第190話 先輩たちの講義
屋敷に入ると居間ではダリアを講師に魔術講義が行われていた。
生徒はミラ、リザ、シアン。
「F級の魔術師は素人。E級で見習い、D級で一人前。C級で精鋭と言われる。B級だと熟練者、A級で達人、S級になると英雄だね。ちなみに私はB級になる」
居間のテーブルに広げられた大小の羊皮紙には、様々な魔法陣が描かれびっしりと文字が書き込まれているのが見えた。
端には見たこともないほどの厚みのある古書が、何冊も積み重ねられて不安定な塔を作っている。
「魔術の基礎はC級辺りにもなれば十分理解して扱えていると思うけどね。だけどその先に行くには、もう少し工夫が必要だよ」
ダリアの左手から水球が出現する。そして右手からは魔術で作られた圧縮された土の塊、土球が作り出された。
彼女の魔術によって生み出された2つのそれは、空中に浮かんだままゆっくりと近づいて行きやがて接触、重なり合った。
2つの異質の術がゆっくりと混ざり、溶け、融合する。それはとても不思議で美しい光景だった。俺の感覚ではだが何かを破壊する術よりも、生み出す術の方が繊細で鋭い感覚が必要な気がする。ダリアの術はそういった部類のものに感じた。
「これが合成魔術だよ。緻密な魔力制御が要求される技だけどね、エルフ族ならそれほど難しくはないはずさ。C級でも感のいい子は使ってる者もいる。B級なら使えても珍しくはないね。元々魔術やスキルは応用の利くものだ。自分が扱いやすいように調整するのは、玄人なら当然のことさ。使い慣れた仕事道具と同じさね。自分の扱う道具は自分で調節しなきゃね」
「私にもできるでしょうか?」
「エリザベスか。あんたは感が良さそうだ。すぐに使いこなすだろう。この年寄りがちょっとしたコツを教えればね」
「ダリア様、よろしくお願いします」
リザは深々と頭を下げた。
「あんたは少し背伸びをしすぎなところがあるね。あまり自分を卑下するもんじゃない。時には立ち止まることも大事だよ」
ダリアが皺のある手でリザの頭を優しくなでる。リザは動かずそれを静かに受け入れている様子だった。
「シアンには水魔術の適性がありそうだ。ミラは光魔術だね。私の扱える術を教えてあげよう。きっと役に立つからね」
「ありがとうございます、ダリア様」
ミラさんが頭を下げる。
「……あの、私にも魔術が使えるようになるんでしょうか?」
不安げな表情を見せるシアンにダリアは優しく微笑んだ。
「魔素の影響を受けやすい髪色を見れば適正魔術がわかるからね。まぁ、大丈夫さ。それとも、こんな年寄りの話は信用できないかい?」
「い、いえ……」
「私もたくさんのエルフの子供たちを見てきたけどね、もともとエルフ族は成長が遅い種族なんだ。シアンのように魔術の開花が遅い子供は珍しいことなんかないんだよ。何人も見てきた経験があるから言えるんだ。あんたは大丈夫だってね。心配することないよ、近いうちにきっと使えるようになるさ」
ダリアは優しいお婆ちゃんって感じで、みんなに丁寧に魔術の指導をしてくれているようだ。同族同士で親睦を深めることは良いことだろう。エルフ族は人族や獣人族から見れば数が少なく、ベイルで暮らしていてもなかなか接点がないしな。こういった交流は貴重なのかもしれない。
「そこに隠れている坊やも一緒にお勉強するかい?恥ずかしがっていないで出ておいで」
「いえ、隠れているつもりでは……」
「ジン様、お帰りなさい」
「兄様お帰りなさいっ」
「ああ、ただいま」
リザたちの嬉しそうな声に返事を返すと、ダリア婆ちゃんが彼女たちの後ろでニヤニヤしているのが見えた。
とりあえずリディルさんに探索者としての仕事を教えて貰うということで、魔術講義は興味あるが後で参加させてもらうことにしてその場を後にした。
俺はそのまま別室でリディルさんの講義を受ける。
