突然の奇声に体をびくりと震わせる。すでに食事を終えていたネロも彼女の隣で目を見開いた。
「ど、どうしたんですか?」
「いや、驚かせて悪かったな。予想していた以上の結果に、驚いたというか、これもしかしたら凄い発見かもしれん」
ミスラ鉱石に含まれている成分にミスリルがある。それはミスラ族も周知のことなのだろうか。遺跡は神聖な場所で、ミスラ族でも気安く立ち入ることのない場所。確かミスリルって、すげー貴重で高価な素材なんだよな。
もしミスラ鉱石が遺跡のみで得られる素材なのだとしたら――
壁内にF級ミスラ鉱石の存在は確認しているが、オーグルが所持していることから、他の場所にはE級、D級もあることは間違いない。
下手に動いたらミスラ族を敵に回すことになりかねないし、とりあえず情報を集めてからだな。あまりシフォンさんたちに迷惑を掛けるようなことはしたくないし、立場的にも不味いだろう。
この情報は今は俺の中だけに収めておこう。俺の心の中には、もしかしたら借金一気に返せるかもという淡い期待と、ミスリルって1gいくらで取引されているのかヴィムに聞いておけば良かったという思いが渦巻いていた。
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