第156話 深海の使者4
細い腕が首にはまり頸動脈を圧迫した。
「え?あれ?」
あ、やばい本気で苦しい。
と思ったが、アルドラが速やかに腕を取り外してくれた。危なかった。
「あのデカいのに、やられた様じゃな」
やれやれと彼は溜め息を吐いた。
「うがぁぁぁぁぁッ」
振り返ると蜂蜜色の長い髪を振り乱し、獣のように咆哮するミラさんの姿があった。
普段のおっとりした彼女からは想像もできない様子だ。
状態:魅了
アルドラが両手首を押さえつけ拘束しているが、彼女は暴れ抜け出すことを諦めていない。
「魔力を吸い出し気絶させよ。大人しくなるじゃろう」
そういって彼はミラさんの拘束を解き彼女の身を委ねた。
慌ててミラさんを抱き寄せる。
「は?いや、それは」
俺がたじろいでいると、アルドラは問題ないと言い放つ。
「生娘じゃあるまいし、その程度のことなど気にせんじゃろ。それとも殴りつけて正気にさせるつもりかの?」
アルドラは冗談交じりに問いかける。
「ミラさんを殴る?それは絶対ダメだ」
驚きの提案に、俺は僅かに声を荒げた。
「なら任せるぞ」
そういって彼は視線を別のものに移す。
今まさに先ほどの巨大な怪物が、船尾に姿を見せたのだ。
「任せるって……」
セイレーン 妖魔Lv46
巨人のように大きな体を持つ怪物。鱗に覆われた皮膚。鋭い爪、牙の並ぶ裂けた口。マーメイドを巨大化させた魔物がそこにいた。
おそらくマーメイドの希少種なのだろう。奴らを率いていることを考えても、おそらく間違いないはず。
シアンがショックボルトを番え絶え間なく放っているが、あまり有効には見えない。微かに怯んでいる、その程度だった。
「ぁぁ……」
力なく虚ろな表情を向ける彼女の手を取り、強く抱き寄せた。
「すいません、ミラさん失礼します」
唇を奪い、その魔力を根こそぎ吸い出していく。
「あっ――」
柔らかな唇。甘い香り。豊かな胸が押し潰され、変形する。
舌を強引に差し込み、彼女を思うがままに蹂躙した。
魔力を奪いつくされたミラさんは、その場に力なく倒れた。
「…………」
シダから怪訝な視線を送られるが、今は無視しておく。
それどころじゃないからな。
アルドラが剣を振るい、セイレーンと交戦しているが決定打には欠けるようだ。
相手は海の上。危険を感じれば何時でも距離を取れるのだ。それに加え、配下のマーメイドが多数存在する。
リザとシアンが対処しているが、防戦が精一杯の様子だ。この状況は魔物に有利すぎる。下手に戦闘を続けるよりも、退避したほうが良いだろう。
「リザ、船に浮遊を掛けてくれ。この領海を脱出する」
「え?あ、はい」
船を浮かせることができれば、接触抵抗が発生しないのでシダの気流操作だけでも速度が出せるはず。
巨大な船体を浮遊させるのは、簡単なことではないが――
「シダさん、今からリザが船体を浮かせます。おそらくそれで速度が出せるはず。この戦況を脱出します」
「なんだって?」
リザが全神経を集中させ魔力を操作する。
俺の指示の真意を、事細かに問いただすようなこともない。俺はそれを信頼してくれているのだと受け取っている。
説明する時間も惜しい時には、その信頼はとても有り難い。
船体が僅かに浮いてくる。それに合わせて航行速度も徐々に上がっているようだ。
セイレーンが船に張り付き妨害してくるが問題ない。
雷撃S級
閃光と轟音。それに伴う激しい衝撃がセイレーンに襲い掛かる。
直撃を受けた魔物は動きを完全に制止させた。
雷撃の余波は周囲のマーメイドをも巻き込み、もろとも海底へと沈んでいった。
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