探索者としての仕事内容。不測の事態になった場合の対処法や優先行動。罠の解体方法。
彼女が持つ冒険者の鞄から羊皮紙の束を取り出し地図を広げた。レヴィア諸島海底遺跡の地図だ。
「いま攻略しているのがこの地区ね。特に注意するのが――」
罠の図解を記した羊皮紙を見ながらその構造を習う。
「これが魔力回路ね。ここと、ここが繋がってるのがわかる?これは発動に魔石を使っていて、魔石を消耗すると発動しなくなるタイプ。こっちは魔晶石を使っているタイプ。遺跡内部の魔素を吸収して、魔力を蓄積するから罠が発動して魔力を消耗しても一定時間経過すればまた罠が起動するってわけ。こういうのは魔晶石を取り外せば機能しなくなるのよ」
魔法陣系の罠は、魔術師が好んで使うタイプの罠らしい。
比較的簡単に設置できて効果は抜群。自分の根城や財産を守るために盗賊避けに使われるのだそうだ。
特定の場所に触れると魔法陣が浮かび上がり、設定した魔術が起動する。大抵は触れた本人を対象にするか、周辺も巻き込んで効果を及ぼすものが多いようだ。
魔石内蔵型は安価で使い捨て。魔晶石内蔵型は何度も使えるが高級といった違いがある。
ちなみに魔法陣系の罠はもっとも単純な罠の1つである。この遺跡で確認されている罠の種類だけでも数十種類にも及ぶのだ。もちろん、ものによって対処法が異なるのは当然のこと。すべて俺が処理するという訳ではないが、知らないと事故につながる可能性もということで講義はこの後も長々と続いた――
昼食はミラさんが用意したパンとスープを頂いた。スープには俺が獲ってきた蟹肉を解して入れてある。岩の塊のような外観だが、解体スキルを使えば何とかなったのでよかった。爪だけでも成人男性くらいのサイズはある。とても食べきれる量ではないが、余ったら調査隊のほうにも持っていけば良いだろう。ちなみに味はなかなかの美味であった。大味かと思いきやそうでもない。甘みもしっかりあり蟹の旨味も感じられた。しかし量が多いのですぐに飽きそうだ。あまりに多いと有難みも何もあったものではないな。
午後からも講義は続きある程度したところで、俺は途中から魔術講義のほうへ参加することになった。
「同調かなるほどね。でもあんたそれって、相手に合わせてもらうのを待っているんじゃないのかい?自分から合わせていこうっていう気はあるのかい?もう少し使い方に工夫をしたほうがいいみたいだね」
俺が使える魔術やスキルに付いて質問すれば、アルドラでも得られなかった答えを得ることができた。
彼女はエルフ族の老練の魔術師。その長きに渡った経験も積み重ねた知識も、アルドラの生きてきた時間さえ超えるものだった。
魔術について深い造詣があるものは周囲にはいなかったのでこれは有り難い。この機会を活かし彼女から得られるものは少しでも吸収させてもらおう。
そこから何日間かは、同じような日程でことが進んだ。
調査隊本部の方に帝国冒険者と思われる数人が、嫌がらせをしに近づいてきたこともあったがシフォンさんの人形が返り討ちにしていたようだ。
帝国の嫌がらせというのも、その程度の連中が姿を見せるくらいなら問題は無さそうだ。女帝が本格的に粛清の乗り出すといった状況にならない限りは大丈夫だろう。
シフォンが所有しているゴーレムの数は不明だが、何体かは調査隊本部とこの屋敷の守護にと付近に潜伏させているらしい。
彼が直接指示を出さずとも、簡単な指示を与えれば自分で考え行動することのできる自立思考型ゴーレムなのだという。
それは魔物のゴーレムとなにが違うのかと尋ねたら、ほぼ同じものだという答えだった。
もともとザッハカークの森を彷徨っているゴーレムも、どこかの魔術師が下僕として作り上げたものだと推測されている。
それが主を失い命令があいまいな状態のまま、永遠と森を彷徨い続けているのだ。
