第187話 B級冒険者
疲労からか昼ほどに目覚めた俺は、シフォンさんに事の顛末を報告した。
「そうか、そうだな。それにしても、君も厄介な者に目を付けられたものだ。まぁ、こうなっては仕方ないか……ともかく無事でよかった。戻って来てくれて私も嬉しい。拠点についての安全は私が保障しよう。私の人形に守護を任せているからな。女帝クラスに動かれてはどうにもならないが、配下の連中程度なら問題ないだろう」
「すいません、迷惑をおかけします」
「いや、君のせいではないのだしな。それより持ち帰った書類のほうを、少し預からせて貰っても良いだろうか?もう少し目を通しておきたいのだ」
「ええ、もちろんです」
昨夜も宴会だったようだが、俺の帰還を歓迎してくれた調査隊の連中が昼間から飲もうと誘ってくれた。
ミラさんとシアンは俺のためにと手料理を作ってくれているようだ。
「おう、カシマ君、よくあの連中に取っ捕まって無事に帰ってこれたな」
「今日は帰還祝いだ!飲んで騒ごうぜ」
「お前は何かに託けて飲みたいだけだろう」
「まぁ、とりあえず何があったのか聞かせろよ」
調査隊の連中に捕まった俺は、葡萄酒を酌み交わし宴に参加した。
距離のあった調査隊とも酒を酌み交わし距離が縮まったようだ。うむ、やはり一緒に飲めば、自然と交流できるし仕事前にこうした席に参加できてよかったな。
「流石はわしの見込んだ男じゃな。今日の主役はお主じゃ、今夜は存分に飲み潰れようぞ」
上機嫌のアルドラが酒を注いでくる。飲み潰れるのはどうかと思うが。それにしても美味い葡萄酒だ。繊細で緻密な味わい。滑らかな舌触り。口内に残る余韻。
海人族の島でもこんな上等な葡萄酒が手に入るのか。
「カシマ君に乾杯しようぜ」
「御馳走さまです!」
「美味い酒をありがとう!」
「今日は飲みまくるぞー」
皆が杯を掲げ、乾杯の音頭を取った。
そうして口々に酒の礼を言ってくるのだ。
ベラドンナ 飲料 C級
酒の正体を魔眼で知り、アルドラに視線を移す。
「これは商売用にアルドラに預けていた奴じゃないか?」
「すまんのう」
「いやいやいや“すまんのう”じゃねぇわ!借金返済用の商品だぞ、どうすんだよ……」
「結束を高めるには酒を酌み交わすのが一番じゃろう。皆懐かしい故郷の葡萄酒に喜んでおったぞ」
そう言いながら、手持った酒を調査隊の連中に振る舞った。
アルドラは既に前の晩からベラドンナを配っていたようなので、彼に預けた酒はほとんど飲み尽くされてしまったようだ。
「「「ジン・カシマに乾杯!!」」」
調査隊の連中は杯を掲げ、安酒のように勢いよく最高級葡萄酒を飲み干した。
「乾杯じゃねぇぇぇーーーー!!」
俺の慟哭が屋敷に響いた。
「おい、ジン・カシマ!てめぇ、こんな隅っこでチビチビ飲みやがって、男なら俺と勝負しろ!」
ミラさんの料理を味わっていると、頬を朱に染めたレドが大声をあげながら絡んできた。
「意味がわからない。勘弁してくれ」
今はそんな気分じゃないんだ。
「煩い奴だな。酒の飲み比べ勝負だ、どちらがより多く飲めるか勝負しろ!さぁ、早く杯を持て。いいか、勝者はエリザベスさんを自分の物にできる権利が与えられる。これは男と男の正式な決闘だ!」
煩いのはどっちだ。レドは声も高らかに宣言するが、そもそもリザは俺の嫁なので意味不明すぎる。お前はどこからその権利を主張しているのだ。
「人を物みたいに扱うなんて、最低の人間ですね」
リザは俺の傍らから、軽蔑とも取れる冷ややかな視線を送った。
「え?いや、これは男と男の名誉を掛けた――」
「最低」
リザが冷たく言い放つと、レドはそれ以上なにも言えなくなってしまった。
だがレドは、よほど俺と勝負をしたいらしく(前回負けたことを、完全には納得していない)しばらく時間を置くと、しつこく勝負、勝負と喚くので仕方なく付き合うことにした。
勝負の内容は酒の飲み比べだ。互いに1杯ずつ飲み、潰れた方が負けという単純なルールである。
耐性 S級 【打 闇 毒 氷】
