第166話 大賢者
貿易商ウィリアム・スタナー氏は大型帆船を幾つも所有する大富豪で、海域での活動を専門にする海洋冒険者を大量に雇入れ、独自の航路を開拓し成功を収めた人物らしい。
帝国海域に限ったことではないが、この世界の海というのは大森林さながらの魔物の巣窟で、何処にどんな魔物が潜んでいるかというのが全く不明で非常に危険な領域なのだ。
陸とは違い全てが繋がっている海ならではということもあるのだろう。例えその海域の魔物を殲滅したとて、瞬く間に別の場所から魔物が流れ込んでくるというのは、ごく当然のことだった。
深く暗い海という迷宮は、人間の力など及ばない絶対的な領域。人の歴史において、沖へ出た長距離の航海というのは不可能とされていた難関だった。
しかしそれも造船技術の発達や新たな航路の発見、新魔術の開発など人間の努力により徐々に開拓されることなったという。
「年に一度の海神祭でレヴィア諸島に住む他の氏族の者も、このミューズに集まりつつある。勿論それに合わせて物資も集まってきているから、ウィリアム氏も海神祭を狙って島に訪れるのは間違いないはずだ」
レヴィア諸島は海人族の支配地域。他種族が自由に行動できる領域は限られている。
海人族でなければ手に入らない素材などもあるため、そういった品の買い付けに必ず来るという話である。
「なるほど。わかりました。もし可能でしたら、ウィリアム氏との取り次ぎお願いできますか?」
正確にいつ来るかは不明だというので、彼が訪れたら滞在している屋敷に使いを出してくれるという話になった。
「良いのか?ウィリアム氏に話を持っていけば、もっと良い値段で買ってくれるかもしれんぞ」
「そうかもしれませんが、てもちが心もとないもので。可能であれば買い取っていただけると助かります」
「そうかい。なら先程も言ったけど1本、金貨15枚で3本だ。それでもいいかい?」
「ええ。お願いします」
その貿易商がいつ来るかもわからないし、実際に買い取ってくれるかも不明だ。
安く買い叩かれる可能性もある。金のほとんどは酒に変えてしまったので、これからしばらく島で生活することを考えても、ある程度は懐を温めておきたいという思いもあった。
それに金貨10枚で買った酒が金貨15枚で売れるのだから文句はない。
店を後にした俺たちは、観光気分で町並みを見ながら散策を再開させた。
「なるほどな。この賑わいも祭りが近いからという理由からか」
繁華街のような場所に訪れると、人の流れは一層多くなった。
海人族も多いが、人族、獣人族もかなり多い。
季節的には夏らしいけど、涼しい風が吹くので過ごしやすい気候だ。日が当たっている場所は暖かく丁度いい。
そのせいか道行く人は薄着の人が多いようだ。
「兄様、すごい大きな人です!」
シアンが指差したのは広場の中央に建てられた巨大な石像だった。杖を持ち、ローブを着た精悍な顔つきの男性像である。
高さ10メートルはあるだろうか。大きさといい、細部まで精巧に彫り込まれた造形といい、このような広場の目立つ場所に設置されていることを考えると、海人族の偉人か何かだろうか。
「なんか顔つきとか、あの特徴的な長耳を見るとエルフみたいに見えるな。アルドラにもちょっと似てるかな?」
海人族の街にエルフの石像というのも不思議な感じがする。
何か縁があるのだろうか。島に来てからリザたち以外にはエルフの姿を目撃していないので、海人族とエルフに深い関わりがあるような雰囲気でもなかった。
「そうかのう?わしのほうがイイ男じゃろう」
子供姿でフードを深く被ったアルドラが、石像を見上げながら応えた。
「私にもエルフの男性像に見えます」
リザも同意見のようだ。海人族の耳も少し尖っているが、エルフほどは長くないしな。特徴的な青肌は石像だとわからない。
石像の足元には金属板が備えてあり、文字が彫り込まれている。
たぶんこの人物の名前だろう。
「メルキオール・セファルディア様じゃよ」
「ん?」
声に反応して振り返ると、海人族の老人が立っていた。
「じゃから、お主らの目の前にあるのは偉大なる大賢者メルキオール・セファルディア様の石像じゃと言っておる」
まったくそんなことも知らんのかと、海人族の老人はたいそうご立腹の様子であった。
「大賢者様。有名な方なんですか?」
「なんと!?若者よ、随分と勉強不足なようじゃな。偉大なるこの御方を存じ上げないとは」
老人は呆れたように嘆く声をあげた。
「そうですね。勉強不足でした。もしよかったらお話をお聞かせ願えませんか?」
「まぁ、よかろう」
老人の話によると。この大賢者様は現在レヴィア諸島に住んでいる海人族の先祖たちをこの地に導いた存在なんだという。
古い海人族たちは世界中の島々や、海岸沿いに小さな集落を作り暮らしていたが、人族との見た目の違いから妖魔の1種とされ迫害されていたらしい。
ある者は棲家を追われ、ある者は妖魔として殺され、ある者は奴隷として捕縛されたという。
そんな彼らに救いの手を差し伸べたのが、この大賢者様というわけだ。
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