第191話 神刀梵天
醤油の焦げた匂いが食欲をそそる。蛤によく似ている白貝だが、手のひらくらいに大きい。身は厚く食べごたえは十分だ。思い切って頬張ると、旨味の凝縮された汁が口の中に溢れた。
大きな海老は殻付きのまま網に乗せる。白っぽい殻が徐々に赤く色づいた。殻の端が少し焦げ付いた頃が丁度食べ頃となる。首と胴体の付け根を割り外すと、弾けるような白い身が飛び出した。ぷりぷりとした身は甘みが強く、頭に残ったミソは非常に濃厚で味わい深い。一緒に食べればこれ以上ないという相性で、これがまた恐ろしく酒に合うのだ。
いつのまにか調査隊の連中が宴に加わり、仕事をしていたというシフォンさんも合流した。
クオンさんが持ってきた手紙の中身を確認する。
“わしの可愛い娘たちを助けてくれてサンキューじゃ♪”
俺も最近ではだいぶ読み書きができるようになったのだが、これは大陸で人族の国を中心に広く使われている大陸文字のようだ。公式の書類に使われるような固い文体ではなく、友人に送る手紙のような崩した文体で書いてある。おそらく要人としての立場からの手紙ではなく、一個人としての手紙だという意味が込められているのではないだろうか。
手紙に同封されていたのは、見覚えのある首飾り。
ミスラの首飾り 装飾具 C級
「それがあれば島内を自由に行動できるようになるそうですぞ」
クオンさんの話によるとF級はミスラの子供に、E級はミスラの大人に、D級は要職に付いている者に、C級は女王を含む支配層が身に着ける装飾具なのだそうだ。
希少な鉱石で作られた首飾りは、ミスラの限られた職人の手に取って作られ島民に配られる。
C級の首飾りを持つ者は、女王一族の身内同然。立ち入り禁止区域も自由に行き来できるようになるということだ。
「そうか。なるほど、なるほど。君はよほど、その手紙の主に気に入ってもらえたようだな」
クオンさんが世話になっているお方の口添えで、遺跡探索も再開の許可が出されることになったそうだ。
どうやら俺も探索に参加して良いらしい。個人としての謝礼の手紙かと思ったが、かなり権力を使ってくれているようだ。
有難いことだが礼に伺った方が良いだろうか。
「ふむ。何かと忙しい方ですからな。拙者の方から訪問に伺う旨を伝えておきましょうか」
「お願いできますか?」
「お任せください」
クオンさんは戦闘に偏ったスキルに、鍛え抜かれた体を持つ大男。更には腰に長大な大太刀を持つ剣士でもあった。
だがその質は気さくで取っ付き易い人柄のようだ。調査隊の連中とも酒を酌み交わし、すでにその輪の中に自然と溶け込んでいた。
「聞けば聞くほど似ています。いつか行ってみたいですね、クオンさんの故郷に」
小麦を練って作ったという麵料理などもあるというので、たぶんラーメンかうどんみたいなものがあるのではと想像している。
麺料理はこの世界でまだ見ていないので、好奇心をそそられる。まぁ、麺料理ならそう難しいこともないだろうし再現できそうではある。
自分で作るのは難しそうだが、材料を揃えて調理スキル持ちに作ってもらえれば……けっこう大変そうだからミラさんに何でもお願いするのは申し訳ないが、みんなを巻き込んで挑戦してみるのも面白いかもしれない。
「ぜひお越しください。水の豊かな美しい場所です。ここからだと少し遠いですが、船を乗り継げば……もしくは飛竜があれば山も楽に超えられるので、そう遠くではないかもしれません」
「飛竜ですか」
「拙者の故郷である竜泉郷に数多く生息しておる魔物の1種です。竜泉郷では調教したものを移動手段として利用するのですよ。まぁ乗り心地は最悪ですが……拙者はあまり好まないので、何度か乗った経験がある程度ですがね」
クオンさんは陸路を馬と徒歩で渡ってきたので、故郷を出てから何年も掛かってこの辺りまで来たのだという。
「特に目的を持たない旅でしたから。見聞を広げるため各地を放浪しておりました」
俺の視線がクオンさんの腰の得物に移っていることに気付いた彼は、腰の帯に結び止めてあった紐を緩め刀を目の前へと引き出した。
「気になりますか?」
「すいません、見慣れない剣でしたので。竜泉郷の剣なのですか?」
「ええ。竜泉郷に住む竜の牙を材料に作られた“竜刀”と呼ばれる品です」
竜泉郷の職人が生み出した片刃の剣の総称を竜刀。諸刃の剣の総称を竜剣と呼ぶのだそうだ。
材料から製法に至るまで門外不出とされており、その存在も一般的には知られていない特殊な存在なのだという。
クオンさんから許可を貰い触らせてもらう。興味があると言ったら快く見せてくれた。断られるかと思ったが案外言ってみるものだ。
「鞘から抜くことはできないのですね」
「拙者以外には抜けぬようになっております。拙者ですら抜くべき時にしか抜けぬのですがね」
梵天 神刀 S級 魔術効果【神焔 創造 生命 探知】
S級の竜刀。アルドラが直感で感じ取ったのはこれか。
S級に該当するのは失われた古代技術で作り出された神器だけという話を聞いたような気がするが、他にもあったのだな。もしくは神器に相当するものということか。
神器も所有者にしか扱えないらしいので、同質の存在という可能性もある。
もしかしたらS級の品だから、逆に見せてくれたのかもしれない。鑑定スキルは同等以下のアイテムの情報しか得られないはずなので、S級アイテムの鑑定をするには鑑定スキルS級が必要なのだ。高レベルの者でもS級スキルを所持している者は少ないからな。特に秘匿せずとも他人に見破られることは少ないのだろう。
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