耐性スキルを有効にしておけば、アルコールも毒素と認識して即座に分解してくれる。
こうなると俺には酒も水と変わりないものになる。
悪いけどまともに付き合う気はさらさらないので、さっさと潰れてもらうとしよう。
「ぐううううう……なんでだ……」
レドはあんまり酒に強くないようだった。数杯飲んだ時点で、真っ赤な顔を青く変化させ、ついにはソファーに倒れこんでしまった。
弱いなら勝負するなよと心の中で呟きつつ、レドにはこのまま寝ていてもらうことにした。
「だらしないな、レド・バーニア!」
颯爽と現れた小柄な少女が、うつぶせで倒れこむレドの背に一切の躊躇なくドカリと座った。
「ぐえっ」
一瞬聞こえるうめき声。レドの顔が余計に青くなったような気がするが大丈夫か。
丈の短いジャケットにピッタリと肌に張り付くインナー。短いスカートの下に履いているのはレギンスか、腰から脚を覆う様に密着した薄い素材。
これは先ほどのレストランで海人族の店員が身に着けていたものと同一の物らしい。とある島民から譲ってもらい、以来愛用しているそうだ。
伸縮性があり、水に対する強い耐性、刺突に対する耐性もある程度期待できるという。鎧下に使うにも良さそうだな。濃紺色の生地は、そのまま使っても水着として利用できるのではないだろうか。
リディル・ベル 探索者Lv45
ミゼット族 32歳 女性
特性:健脚 潜伏
スキル:探知B級
罠解除C級
短剣D級
投擲E級
風魔術C級
シフォンさんの姪にあたる彼女は、調査隊にいる3人のB級冒険者の1人でもある。
彼女もまたミゼット族特有の外見をしており、その姿は人族の12歳程度の子供にしか見えない。しかし魔眼が示す通り、外見とは違って中身は大人の女性なのだ。
調査隊としては常に先行役となり、本隊よりさきに魔物の存在を察知、遺跡内の罠を解体し無力化するのを主な任務としている。
「ジン・カシマ。明日から探索者としての技術を、あたしがビシバシ指導してあげるから楽しみにしててよね!」
「はい。よろしくお願いします」
「それにしても、この鍋っての凄く美味しいね!」
リディルさんはレドに座ったまま、小鉢に移した鍋をもりもりと食べている。
「で、これ誰作ったの?あたし超気に入ったんだけど!」
「そこにいるミラさんですよ」
近くに座る彼女を紹介すると、ミラさんは少し困った顔をして答えた。
「ジンさんの助言通りに作っただけですから。私は何も」
「いえいえ、俺は口を出しただけです。口は出すけど自分では作れないので、ミラさんには感謝してます」
「ふぅん?まぁ、何でもいいけどね!これ昨日もあったやつだよね。また作ってよ。あたし本当に気に入っちゃった」
リディルさんは屈託のない笑顔を浮かべ実に満足そうだ。
「わかりました。また具材を変えて作ってみますね」
「うん。お願いね!」
ふと気が付くと、調査隊の男連中がミラさんのもとに集まって来ていた。
「ミラさん懐かしい料理をありがとうございます」
「ここに来てから毎日魚ばかり食べていたので、ありがたいっす」
「ベイル料理がこの仕事中に食べられるなんて……明日からまた頑張れそうです」
「ミラさんの手料理なら毎日食べたいですよ」
家庭料理は故郷を思い出すということで好評のようだ。
連中のなかには馴れ馴れしくも、握手してくる奴とかいるし。
お前ら、ちょっと近いぞ。こら、ミラさんに触るんじゃない。
「この人は俺のだから、ちょっかい出さないように」
どうにも我慢できずに、俺は思わずミラさんの肩を抱き寄せる。
「なっ、お前、ミラさんまでっ――」
「この男所帯で、そういうことをするって事は、相応の事も覚悟してのことだろうな……?」
「てめぇ……うらやま……殺す」
一瞬にして敵が増えた様な気がするが、致し方あるまい。
「ジンさん酔ってます?」
ミラさんは顔を近づけ、俺の顔を覗き込むように問いかける。
「そうですね。ちょっと酔ってます」
ミラさんが指で俺の胸を抉るように突いてくる。
「酔った勢いですか……」
