第177話 お持ち帰り
凶鮫旅団の一行は迷惑料だと金貨の入った袋を店員に投げ渡し去って行った。
あとに残ったのは酷い有様となった店内と、わだかまり残る海人族の連中だ。
「店主よ、すまなかった。店に迷惑がかかってしまったようじゃな」
アルドラが頭を下げると、体格の良い海人族の男は笑って答えた。
「なに気にすることは無い。金は十分頂いたし、壊れた店は直せばいいだけだ。それより、うちの若いもんを助けてくれただろう。ありがとうよ」
「たいした怪我ではなくて何よりじゃ。こういったことは、よくあることかの?」
店内を見渡しながら店主に訪ねる。破壊された店内を海人族の店員はもとより、客も手伝い片づけている最中だった。
「いや、こんなに派手に暴れるのは最近になってから……そうだな、あんたが投げ飛ばしたあの男が、姿を見せるようになってからだろうな。帝国連中の船数も増えたし、人も大勢くるようになった。噂じゃ、この島を乗っ取りに来たんじゃないかって話してる」
店主の話では、この街を拠点に周辺の島々に生息する大型の海洋魔獣を狩っているらしい。
海人族は滅多にそういった大物を狩ることが無いので、周辺には多数の魔物が生息していると予測される。
「なるほど、魔獣の肉や脂、毛皮が狙いか」
「ああ、だけど最近の大人数はそれにしても多すぎる。もしかしたら海神様を狙っているのかもしれないな」
「海神様。ふむ、海神祭と関係が?」
「ああ、そうだよ。海神祭は巫女様が年に1度、海底で眠っておられる海神様に歌と踊りで楽しんでもらう祭りなのさ」
レヴィア諸島は海神様によって守護されている。
そのおかげで、この海域では異常発生が起きないと言われている。
海底で眠り続ける海神様が1年に1度だけ目覚める日。それが海神祭の本祭と呼ばれる日だ。
「海神様を狙うというのは?」
「海神様はレヴィアタンだっていう話だからな。俺も聞いた話で見たことはないんだけど」
レヴィアタンは海蛇の魔物で、寿命は永遠と言われるほどに長く、無限に成長する海の王と称される魔獣だ。
嵐を呼び、津波を起こし、島を一飲みにするといったような伝承が世界中に存在する有名な魔物の1種である。
素材としての希少価値は当然高く、小型のものでも1匹仕留めることができれば国が買えると噂されるほど。
「レヴィア諸島。海神様の眠る海か。冒険者が多少強引な手段を用いても狙うというのも頷ける話じゃがのう」
アルドラの言葉に店主は首を振って答えた。
「だが冒険者といえど、海底で眠る海神様じゃ手を出すどころか近寄ることさえ無理な話さ。あくまでも噂話だよ」
店内の乱闘騒ぎで何人かの負傷者が出たので、ミラはその治療に当たった。
どれも軽症であったので緊急をようする事態にはならなかったが、騒ぎを起こした発端という手前もある。手間になるようなこともないので、進言した次第であった。
「お母様、どうですか?」
「ええ、こっちはもう大丈夫よ。リザは大丈夫?」
「はい。お店の人に傷薬とライフポーションを渡してきました。低級のものですが、こちらでは高価だと言うことで喜んでもらえました」
力なく笑う我が娘に、ミラは抱きしめて頭を撫でた。
「そうじゃなくて、心配なんでしょ?ジンさんのこと」
「……はい」
ジンはこの場にはいない。
帝国の冒険者たちが連れて行ってしまった。
なんの魔術なのかはわからないが、あのアルドラでさえ動きを封じられてしまう強力な力。
『悪いが少し借りてゆくぞ。なに殺しはせん、安心するがよい』
桃色の髪の女の言葉がリザの脳裏に浮かぶ。
もちろん追いかけようとしたが体が動かなかった。
まるで巨大な手で上から押さえつけられているような感覚。抗えない力にリザはどうすることもできなかった。
『俺は大丈夫だ、無茶はしないで大人しくして待っててくれ!』
リザに魔眼のような相手の力量を図る能力はない。
それでも後に現れた連中が大きな力を持っていることは彼女にも理解できた。
ジンは魔眼にて正確にその脅威を知ることになり、リザを含む仲間たちに危険が及ばないよう配慮したのだろう。
