第192話 青の回廊1
翌日早朝、遺跡探索の準備を整えた調査隊の一行は船着き場へとやってきた。天気は雲一つない晴天。肌に触れる風は少し冷たいが、過ごしやすい良い天気だ。
資料整理に研究者2名とC級冒険者2名が本部に残り、今日の探索に参加するのはシフォンさん率いる研究者6名と冒険者13名。それに俺たちを加えた総勢24名である。
遺跡は罠や魔物も多く存在するということで、ミラさんやシアンを残すことも考えたが帝国冒険者のこともあって彼女たちも参加する手筈となった。
「治療師が多くても困ることはないでしょう」
「兄様と一緒に行きたいです……私がいては邪魔になりますか?」
彼女たちから、そう言われては断る理由もなかった。それに邪魔になるはずなどない。俺のほうが助けられることも多いのだ。
船着き場には何隻かの小型船が泊まっていた。大きさは大人が6~8人が乗れれば精一杯というもので、少し大きめのボート程度のものだ。
「ようお前ら、元気だったか?」
一隻の船から手を上げて挨拶してきたのは、この島まで運んできてくれた海人族の漁師シダだった。
「お久しぶりです。シダさん。あれその船は?」
どうやらシフォンさんが海人族の漁師たちに声を掛けて船を手配したようだ。
しかしシダさんが乗っている船は、俺たちが乗せてもらった船とは違うようだが……
「ん?あー、いま修理中でな」
そういって困った表情を浮かべるシダであったが、俺はその言葉聞いて思い返した。
マーメイドの襲撃を受けて否応なしに高速運航を強行したのだ。その際に船には通常運航以上の負荷を掛けてしまったようだった。
「すいません、それって俺のせいですよね」
「いや、悪いな。文句を言うつもりじゃなかったんだ。気にしないでくれ。それより俺の娘を助けてくれたんだってな。ありがとうよ」
「え?娘さんですか?」
「ナラっていう小さいのだ。浜で首飾りを落としたのを魔物を倒して拾ってくれったって、あんたのことだろ?」
数日前の浜でのことか。あの子シダさんの娘さんだったのか。小さい島だし近所だし、偶然とはいえそういうこともあるか。
「黒髪に黒瞳の人族の兄ちゃんといったら、島にはあんたくらいしか聞いたことないからすぐにわかったぜ」
シダさんと話し込んでいると、海人族の少年が苛立ち交じりに声をあげた。
「さっさとしてくんねぇーかなぁー!俺たちも遊びで来てるんじゃねーんだけどよぉー」
ウタリ・ミスラ 戦士Lv32
海人族 13歳 男性
特性:流動 皮膚感知
スキル:槍術C級 水魔術D級 風魔術D級 忍耐C級
フネ・ミスラ 戦士Lv29
海人族 14歳 女性
特性:流動 皮膚感知
スキル:槍術C級 水魔術D級 光魔術D級 探知D級
海人族独自の衣装に身を包んだ2人の男女。同じような装備に手に持った三又の槍も同質の品のようだ。
トライデント 魔槍 D級 魔術効果【雷付与 雷球】
彼らは遺跡探索に同行するためミスラ戦士団から派遣された者たちだという。
シフォン曰く神聖な遺跡内部で余計なことをしないように監視する役目なのだそうだ。特にこちらに口出しすることもないので、放置していれば害はないとのことである。
「そうだ、そうだな。みんな時間が惜しい、すぐに出発しよう」
何組かに分かれ船に乗り込む。俺たちはシダさんの船に乗せてもらった。目的地は船で約10分の場所、ミスラ島から目と鼻の先にある無人島の1つである。
漁師たちは目的地の島まで調査隊を運ぶと、シフォンさんから報酬を受け取りすぐに立ち去って行った。帰りになるのは何時になるかわからないので、その時になってから連絡するらしい。連絡の手段は例の伝書鳩の魔導具ということだ。
「遺跡には魔物が多いっていうからな、お前ら気を付けろよ」
「ありがとうシダさん」
漁師たちが離れていくのを見送り、島の中心を目指す。ほとんど植物の生えていない岩ばかりの島だ。地形探知で調べてみたところ、直径5kmもないだろう。岩ばかりで畑を作ることも難しく、一時期は人が住み着いていたこともあったうようだが、今は無人島となっている。
