第142話 注文の品2
「ほほう、ハーフエルフか……」
ユキノジョウは値踏みするように、上から下へとシアンを見据えた。
その眼光に気圧されたシアンは、思わず尻込みしてしまう。
「ユキさん?」
「おお、済まない。なかなか可愛らしい娘さんだな。なるほど、なるほど」
ユキノジョウはブツブツと独り言を呟きながら、部屋の奥へと姿を消した。
そして僅かな時間を置いて、両手に抱えるほどの荷を運んできた。
「これほど愛らしい娘なら、君の彼女を着飾りたいという気持ちもわかるな」
「わかって貰えましたか」
ショーツ 衣類 C級
「とりあえず試作品が完成したので、使い心地を試してみてくれ」
帝国領から取り寄せた弾力、伸縮性に優れた特殊な生地を使用。フィット感を重視した設計。
お尻、腰を包み込むようなデザインを採用し、ずり上げしにくい構造に。
手縫いで仕上げられたレースが豊富にあしらわれ、最高級の華やかさを演出している。
「まだ試作段階だからな。もう少し制作に慣れればB級クラス、いずれはA級クラスを生み出すことも夢ではないだろう」
現在、人類が生み出せるアイテムの等級はドワーフの鍛冶屋で刀剣類のB級が最高だとされている。
A級、S級の製法は失われて久しいのだ。
「そうですか。それは楽しみですね」
確かにこの手触り、素人の俺でも上質な素材、高度な技術を持ってして作られたのだと理解できる1品であった。
更に机の上には各種下着類の他に、様々な服が並んでいる。
これらは全て我が家の女性たちのものである。
「……兄様、これは一体?」
シアンが驚いた表情で、こちらの顔を覗き込んできた。
「狩りに行くときは鎧を着こむのは仕方がない。仕方がないけど……普段は可愛い服を着て欲しいじゃないか……」
俺は声を絞りだすように答えた。
受注生産の衣類、装備品は非常に高価だ。
それが出来るのは豊かな資金が在ってこそ。
武器防具などの装備品に、借金の返済と金はいくらあっても足りない状況だが、こういった事に金を使うのは間違いではないと確信している。
言うなればこれは未来への投資だ。
俺の心が満たされ、明日への活力が湧く。
非常に理にかなった資産運用なのである。
「シアン、取り敢えず試着してみようか」
「ふぇ!?」
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「素晴らしいね。ジン、君の見立ては悪く無いぞ」
「ありがとうございます。ですが、モデルも衣装も一流ですから当然だと思いますよ」
「ふふふ、なるほどな」
ユキノジョウは着替え終わったシアンを見据え、その作品の出来に満足した様子であった。
「はぅぅぅ……」
家に篭もりきりの生活だったシアンは、あまり人に慣れていない。
特に積極的に距離を詰めるタイプの人は苦手の様子だ。
羞恥に悶えるシアンが更に頬を赤くする。
キャバリア・ブラウス 衣類 C級
プリーツ・スカート 衣類 C級
「よく似あってる。シアン可愛いぞ」
そう言って頭を撫でると、彼女は気を良くしたのか少し落ち着いたようだ。
「あ、ありがとうございます。兄様」
白いブラウス、濃紺のスカート、シンプルで落ち着いた感じがシアンの雰囲気によく合っていた。
今回の品の代金をユキノジョウに収める。
「金貨10枚、確かに受け取った。ああ、そうだ。そうだ。君に見て欲しいものがあったのだ」
机の上に置かれたのは、両手で抱えるのもやっとという大きさの木箱だった。
「私の師匠が残した物でね。鍵はあるのだが、開かないのだ。何か魔術で封印されているのかもしれない。確か君は鑑定が使えるんだよな?試しに判別して貰えないだろうか」
鑑定所に持ち込もうと考えていた際に、丁度良く俺が訪れたようだ。
前に来た際にアイテムの等級を当ててしまったので、鑑定持ちだと察したのだろう。
鑑定持ちはそこまで珍しい訳でもないので、特に隠す必用もないと思う。
「わかりました。見てみましょう」
収納箱 家具 D級 状態:施錠
両手で抱えて持てる程度の木箱である。
特殊な物ではなく、何処の家庭にも存在する収納に利用されるような一般的な家具の1種だ。
「魔術を付与された形跡はないようですね。鍵を使っても開かないとなると、鍵が悪いのか錠が悪いのかどちらかでしょう」
ユキノジョウが腕を組んで唸る。
「そうか……では、あとは破壊して開けるしか無いか。中に何が入っているか分からないので、破壊するのは避けたかったが仕方ない。慎重にやれば問題ないだろう」
俺はふと新たに手に入れたスキルのことを思い出し、使えないかどうか試してみたくなった。
「ユキさん、細い金属の棒とか無いですかね?何か鍵の代用になるような……」
「金属の棒?何かするのか?」
盗賊の道具箱 雑貨 D級
ユキノジョウが部屋の奥から用意したのは、所謂ピッキングツールという奴だ。
小さな木箱の中には、何種類かの加工された金属の棒が収まっている。
市場で普通に販売されている物らしく、違法性はないらしい。
「そういや、鍵を無くした場合に使おうと思って買っておいたんだった……まぁ、今まで使ったことは無いのだけど」
俺はユキさんから盗賊の道具箱を受け取り、解錠スキルにポイントを振り込む。
「開きましたよ」
「早いな!」
衣類の設計図 書類 C級 完成品:ガーターベルト
衣類の設計図 書類 C級 完成品:ストッキング
衣類の設計図 書類 C級 完成品:ハイソックス
衣類の設計図 書類 C級 完成品:ベビードール
衣類の設計図 書類 C級 完成品:ブラジャー
箱に収まっていたのは獣皮紙の束だった。
「これは、凄いぞ……」
ユキノジョウが興奮した様子で、獣皮紙を調べる。
「凄いんですか?」
確かにC級はランクで言えば高い部類だ。そういった意味では凄いのかもしれない。
「ああ、現代では失われたとされていた衣類の設計図だ。何故こんな所に……師匠のコレクションか?いや、それよりも……」
ブラジャーやハイソックスは、ベイルにもあるようだけどD級までしか無いらしい。
つまりこれは、高品質の製品を作るための設計図ということだ。
失われた技術が使われているために、ランクが高いようだとユキノジョウは推測している。
「素材さえあれば、私でも作れる……ふふふ、これは面白くなってきた」
ユキノジョウは感情を抑えきれない様子で、口元から笑みをこぼすのだった。
俺は製品が完成した際には、必ず買いに来ると約束をして店を後にした。
※盗賊の道具箱はあっても使わないらしいので、貰って帰りました。