内蔵されている魔力回路や核の性能を向上させれば、より高品質のゴーレムを生み出すことも可能なのだという。
ちょっと面白そうなのでシフォンさんの講義もぜひ聞いてみたいところである。
彼が所有しているゴーレムは全て彼の自作であるというし、俺もいつか自分のゴーレムという奴を作ってみたいものだ。
いつもの講義を受けている最中、珍しい客が屋敷に姿を現した。
「ややっ、どうも、どうも。先日はお世話になり申した」
特徴的な衣を身にまとった大男。竜人族のクオンである。庭で組み手をやっているアルドラたちの賑やかな音に吊られて、庭の方へと足を向けた様だ。
「おお、クオンさん。良くここがわかりましたね、今日は一体どうしたんです?」
俺が出迎えると、彼は懐を探りそこから一通の手紙を取り出した。
「拙者がお世話になっている御仁から、手紙を預かって参りまし――」
ぐうううううううううぅぅーーーーーーー
爆音とでも言うべき盛大な音がクオンの腹から鳴り響いた。あまりのことに俺は動きを停止させ、背後でアルドラが爆笑している。
「わははははっ、これは見っともない真似を、申し訳ない」
「もう昼じゃからのう。一緒に飯でも食っていかんか?酒も用意するでな」
「いえ、拙者今日は手紙の受け渡しに参った次第でして、ご迷惑をお掛けするわけには――」
部屋の中から良い匂いが庭の方へと流れてきた。思わず反応する大人たち。
「量は十分にあるじゃろう?もちろん酒もな」
「そうですよ、せっかく来たんだから食べて行ってください。今日は俺の故郷の味を再現してみたんで、もしよかったら感想を聞かせてくれませんか?」
クオンさんは遠慮していたが、いい匂いの正体が気になっている様子だった。
彼はものすごくたくさん食べるので迷惑が掛かると遠慮しているらしいが、食材は持ち込んできたものも大量にあるし、ミューズ市場でも近海で獲れる魚介などは安く手に入るのだ。
それにこの大所帯に1人増えたところで大した違いはないだろう。
「かたじけない。それではお世話になり申す」
今日の昼飯はみんなで庭で食べることにした。
土魔術 創造を駆使して作ったBBQコーナーである。金網は屋敷に備えてあったものを使い、炭はミューズ市場で売ってあったものを購入した。
木材はレヴィア諸島では数が少ないので、どんな物でも希少なのだ。それゆえに高価。燃料としての木材を帝国から輸入するにも場所を取り嵩張るので、量を運ぶためには炭にして運んだ方が効率が良いのだろう。
もともとは駐在の人族向けの品だったようだが、近年では海人族も使うようになったのでミューズ市場でも常在品として常備されているらしい。
「ぐおおおおおおおお!?うっ、うまい!!何ですかこれはーーーーーーー!?」
焼き鳥を頬張り絶叫するクオンさん。かなり気に入ったらしい。
鶏肉を串に刺し、魚醤と砂糖と酒で造ったタレを掛けて焼いたのだが、どうやら上手くいったようだ。もちろん手に入る材料で作ったなんちゃって料理だが、美味いのなら何の問題もあるまい。
俺も一口頬張ってみる。甘塩辛いタレの味が懐かしさを増長させる。もちろん記憶にある味とは違う。だがこれはこれで美味い。それに系統としては同じといっていい出来栄えだ。かなり近い。焼き鳥の親戚くらいにはなっていると思う。
他にも市場で買ってきた魚や貝を適当に焼いてみる。これらは素材の味、塩味だ。十分に美味い。あ、いや、魚はちょっと魚醤かけたほうが美味いか。
アルドラ、クオン、フィールの3人でジョッキサイズの杯に互いに海酒を注ぎ本格的な酒盛りが始まった。
海酒は日本酒によく似た酒精の強い酒なのだが……まぁ、この人たちには関係なさそうだ。フィールさんもクオンさんも見た目酒豪っぽいしな。
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