「姉様、兄様は大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。ジン様がそう言っていたでしょう?私たちは信じて待ちましょう」
不用意な行動はジンの願う所ではない。それにジンに危険が迫れば眷属たるアルドラもそれを感じることができるはず。
今はその時を静かに待つ。それが最善だとリザは自分に言い聞かせた。
「アルドラ様。気づいていますか?」
「うむ。尾行にしては些かお粗末じゃのう」
拠点へと帰る道を辿らず、住宅地を避け北へと進んだ。
建物が少なくなると人通りも大きく減り、自然のままの空き地が増え、背の低い木々が生い茂る森のような場所へ辿り着く。
ある程度してからアルドラは皆に合図を出し立ち止まった。
「へへっ、どうした?もう、おうちについたのかい?」
薄ら笑いを浮かべる無頼漢。帝国の冒険者か。
「おい、男は殺していいんだよな?」
「ああ、女は宿舎にさらって可愛がってやろうぜ。たっぷりとな」
下卑た笑い声をあげる男たち。
すでに腰から得物を抜き放ち、とても友好的な態度には見えない様子である。
「なんのようじゃ?話があるなら要件を言うがよい」
アルドラがやや呆れたように問うと、男たちは苛立ち交じりに答える。
「話だと?てめえらにする話なんかねぇよ。俺たち凶鮫旅団に逆らってただで済むと思ってるのか?上の連中が見逃しても俺たちは黙っちゃいられないぜ」
「そうとも。帝国冒険者はメンツが命よ!てめえら見たいな素人に舐められたままじゃ下の連中に示しがつかねぇ。落とし前はつけさせてもらうぜ」
「俺たちが凶鮫旅団の恐ろしさをたっぷりと教えてやるよ」
目の前には6人の男たち。だがそれで全員ではないだろう。背後に何人か。それにこちらを取り囲むように人を動かしているようだな。
男たちの視線が不自然な動きをしている。仲間の配置を気にしているのか。
アルドラは並び立つリザに小声で話しかける。
「逃げるか、片づけるか。どうするかの」
「片づけましょう。拠点まで付いてこられても迷惑ですし」
「ふむ。そうじゃな」
「アルドラ様は正面の連中をお願いします。お母様はシアンと共に守備に徹してください。私は伏兵を処理しますので」
「わかった。お主なら……まぁ、心配はいらぬか」
襲撃者となった帝国冒険者16名。
ある者は気絶、ある者は縛り上げられ、地面にと転がされていた。
「くそっ、ちくしょうッ。放しやがれ!」
威勢よく吠えるも、地に這いつくばって醜態をさらしては、ただただ哀れとしか言いようがなかった。
「何人か逃げたようじゃが、程度の低い連中のようじゃから問題ないじゃろ」
「そうですね。それよりもやることがありますので」
「ほう、何かな?」
リザは鞄から硝子の小瓶を取り出した。
「つい先日完成したものです。試しに使ってみようかと」
自白ポーション 魔法薬 C級 効果:判断力低下
エルフの薬学に獣人の薬草術と独自の経験を組み合わせて作った、エリザベスオリジナルの魔法薬。
「数種類の毒物を混ぜて作りました。これは脳にダメージを与えて判断力を低下させる魔法薬です。嘘をつくには意識が判然としている必要があるそうで、脳機能を低下させると黙秘することが難しくなるそうです。これを飲ませて、なぜ帝国冒険者がジン様を連れて行ったのか聞き出しましょう」
「はぁっ!?て、てめぇら、なにをするつもりだ!?」
「大丈夫ですよ。脳にダメージを与えると言っても、僅かなものですから。痛みはありません。たぶん死なないと思いますし」
「馬鹿言ってんじゃね!そんな得体のしれないもん俺に近づけるな!」
危機感を覚えた帝国冒険者が地面を転がり逃げようとするが、アルドラが足で抑えているので逃げることは出来なかった。
「初めて使うのかの?」
「試作品のときにゴブリンで何度か試しました。完成品で試すのは今回が初めてですけど。毒物の容量を間違えると重度の脳障害を起こす可能性がありますが、たぶん大丈夫だと思います」
「や、やめてっ」
「男なら覚悟を決めてください。すぐ終わりますから」
何人かの男に薬を飲ませ、質問をしてみたが特に価値のある情報は得られなかった。