「ん?何か言いましたか?」
「いいえ、別に!」
キースが手に何かを隠し持って、こちらへ近づいてくる。
「シアンちゃん。君のために市場でいいもの見つけたんだ。よかったどうかな?」
ジュエルドロップ 菓子 D級
ミューズ市場は島近海で水揚げされた新鮮な海産物のほかにも、帝国からもたらされた様々なものが売られていた。
帝国領の特産物の1つに砂糖がある。生産量には限りがあるため、俺が良く知るものよりも遥かに高価なものなのだが、それでもベイルで購入するよりは幾分安かった。
この菓子は金持ち向けの砂糖菓子の1つだ。砂糖に水飴を加え煮詰めて、香料を添加して作った飴玉である。
「知らない人から物を貰っちゃダメって言われてる……」
シアンが俺の影に隠れながら答えた。
「そ、そんな。知らない人じゃないよ!僕も調査隊の1員だよ?仲間だよ!」
キースは若干シアンを見る目が犯罪的なので、彼女も激しく警戒しているようだ。
「シアン、嫌じゃなかったら貰ってもいいぞ?毒物ではないようだし」
魔眼で確認したところ異常は見えなかったので、たぶん問題はないだろう。
「毒なんか入ってるかぁ!!帝国直営の店で買ったんだぞ!銀貨1枚もしたわ!」
ベイルだと砂糖1kg銀貨3枚くらいだったはずだから、その小さな木箱で銀貨1枚ってぼったくり過ぎじゃないかと思うほど高いんだけど。
菓子の容器である木箱が凝った細工をしていて、明らかに高級感を出そうとしているので金持ち向けの贈答用なんだろう。
この島に持ち込んで売れるのかは疑問なところだが。
「まぁ、なんでもいいけど、あまりしつこいと彼女の護衛に敵だと認識されるぞ。彼の爪はなかなか鋭いからな」
シアンの足元でネロが小さく鳴いた。
「くそぅ、お前の周りばかりに可愛い子を集めやがって……向こうを見てみろ!むさ苦しい男どもが集まって飲んで何が楽しいんだ!あいつらが可哀そうだと思わないのか!?」
キースが指す方向ではブルーノと他数名の隊員が酒を酌み交わしているのが見えた。
柔道部かアメフト部員かというほどに、ごつい男たちが集まって飲んでいる姿は確かにむさ苦しいな。キースの言いたいことはわかるが、俺に言われても困るんだけど。
「調査隊にも女性隊員はいるじゃないですか?」
そういってリディルさんに視線を移す。彼女は今もなお、鍋に夢中だった。
「うーん、そうだけど。そうじゃないんだ……」
「B級隊員はみんな女性でしょう」
ダリア・ロウ 魔術師Lv48
エルフ族 216歳 女性
特性:夜目 直感 促進
スキル:風魔術C級
水魔術D級
光魔術C級
土魔術D級
魔力操作D級
空間認知C級
「坊やの言う通りだねぇ。どれ、そんなにママが恋しいなら私たちが可愛がってあげようかね」
キースへと慈愛に満ちた視線を送るのは初老のエルフ女性。3人のB級冒険者の1人だ。
アルドラ以外で初めて見る年配のエルフである。気品のある穏やかな佇まいから、淑女という言葉が似つかわしい婦人だった。
かなりの高齢のようだが、人族の感覚からすると70前後といった感じだろうか。
「いやいや、ダリアさん、そういう話では――」
フィール 武闘家Lv57
獣熊族 67歳 女性
特性:
スキル:体術S級
闘気B級
忍耐D級
耐性F級
鉄壁D級
「そうだな。私で良かったら胸を貸そう」
いつの間にかキースに寄り添うように傍に現れたのは、最後のB級冒険者の1人、獣熊族の武闘家だ。
獣熊族は獣人の1種族。
太い骨を筋肉の鎧で包み込んだような肉体と、鋼のような剛毛で全身が覆われている。
男性も女性も生まれながらにして戦士という彼らは、優れた身体能力を持つとされる獣人の中でも最強の存在として知られていた。
「フィールさん、あ、いや、ちょ――」
丸太のような剛腕に捕まっては彼に逃げる術はない。
青ざめた顔を浮かべながら、キースはそのまま連れ去られて行ってしまった。
お読みいただき、ありがとうございます!
ブクマ、評価よろしくお願いします(=゜ω゜)ノ