少し歩くと遺跡の入口と呼ばれる場所に辿り着いた。入口は怪物の口のように地面に大きな裂け目を作り出している。遺跡への侵入経路はこの場所1つではなく、レヴィア諸島の各地にあるそうだ。今回この場所が選ばれたのは、調査に都合の良い場所だったということである。
「では皆準備は良いな?リディルとジンが先行して侵入する。次にフィール隊、レド隊、ブルーノ隊と続けて侵入してくれ」
隊員たちはそれぞれに了承を示した。
B級冒険者たちはフィールさんが隊長役となってまとめている。俺たちもその指揮下に入ることになっていた。遺跡探索全体の指揮はシフォンさんが行うようだが、魔物との戦闘時や想定外の事態にはそれぞれの隊長役が臨機応変に対処する手筈になっているのだ。
B級冒険者は言わずもがな、レドやブルーノも経験豊富。もちろん他の隊員たちに至ってもそれは同様だ。研究員においても魔物との戦闘は本業でないにしろ、魔術の心得があるものが大半なので自分の身くらいは守れる者ばかり。戦闘には基本参加しないが、危険な場合には相応の対応も可能なのだ。
心配されているのは俺たちのことだが、フィール隊に組み込まれて邪魔しないよう大人しくしていれば安全だろうということらしい。
とりあえず他の隊員の邪魔をしないよう、自分の仕事をこなすことを第一に行動しよう。まずは何より経験が必要だ。
「あー、俺たちは勝手に付いていくから、気にしなくていいぞ」
槍を抱えた海人族の少年が、シフォンの視線に気が付いて手を振って答えた。遺跡探索の度にミスラ戦士団から随行員が派遣されるらしいが、彼らは初めて見る顔だという。ミスラ戦士団はミスラ氏族でも武に秀でた若者で結成された集団である。少年の態度から自分は選ばれし者なのだというプライドが垣間見れた。
幅10~15m、高さ5~6mほどの裂け目はゆっくりと地下へ向かって続いている。
それぞれの隊員の手には魔導石を燃料に明かりをもたらす魔導ランタンが握られていた。
俺は灯火が使えるので無くても良かったが、火魔術にポイントを振らなければならないし全員に貸し出してくれるというので受け取っておいた。
「足元が滑るから慎重に行こう。慌てることは無い」
シフォンが声を掛けてくれる。隊員に、というよりリザやシアンに向けてのことだろう。
ミラさんも今日は動きやすいようにいつものロングスカートではなく、パンツルックで来ている。足元は濡れた岩場のような場所で、歩きづらいが魔物の気配もないし今のところは安全だろう。
ミスラ戦士団の少年はあくびをしながら付いてくる。基本魔物との戦闘になっても参加するこはないそうなので、そう思っておくようにとシフォンさんから忠告されている。
まぁ、頼るほどの力量があるようには見えないので、そのあたりは問題ないだろう。
青の回廊は遺跡というより自然にできた洞窟といったような様相である。そのあたりをシフォンさん聞いてみると、自然の洞窟と人工的に作った部分をまとめて青の回廊と呼ぶのだそうだ。
レヴィア諸島に存在する無数の島々と繋がっていることも研究課題とされており、何に利用されていたのか解明されれば青の回廊の全容がわかるのだとシフォンは語っていた。
「こっから足場が砂になってるからねー!魔物もいるから要注意だよー!」
魔力探知が魔物の存在を感知する。まるで砂浜のように広がる地下空間に、所々に転がる巨石があった。これは岩に擬態したロッククラブだ。
近づきすぎない、下手に刺激しなければ積極的に襲ってくることは無いそうなので、リディルが先導して戦闘は回避されることになった。
遺跡での滞在は2日程度が予定されている。物資は余裕をもって用意されているが、その余裕にも限度がある。
戦闘を想定していることからも、できるだけ手荷物は最小限に留めたい考えがあった。冒険者たちは全員が魔法の鞄を所有しているし、シフォンさんを含む研究者たちも似たような魔導具を所有してるので、物資搬送の労力は最小限に抑えられる。とはいえ冒険者であれば戦闘補助に必要な品も少なからず必要になってくるので、魔法の鞄があったとしてもそれほど余裕があるわけでもないのだ。
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