第153話 深海の使者1
船は大人10人が楽に乗れると思われる大きさがあり、俺たちが乗り込んでも十分に余裕があった。
大きな帆が風を受けて進む。
波は穏やかで、何処までも空は青い。
念のためにと探知の範囲は広くしているが、特殊な反応は感じない。
何があるというのだろうか。
「俺はミスラ族のシダ。お前らルタリアの冒険者だろ?まぁ、装備を見ればだいたいわかるけどな」
確認もせずによく船に乗せたなと思ったが、あの指定された場所にいるのは俺たちだけということなので、間違いようが無いという話であった。
シダ・ミスラ 漁師Lv31
海人族 42歳 男性
特性 流動 皮膚感知
スキル:風魔術C級
水魔術C級
槍術D級
操船E級
「ジン・カシマです。それより、ずいぶん慌てていたようですけど何があったんですか?」
俺を含め皆、挨拶もそこそこにして本題を聞き出す。
「あー、そうだな。あの場所は人魚の縄張りでな。女がいると襲ってくるんだ」
島を含む、あの領海は妖魔マーメイドの縄張り。
マーメイドは人種の男性から精を奪い糧とするが、女性の場合は殺して海に沈めるのだという。
「そんな奴がいるんですか……」
「あの辺りは縄張りでも端のほうだから、浜に寄らなければそれほど危険でも無かったんだがな」
近くに魔物の気配は感じられなかったが、魔物の感知する能力がどれほどのものかはわからない。
もしかしたら俺たちの行動が、魔物を刺激してしまった可能性があるということか。
「男の場合は殺さるまではしない。餌みたいなもんだからな。吸えるだけ吸ったら開放するらしい。でも女連れだと興奮して襲ってくる可能性が高い」
ちなみに精というのは生命力みたいなものらしく、奪われれば数日間はまともに立って歩けなくなるほど衰弱してしまうのだとか。
シダは俺たちを、と言うより女性たちを順に見渡し軽く溜め息を吐いた。
「こんなに多いとは聞いてなかった。追加料金貰わないと割に合わないな」
「申し訳ありません」
表情の曇る男にリザが謝罪を述べる。
「あんたに謝られてもな。まぁ、依頼主から貰うから良いさ。それよりこんなに女の匂いを漂わせていると――」
「ジンさん、見てください。あそこです!」
ミラさんが身を乗り出すようにある場所を指し示す。その先の水面に、高く水飛沫が上がっているのが見えた。
何かが凄い速度で船を追いかけているのだ。
「まさか、あれがそうですか?」
「そのようだ。マーメイドは執念深いからな」
水面を走る水飛沫の数は6箇所。少なくとも6体はいるのか。
その内の1体が水面から飛び出す。
まるでバタフライ泳法のような泳ぎだが、速度が尋常じゃない。とてつもない速さだ。
「もっと速度出せないんですか?」
船に備わる帆を見れば、大きくたわみ存分に風力を受けているのがわかるが、このままでは直に追いつかれるだろう。
「無理だな。俺は風魔術の気流操作で船を動かしているが、この速度が限界だ。そうだ、君たちの中に風魔術を使えるものはいないのか?たしかエルフは風魔術が得意だと記憶しているが」
「リザ、どうだ?」
視線を送り意見を伺うが、彼女は首を振って答えた。
「私が使える術で風を操れるのは微風くらいです。それでは船を動かす足しにもならないと思います」
微風は例えば洞窟内に溜まった毒ガスを押し流し除去する、などといった場合に使われる魔術である。
風力という意味では、かなり小さい部類に入る術なのだ。とてもこの大きな船を動かす助力になるようなものではないという。