「ふむ。下っ端ではたいしたことはわからぬか」
「そうですね……」
ただわかったのは桃色の髪の女は、帝国にいる4人のS級冒険者の1人で帝国最強の魔術師だということだった。
調査隊本部へ帰還しリザはシフォンへと、ことの顛末を説明した。
「だからあれほど問題を起こすなと……だが、そういった状況なら仕方あるまいか……うぬぬ」
少々苦い顔を見せ唸っていたが、最後には諦め納得したようだ。島民と良好な関係を築くのも必要なこと。彼らを見捨てるわけにもいかず、帝国とことを構えるのも面倒になる。どっちにしろ、難しい場面だった。
すでに帝国冒険者との間には軋轢が生じてしまったように思えるが、彼らの上役がどう動くかでことは変わってくるだろう。
しかしリザにとって、これらの問題はたいしたことではなく、ジンの安否のみが彼女の思いの全てだった。
「ジンが心配なのもわかるが、今は焦って動かないほうがいいだろう。君のいう女は帝国でも有名な人物だ。噂によると彼女は強力な闇精霊の加護を受けているという。闇の魔力が強まる夜の間に、ことを荒立てるのは得策ではない」
例え調査隊の全戦力を投入しても、夜戦ではその女1人にも敵わないというのがシフォンの見解であった。
「事情を聴きに連中の元へ出向くのも朝になってからのほうが良いだろう」
やがて日も落ち、昼間にはいなかった残りの調査隊の面々が揃うと、本部で顔合わせも兼ねた宴がはじまった。
本部の広間には酒や料理がずらりと並んでいる。レヴィア諸島で手に入る新鮮な海産物を中心とした海人族料理から、調査隊の男たちには懐かしいベイルの家庭料理まで、その種類の幅は広い。
ちなみに海人族料理というのは、ほとんどが素材を生かしたそのまま焼いたり茹でたりするだけの料理。
調査隊の調理担当の男が滞在している最中に、見たり聞いたりしている間に覚えた様だ。
ベイルの家庭料理はミラが担当した。
「すげえ良い匂い!」
「おお、今日は豪勢だな」
「なんだ、何か懐かしい料理もあるぞ」
調査隊の男たちから感嘆の声があがる。
ミラが用意したのは魚の煮付けだ。市場で手に入れた新鮮な魚に、海酒と砂糖と魚醤で味を付けた。生臭さを消すため、リザが用意した香草も使用している。
これらはジンの好物だと前もって聞いていたもので、密かに晩に作って食べさせようと彼女が考えていたものであった。
もう1つは鍋だ。飛魚を乾燥させた干し魚が市場にあったので、それを手に入れ火で炙ったのち砕いて鍋で出汁を取った。味付けは海酒と魚醤を少し。
脂の少ない飛魚の干し魚は雑味が少なく、澄んだ上品な出汁が取れた。出汁が良いので味付けは薄めに。市場で手に入れた白身魚の切り身と、鍋に合いそうな野菜を適当に投入した。
この料理もジンの話を参考にして作ったものだった。
ミラはシアンを助手に他にもベイルでよく知られる家庭料理を何品か用意した。
「旨いな。この煮付けとやら、酒にもよく合うのう」
少し濃い目の味付けは酒の肴にも最高の1品だ。
アルドラは煮付けを肴に海人族の酒を飲んでいる。海人族の酒は魚料理と相性が良いのだ。
「喜んでもらえてよかったです。たくさん食べてくださいね」
方々から旨い旨いと声があがっている。どうやらミラは調査隊の胃袋をも掴んでしまったようだ。
「この鍋も最高じゃ。出汁の染みた野菜が抜群だのう」
鍋の中には葉物と根菜類が入っている。根菜はとろけるように柔らかく煮られ、出汁と相まって最高の状態に。
葉物のほうも鍋によくあう。しばらく鍋に入っていてもシャキシャキとした歯応えが残っていて心地よかった。
宴を堪能するアルドラの姿に思う所があったものの、リザはそれを口に出して言うことはしなかった。
「リザ、今は食べて休みなさい。貴女が思い悩んでいったって何の解決にもならないわよ」
「わかっています」
正直に言えば今すぐジンのもとへ駆けつけたい。リザは自分の中で言い知れぬ不安が大きくなっていくのを感じていた。
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