第167話 ミューズ市場
大賢者が現れたというのが2000年だか3000年だか前のことらしい。
海人族は独自の文字を持たない種族であったために、正確な過去の記録は残っていないそうだ。
この世界の歴史に触れる話は興味があるところなので、貴重な話を聞けて僥倖であった。
俺は老人に礼を言って広場を後にした。
港近くには市場が広がっている。
捕れたばかりの魚や野菜、果物が所狭しと並ぶ場所だ。
木製の柱に布の日除けが掛けられている。市場が開かれる時間に設置される簡易的なものなのだろう。
調理された物も売っているらしく、どこからか良い匂いも漂ってくる。
「それにしても港町なのに野菜もたくさんあるんだな」
野菜はどれも新鮮で生気に溢れている。
「先ほどお店の方に聞いたのですが、畑が一面に広がっている農業の島や、家畜を育てている牧畜の島など色々あるみたいですよ。これだけ立派な食材が揃うなら、何か買っていってお屋敷で調理するのも良さそうですね」
「おお、それは良いですね。楽しみだ」
ミラさんは魚はあまり調理したことが無いそうだが、新鮮な物が揃うこの市場なら塩で焼くだけでも十分美味そうだ。
たぶんそれくらいなら俺でも手伝えそうだし。
「毎日魚ばかり食っては力が出んじゃろうと思っておったが、肉も酒もあるようじゃな。この街に来たのは初めてじゃが、賑わい豊かで良い街のようじゃ」
働いている者、客として訪れている者、市場は多くの人が行き交っている。
「そうですね。市場の品揃えを見れば、街がどれだけ豊かなのかわかりますね」
酒を壺で売っている店や、肉の塊や塩漬けを売っている店もあった。
食材の種類もかなり豊富なようだ。
「兄様見て下さい!あれ、シーワームが売ってます!」
シアンの言葉通り市場の1角では木箱に詰められたシーワームが売られていた。
木箱の中で無数のワームが蠢いている。どうやら食材として売られているらしい。
「ベイルの市場も豊かだったけど、ここの市場も変わってて面白いな」
「兄様、あっちにも変なのが売ってますよ!」
シアンが興奮気味に俺の手を引き先導する。
見慣れないものがたくさんあって、こうして彷徨いているだけでも楽しめそうだ。
「買うものは買ったし、何処かで食事でもしようか」
市場は一通り見て回った。晩の食材や地酒、屋敷で留守番しているネロの土産も買った。
だが今日の俺の一番の収穫は、海人族の食文化に魚醤があるのを知れたことだろう。
実際に市場でも貿易用に魚醤が販売されていた。
魚の内臓から作られる調味料である魚醤は、海人族の生活の中で偶然生まれたものらしいが、彼らの中で広く浸透した文化となっているようだ。
各氏族で使用される魚が違うので単に魚醤といえど数多くの種類があるのだという。
今回この市場で手に入れたミスラの魚醤は、フライングフィッシュの内臓から作られたものらしい。
嫌なクセもなく出汁の効いた、ちょっと風味の変わった醤油といった感じで俺の好みにあるものだった。
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